三章九話:これじゃ本当に
アスターの言葉に、マーチは思案する。
決闘の形態を変えることで、一時であっても本来の彼に近い能力と戦える。
逆に言えば、アスターにある程度有利な状態での勝負であり、マーチの勝ち目も減る。
現状が続けばアスターやや優勢といったところだが、長引けばそれも難しくなるだろう。
「……」
マーチは、雇い主に視線を送る。
彼女がアスターに決闘を申し込んだ理由はいくつかあるが、個人的な理由と命令の二つであるのは、アスターの読み通りだった。
実際にアスターに語った理由が、彼女の中では割合大半を占める。
ただそこに命令として指示が上書きされているのは、雇われ護衛騎士たる彼女の実家の、悲しい懐事情が原因であった。
幼少期、騎士に憧れた少女。
現国王の治世に入り、男女雇用の機会が段々と均等になって行く中、初の女性大臣起用というのが決め手であったろうが、それ以降徐々に雇用形態が変わって行ったと、彼女は聞いていた。
それゆえ、いずれ自分の王国の騎士になることが出来るかもしれないと、期待を抱いていた。
だが、そんな彼女の希望は、実家の没落と、一人の怪物の登場により大きく変えられた――。
ただそうであっても、彼女自身の性格がそう簡単に歪むはずもない。
寂しき理由からのお雇いであっても、生真面目さは変えようがない。
「どうです?」
「……」
そういったところが、マーチは確かにカノンと似ていた。女剣士カノン。“黒の勇者”エース・バイナリー最初の仲間にして、彼の最も頼れる相棒。
時折城下町などで不穏な噂 (執着や病的な何か)が流れたりする事はあるものの、両者ほど信頼しあった仲間はいないだろうとアスターは思っている。
だからこそ、そんなカノンに似たところのあるマーチだからこそ。
「……わかった」
雇い主が首を左右に振ったのを無視して、アスターの提案に乗った。
やはり、騎士道として、卑怯な手を使うことに抵抗が強かったのだ。
目を見開くトージェンス。それはそうだろう。アスターは知らないが、事実上彼女の首、もっと言えば家の存続は、かの貴族の掌の上なのだ。その主たる彼の発する命令に、逆らうとは考えてもいなかったろう。
トージェンスは、つまり、忘れているのだろう。はじめからアスターに勝ち目がないものと見ていたからこそ、マーチが負けた場合のことを理解していなかったのだ。
彼女の首肯で、アスターはほっと一息。
「だったら、出来るだけ頑張ります」
「頼もう。私も――殺す気でかかる」
「えっと、病みあがりなのでそれはご勘弁を」
慌てるアスターに、ふふっとマーチは微笑んだ。
カノンの微笑とは違い、もっと凛々しく引き締まったものであった。
「知っているか? 勇者殿。セラスト王が即位した後、しばらくの貴族間での決闘が多発したというのを」
「知らないですけど、えっと、マーチさんも生まれて居なかったのでは?」
「まあ聞いてくれ。主にそれは、自分の仕事をかけてだったり、相手の家を取りつぶすために戦ったことだったりといったものだったそうだ。……その際、お互い一回、一瞬、一撃の攻防で雌雄を決するという戦いが流行ったそうだ。審判を儲けて、判定をそれに任せて、な」
「はあ……」
「我がカトリノ家は、どうもそれでダメだったらしい。だから――」
マーチは、振りかぶるように構える。
「――私は、この形式では絶対に負けるわけにはいかない」
周囲の魔力が渦を巻き、剣に集っていく。
さきほどアスターに妨害された術のようだが――今度は、密度が違った。何重にも、何重にも術が重ねられ、細身の刀身が大きなメイスのようにすら見えるように変化しているではないか!
それを見て、アスターは左足を前に出し、切っ先を相手に向ける。顔の右頬に面を当てる形――今にも突撃しそうな構えをした。
「……ちょっと失敗したかな?」
そんな情けないことを言いながらも、表情は真剣そのもの。
両者共に、防御の姿勢ですらない。
双方共に、一撃決着を狙っている。
お互いの只ならぬ雰囲気に、周囲は音をたてることを忘れる。
不満げな顔をしていたスクルダス・トージェンスも、神妙に事のなりゆきを見守っている。ドリドフは次の決着を決して見逃すまいと食い入るように睨む。
静寂。
静寂
朝日が上り。
静寂。
静寂。
ふと唐突に、小鳥の鳴き声が聞こえ――。
「――はぁっ!」
「――わっしょい!」
一瞬の攻防戦。
だが、当事者たちにとっては一言で済ませられない。
その一瞬に、どれほどの経験値をつぎ込み、どれほどの思考とどれほどの反射が含まれているのか。当事者たちにしてもわかりっこないだろう。
だが、少なからず最初に攻めたのはアスターであった。
踏み込みは同時。
立ち向かう速度は、足の長さの関係からわずかにマーチが素早い。
お互いが接するまで、あと十五歩。
しかし、アスターにはそれを無視する技が存在していた。
「雷咆――雷牙!」
アスターはエイトラインを突き出す。
すると、剣の先端から空間に満ちた元素が打ち出されるではないか!
だが雷咆、とはいってもその大きさはさして巨大ではない。剣の直線状に、斬撃が飛んでいるようなものだ。
小型の雷咆、というのが適切かもしれない。
その一撃は、体力精神力ともに万全でないアスターの放てる一番のものであったろう。
突然の飛来する一撃に、マーチはぎょっとする。
しかしそうなりながらも、彼女の意識は、自分の護衛対象たるドリドフに注がれていた。
真剣な顔で、自分達を見ているドリドフ。
ならば、簡単に負けるわけにはいくまい。
「フリ・ストラ・ストラ・ストラ・ケリア!」
だからこそ、アスターに向けて振り下ろすつもりだった剣を、躊躇なく振り下ろした。
激突する雷のメイスと、飛来する斬撃。
お互いが激突した瞬間、周囲に雷が迸る。
騎士団たちは全員盾を構え、トージェンス親子はバンチが庇う。
大轟音が響き、雷の柱……は上らなかったが、それでもかなりの光が周囲をつつみこんだ。
視界を確保できているのは――マーチただ一人。
それでも、アスターはほとんど反射的に動いた。
マーチが動作するより早く、エイトラインを彼女目掛けて投げる。魔術を使って切れ味をなくした、鈍器状態のエイトラインだ。簡単に言えば、ちょっと重いブーメランのような状態である。
視界が潰れているだろう状況での咄嗟の判断に、自分より一回り……はいかないだろうが、幼い少年に、マーチは敬服。
だからこそ、一切手を抜くまいと誓う。
エイトラインの軌道を読み、その流れに合わせて上体をそらす。そらしつつも、動きをゆるめず、一回転して運動を殺さず――。
「はあああああああああああああああっ!」
逆胴から斬り上げる一撃。無論、面を向けている。
だが、アスターはこれをかわした。
「っ!」
ほとんど、条件反射に等しい速度だった。
それこそ今まで潜ってきた修羅場や、エース&カノンとの稽古の経験値がものを言ったのか―― 否、不運が幸運にも、彼に味方したのだった。
アスターは、右膝をついた。
身体が、彼の意志より先に限界を向かえたのだろう。
それが結果として、マーチの一撃をかわすこととなっていた。
だが――それで勝負が終わるのならば、世話ない。
「グロブ・フリド!」
アスターが今でも常習して使う術――遠くのものを風の元素に運ばせて手元に持ってこさせる術。
それを、マーチは使った。
斬り上げの際に離した右手に、アスターの投げたエイトラインを呼び寄せて。
彼女の手元に収まるもう一本。
「……これじゃ本当にカノンさんだな」
そう言いながら、仰向けに倒れるアスター。
マーチも、足を踏み込まずその動きに入ったため、アスターを押し倒す形で上に覆いかぶさる。
そして、右手のエイトラインをアスターに向けて――。
「はぁ~い。そ・こ・ま・で・よん?」
だがしかし、勝負が決することはなかった。




