三章八話: 手打ちにできませんか
たまにはあるさ連日更新。ただし、毎日続くとは限らない
マーチの接近に対して、アスターは魔法を展開する。
肉体強化――今回彼が使ったものは、強度を強化するものだ。
橙ともこげ茶色ともつかない光が間接部に巻き付き、アスターはエイトラインを構える。
激突。
アスターの身体が、わずかばかりきしむ。
元素と魔力で練り上げられた鎧が光り、鳴動。マーチを力技で押し返す。
両者ともに、一定の距離で停止。
マーチは、ふふっと微笑んだ。
「ほら、やっぱり大丈夫ではないか」
「……えっと、確かに元から魔法併用が前提ですけど、そういう問題ではないです」
苦笑いするアスター。見れば、両足が震えている。マーチの踏み込みを受けきれず、ダメージが残ってしまっているらしい。
「万全の状態じゃないっていうのが、僕としてはえっと、かなり嫌なんですけどね」
日和見主義のアスターだが、これはどうにも彼らしくはない。
周囲は彼とマーチとの真剣勝負を望んでいる。もちろん度を過ぎたならそれぞれに介入するだろうが、現状は間を取ってじりじりと迫ったり離れたりしている二人に、周囲のボルテージは上がりっぱなしだ。だというのに、それに水を挿すような発言をするアスター。
だが、実のところ、これは彼の主義に一切違反して居ない。
「えっと、マーチさんでしたっけ? もそう思いませんか?」
アスターの言葉に、彼女の片方の眉がぴくりと動いた。
どうやらアスターの読みは、当っているらしい。
彼女としても、本心で戦いたいというのであれば、万全の状態が望ましいのだろう。
それが出来ない理由を考えつつ――騎士団たちの中で観戦しているトージェンス氏をちらっと見て、アスターは肩を竦めた。
マーチは、表情こそ変えなかったものの、押し殺したような声を出した。
「……私は、申し込んだ側。過程はどうあれ、死力を尽くして戦うのみだ」
「いえ、あの、これ一応訓れ――」
言い終わる前に再接近するマーチ。今度は刀身に魔法をまとっている。
会話していて緩んで居るように見えたアスターだったが、しかし彼の方とてぬかりはない。彼女のように剣身に元素をまとわせ、ぶつける。
剣越しに視線を交わす二人。
アスターは困ったように微笑んでいる。
そして、マーチは目を見開いていた。
「なんで……?」
「わっしょい」
気の抜ける一声と共に、アスターがマーチの拳を蹴り上げた! とたん剣が手から抜ける。しかしアスターの反撃を許さず、彼女はエイトラインを蹴って、上空に飛んだ。
「風属性による跳躍か……!」
騎士団の方から上がる解説コメント。風属性の魔法をまとい、空中に跳び上がったマーチである。アスターのエイトラインをわざわざ踏みつけたのは、彼の反撃防止のためだろう。
再び距離をとった両者。
マーチは、信じられないといった風に、言葉を紡ぐ。
「……何故、勇者殿は帯電していない?」
「えっと、あはは……。精度が緩かったのではないかと」
「その程度のことで防がれるほど、私の実力は低くない!」
「僕もそう思います。でも、それでもセイラちゃん程ではなかったと思いますよ?」
何をやったかの原理を説明しないアスター。これは、ある意味エースに日和った発言である。
もともと今、アスターがやったことは、エースが時折使っていた戦闘スタイルに近い。
自分の体に元素をまとわせて、ある種の膜、バリアのように扱う。もちろんこの膜に攻撃事態を防げるだけの強度はない。ただ、魔法であるのならば多少なりとも構成を乱し、威力を減らしたりできるというところだ。
アスターの雷咆を弾いたのは。これを更に強化し、密度の高い膜にしたものである。
その要領で、アスターはエイトラインの刀身を元素の膜で覆ったのだ。
マーチの技は本来ならばその効果で、周囲に放電する仕掛けが成されていた。
これを、エイトラインにぶち当てることで、術の構成を大きく掻き乱したのだ。
結果として放電する量が少なくなったのである。――が、これだと半分しか正解ではない。
「伊達に精霊剣ではありませんよ、これは」
もう一つの秘密は、エイトラインにある。
精霊剣は『使い手の腕に合わせて』何でも切断する能力の他にもう一つ、それぞれに固有の特殊能力がある。例えば聖女教会が保有している精霊剣「アグー」の場合、魔法の発動速度を幾分早める効果がある。黒の勇者パーティーで言うならカノンの持っている精霊剣「イナヅキ」だと、切断能力自体を別なものに、概念的に付与することが出来るといった具合だ。
そこをいけば、アスターの持つこのエイトライン。
これが持つ能力は、魔法そのものの強化補正である。
「ピッチ・フリド」
「っ!」
エイトラインを差し向けるアスター。先端に風の元素が球状に集り、射出される。
妖精剣で受け流すマーチであったが、大体1ルラ半 (約一メートル五十センチ)ほど後退させられる。
「マーチがかわせない……?」
ドリドフが頭を捻る。彼の鍛錬の際、ことごとく打ち出す魔術を目前回避し軽く伸してくるマーチらしくない動きに彼の目には映った。
だが、実態は当然別である。
その元素球――本来なら只の元素の塊を素早く打ち出す程度の術であるはずだが、その動き、回転速度が、明らかに速かったのだ。
それこそ初級も初級、即興で撃てる魔術の中でも相当に簡単な術であるにも関わらず。
中級並の威力を打ち出したそれに、彼女は驚きつつも、構えなおした。
再度接近。
地面を斬るアスター。土埃が舞う。
「ミースト・ソリド」
アスターの言葉一つで、彼と彼女との視界全体が土に覆われる。
中の様子は見えないものの、ぶつかる剣撃音に騎士団は湧く。
「ミースト・フリド」
「エンチャ・ソリド」
土埃を払うため、風を周囲に拡散させるマーチ。その際に発生する爆風に乗って、アスターに切りかかる。
アスターもそれを予想した上で身体全体の強度強化をし、彼女の一撃を受けた。
だが、マーチのそれは一撃ではなく連撃であった。
二度、三度と打ち込まれるたび、次第にアスターの膝が震えていく。
「えっと……ビルディ・ソリド」
それでも耐えられなかったらしく、背後に土の壁を作ってようやくマーチをはじくことが出来た。
なかなか巧みに魔法を使い分けているアスターに、副団長らが唸る。ドリドフは思案顔で何度も頷く。彼の父親は、周囲に聞こえないよう小さく舌打。
マーチは、口角が吊りあがった。
「……やはり、手負いといえど勇者殿は勇者か」
妖精剣を握る両手が震えている。わずかばかりだが全身に伝播しており、気持ち頬が紅潮。武者震いのようだ。しかし、そんな気合充分な彼女に、
「う~ん……えっと、すみません、止めませんか?」
アスターは一切躊躇せず言った。
「……何故、この段階で再びそれを言う?」
「いえ、今打ちあって分かりました。僕、やっぱりまだ病み上がりです」
困ったように微笑むアスター。一目で、その言葉が真実だと理解させる。そんな説得力を持つ顔である。アスターの雰囲気のせいか、マーチにはそれが空々しいものに聞こえなかった。
「どうせこのままいけば、あと一、二回撃ちあったらたぶんストップがかかると思います。それ以上やったら、流石にみんな立場的に拙いですよね?」
「……」
ちらりとトージェンスに視線を向けるマーチ。雇い主たる男は、あごをしゃくるようにして、ぐいぐいとアスターの方を指し示した。
「……しかし、このまま終わらせると言うことはできないぞ。少なくとも決闘として初めてしまったのだから」
「いえ、えっと、決闘としてふっかけたのはそちらじゃ――」
「これでも“カトリノ家”とて古い貴族だ。そうそう出来るわけじゃない。そして、今がどうであっても、私の意志で自由に振舞うことは難しい」
立場的に、中断や引き分けを承諾で気内というメッセージであろう。
だが、アスターもこれくらいは予想していた。
ゆえに、目を細めながらこう提案する。
「最後に一回だけ、せーので打ち合いましょう。それで手打ちにできませんか?」
そう言ったアスターは、流し目でトージェンスの方を見て、更に微笑む。
その時の彼は、朝日が城壁に反射して、なんとなく後光が挿しているようにも見えた。
アスターのがナードよりよっぽど魔法剣士している件




