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三章六話:心配をかけるのも

 

 

「えっと、頼みごとというと?」

 表面上はにこやかに応対しているアスターであるが、右耳を摘んで軽く引っ張っている。エースあたりが見ればその癖は「あ、億劫なんだろうな」と思うようなサインを表しているとわかるだろう。もっとも幸いに、現在この場にそれを理解できる人間はいなかった。

 なので、ドリドフは彼の好意的に見える応対に機嫌を良くしたらしい。ほっとした表情で、こう続けた。

「僕の護衛と、剣を交えてもらいたい」

「……訓練ってことですか?」

「そうなる。当然、木剣とかを使うことになるな」

 疑問符を浮かべるアスター。当然だろう、アスターの実力はドリドフも知っているはずだ。根本的な戦闘力で見れば、多くの先達に敵うはずもない。精霊剣「エイトライン」による能力補正と仲間の協力、カノン仕込みの剣戟とエース仕込みの近接戦経験値でなんとか今まで首を繋いではいるものの、素の能力は騎士団などには遠く及ばない。

 だが、ドリドフが言いたいのはそこではないらしい。

「そこは当然、折り込み済みだ。だから、君は精霊剣を帯刀していて良いそうだ」

「へえ……?」

「別に、何か腹に隠してるってことではないぞ。マーチが、一度やってみたいと言うのだ」

 ドリドフの言葉に、女騎士マーチは恭しく頭を下げる。「戦闘力としてみれば、私もまだまだ多くの達人に及ばず。かの“黒の勇者”とも縁があれば剣を交えたかったのですが、それも敵わなかったもので……」

 あの人、貴族の夜会とか滅茶苦茶嫌ってたからなー、と思いつつ耳を傾けるアスター。

「それゆえ、かの両人に師事したと聞く、勇者様と一戦を交えたいと願います」

「左様ですか……」

 さて、アスターは何と答えるか。

「お断りします」

 思考数秒、後に一切迷わずの応答である。

「何故だ?」

「えっと、一応、僕はまだ病み上がりということになっていますので。食事ももうまともなのを食べて大丈夫なのですが、ほら、こうして食堂の方からも気を使われていますし」

 自分のリゾットをさしながら、苦笑いするアスター。

 がっつり系と言わないまでも、既に固形物を食べても大丈夫なことは三章一話を参照していただければ幸いだが、しかし周囲の扱いはそうではない。特に、エリザベート王女である。

 いくらエリクサーで回復したとはいえ、大怪我を負っていた事実に変わりはない。また、元々体内に滞留している元素全てを動員して行った無茶な回復方法であったため、内部の元素の乱れ方が意識回復直後は著しかったということもある。食事両方やリハビリと並行して早二月とちょっと。全治一月と一週間というダメージは、案外馬鹿にできない。

 食事については既にドクターストップが解除されてはいたものの、未だエリザベートの「お願い」により、城関係で提供される食事はやや流動食寄りになっているのだった。

 当然のごとく、つまみ食いについては内緒である。

「ほら、筋肉も落ちているのと――」

 腕を見せるアスター。力瘤を作るような動作で、わずかに細腕から盛り上がるばかり。言われて見れば確かに、とドリドフも納得である。試練の際に見たアスターの腕は、太さこそ今とさほど変わりなくとも、力瘤の盛り上がりはもっとあった。

「……何より、エリザベート様に下手に心配をかけるのも、如何なものかと」

「確かにそうだな」

 エリザベートの名前が出た時、一瞬眉がぴくりと動いたドリドフであったが、それ以外はアスターの言葉に納得しているようであった。

 アスターは意識もなかったので(というか意識どころか魂が抜けかけるレベルで大破していたのだが)詳細は知らないが、人づてに聞いた話、アスターが倒れた直後のエリザベートは大分やばかったらしい。何がやばいかというと、やばかった、という以上の詳細を誰しもが語らないあたりがである。

 ただ、どこぞのきゅんきゅんをして「ある意味でカノンたんより苛烈だったきゅん☆……」と言わしめた事実に、軽く戦慄したのは記憶に新しい。

「というわけだ。マーチ、諦めろ」

「……」

 ドリドフの言葉に、押し黙るマーチ。何やら不満が残るようである。

 アスター的に彼女の雰囲気、覚えがあった。エイトラインを初めて振るった時、妙にレオウルが彼に絡んで来たことがある。どうにも、エイトラインを振るっている時の彼は、普段の彼以上に強者としての風格を漂わせているらしい。それに対するアスターの感想は「えっと、節穴かな?」とのことであったが、勿論空気を読む彼が口に出すわけもない。

 と、思っていたのもつかの間、マーチが立ち上がり――。


 アスターに向けて剣を突きつけた。


「……はい?」

 剣は鞘に収められたまま。食事中のテーブルでやるにしては圧倒的にマナー違反の行動ではあったが、しかし、これはまたオルバニアにおいては別な作法である。

 そんなことをされる理由に思いあたらず、頭を傾けるアスター。

 そんな彼に、真剣な表情のままマーチは続けた。


「私、マーチ・カトリノは、我が血族の名と我が主トージェンス家の名の下に、アスター・リックス。貴方に決闘を申し込む!」


 一瞬、世界が停止した。

 しかし、わっと騎士たちが沸く。効率主義的な運営体制に慣れてはいるものの、騎士たちとて根本ではそういうやりとりが好きなのだ。トージェンス(父)とバンチ副団長もハイテンションなご様子である。

 ちなみにアレリアはどうかといえば、目を閉じて、しゃくれたように下あごを突き出した「あーもー面倒くせー」みたいな表情をしていた。

 アスターも内心では似たようなものである。

 しかし、表面上はおくびにも出さず、さわやかに聞いた。

「えっと、それは、どうしてまた?」

「そうすれば、貴方は受けざるを得ないでしょう。仮にも勇者で、貴族、ですので」

「確かに貴族同士の決闘は、断るのはちょっと難しいですけど、いえ、あの、えっと、どうしてそこまで僕と戦うことに拘るんです? 今戦っても、たぶん僕、勝てませんよ? 貴女に」

 アスターの否定に、しかし、マーチは首を振る。

「いえ、エイトラインの効果から考えれば、それはありえません。故に――」


「私か勝利したあかつきには、貴方には、勇者を辞退してもらう」


 流石にこれには、場の空気が凍りついた。

 

 

エリザベートの猪突猛進モードは、カノンのヤンデレモードとタメ張れるくらい面倒です。両者ともにある程度周囲に気を配った上での暴走というのが性質悪いです。違いは主体がどこにあるか、コントロールのし易さがどこにあるかというところですが・・・。


しかして、何やらアレなイベントがはじまる。

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