三章ニ話: パトロンだったのですよ
ダグナズブードキャンプ(瀕死不可避)
せい、はあ。
でい、やあ、たあ。
文字にしてみると、えらく陳腐なものであるがしかし、実際にこの言葉を叫んでいる者たちを前にすると、その感想は木っ端微塵となる。
一人ひとりが両腕両足に重りを付け。
ランスを想定しているだろう専用の練習棒を振り回す。
そちらの方にも大きな重りがついており、既に一見して錘にしか見えない。
だがそれらを、練習を指揮している騎士の掛け声に合わせて振る男達には、一切の嘲笑さえ思い浮かばない。それほどまでに鬼気迫る迫力があり、また同時に、一糸乱れぬ彼らの統率に驚嘆させられるのだ。
例え姿が見えなくとも、その気迫は音が聞こえる範囲でならば万人が共有できることだろう。
無論、階段を下りているアスター・リックスとてそれは同様である。
広場へ向かう途中、段々と大きくなっていく掛け声に、彼も身体がびりびり震える。なにぶん未だ十四歳。オルバニアにおける成人年齢まで、後二年とちょっとだ。何度か命のやりとりこそしているものの、実際の殺しをしていない彼にとって、騎士たちの気迫は別世界のもののようでもあり。
「えっと……、やっぱり止めようか、見学」
同時にまだまだ子供でもある。怖いもの、避けられるものからは極力逃げたいという意識がはたらいてしまうのも、仕方ないところだった。
「……見よう」
しかし途中で踏みとどまったものの、彼は足を動かす。
日和見主義の彼にすれば、少し珍しい行動かもしれない。
誰も見ていないというのに、自分の意見をあえて曲げたのだ。それだけに、何か思うところがあるのかもしれない。
長く長い階段を下りた後、広場をかこう壁の内部を移動するアスター。城本体の内部よりも幾分手狭であり、汗と、血と、錆びた武器の独特な悪臭が漂っていた。
「……」
今度は文句を言わなかったアスター。
ただし、鼻を摘んでいたのは仕方ないかもしれない。
子供の五感は、大人のそれよりも敏感に出来ている。
かの私生活がズボラな騎士団長ダグナをして「少しお掃除とかして臭いとらないといけないわね……」と言わしめるくらいには、騎士達の場はなかなか嗅覚に苦しいものがあった。
さて。廊下の突き当たり。
引き戸の魔法陣に魔力を送り、扉を開けるアスター。運動場をかねる広場では、かつて魔法騎士と呼ばれる騎士たちも練習していたことがあり、その際に多くの魔術が四方八方咲き乱れていたことがあるため、周辺の出入り口にはこのような魔術的な施錠がかけられている。現在の騎士団たちも一定数魔法を駆使するため、その名残は消えていない。
扉の向こうでは、一部ニ十人ほどの騎士たちが武器を振るっていた。
「振りが甘いッ! もっと素早く動かさんか!」
「「「「サー! イエッサー!」」」」
彼らに声を飛ばす筋肉。盛り上がったマッスルは、着ている鎖帷子すらパンプアップで破裂させそうなほどカッチカチなのが見て分かる。年は少なくとも三十路以上はいっている。逞しいヒゲはドワーフのものを思い起こさせるもので、実際彼の血筋にはドワーフのものが混じっているようだ。
その彼はアスターを見て、快活に手を振った。
「おお、“新たなる勇者”殿! 先日はどうも、ありがとうございました」
「いえいえ。えっと、皆さんが元気そうなら大丈夫ですよ、副団長」
やや躊躇いがちに答えるアスターに、副団長はあっという間に近づき、頭をばしばし叩いた。撫でているつもりなのだろうが、「や、やめてください、沈みます」という彼の言葉がその威力を物語っている。最終的に周囲の騎士たちがやんわりと引き離したことで、事なきを得たアスターであった。
「えっと……、こちらこそ、騎士団長さんに助けてもらいましたし、それでおあいこということで」
「しかし、貴公が居なければ我等とて無駄に命を散らしていたのも事実でしょう。既に五人が逝き、治療後も十人が使い物にならなくなっておりました。そういう意味では、我らの人命を多く救っていただいたことに、感謝せざるをえません」
言い方は慇懃だが、内側に篭った念は間違いようもなく感謝である。副団長が頭を下げたと同時に、背後の騎士たちも同様に敬意を表す。ただ相手は貴族とはいえ、そこら辺の価値観は普通な十四歳の少年である。多いに戸惑い、「いえ、でしたら精進して今後に生かしてください」というくらいの言葉しか思い浮かばなかった。
こういう突発的なことに場慣れしていないのは、どことなくかつてのエースに似ている。
しかしエースと決定的に違うところは、最後の台詞が彼らの望んでいるだろうものに日和るあたりだった。
しばらく見学させてもらわせるという形で、アスターは壁に背を預ける。
「こら! 勢いに任せるな、きちんと動きの最後は止めるのだ! 一撃の威力を最大限に伝えるための動きだぞ、忘れたか!」
「「「「ノー!」」」」
「ならば実行しろ! 団長が起きる前にきちんと身にしみこませろ!」
「「「「さ、サー! イエッサー!」」」」
団長という単語が出た瞬間、震え声になる騎士たちが、アスター的には少しかわいそうだった。
騎士団長ダグナは、現国王が傭兵ギルド『不知火の爪』より引き抜いてきた、腕選りの男だ。現副団長がまだ騎士団長だった頃、実力で下し、現在の関係になった。戦力面でも洞察力でも秀でていた彼が長になり、現在副団長はダグナのサポートに回っている。
さてこのダグナ。口調と態度の滅茶苦茶さに騙されるが、その実、圧倒的な戦闘力と凶暴性を内に秘めた人間でもある。魔力の高さもあいまって暴走することは絶対ないが、国王セラストをして「引き抜いたは良いが扱いが難しいの……」と頭を悩ませていた時期があったくらいだ。当然、彼が副団長だった頃の訓練は、それはもう過酷なものであったそうな。
その話をジャン・ラインハルト軍務大臣から聞かされているアスターである。父親と軍務大臣との仲の悪さはおいといて、彼の収拾した情報が、一片の誤差もないことを理解させられる騎士たちの表情であった。
動きの機微は、凄まじく整っている。
ただその動きは、おそらく他国の騎士たちのものより泥臭い。
どちらかと言えば、武器と体術とを併用することを前提とした動作だ。
それはどこか、アスターに戦う術を教えた二人にも共通する動きであって――。
「……エースさんなら、たぶん誰も死なせなかったんだろうなぁ」
ぽつりと呟くアスターの声は、誰にも聞こえることはなかった。
※ ※ ※ ※
日が昇り、騎士たちの動きがひと段落したところで、ぱちぱちと、乾いた拍手が響く。
誰かと思って振り返ると――そこには、見覚えのない男が居た。
少なくとも、アスターはその男のことを記憶していなかった。
「いやはや、流石は騎士の方々だ。素晴らしい」
でっぷりとした貴族である。「えっと、父上と良い勝負だな」と思ったものの、アスターは曖昧に微笑んで口をつぐんでいた。
副団長が、その男を見つけて笑顔で駆け寄る。
「これは、これは、トージェンス殿! お久しい」
「いやはや。久しいな」
その名前を聞いて、アスターはふと、“新たなる勇者”選出の試練の際に、自分と同じく受験者として聞いたことのある名前だなと思い出した。
だが、それでも疑問符は消えない。何故にあの貴族 (風体からして一発である)がこんな場所に来ているのかと。
その疑問は、突如囁かれた声によって解消される。
「騎士団の、かつてのパトロンだったのですよ、スクルダス・トージェンスは」
「ひゃ!」
裏返った、ちょっと女の子めいた声で慄くアスター。左耳にいきなり聞こえた声は、それくらい衝撃的なものだった。
顔を振る。横を見れば、もう一人の副団長とも言える人物が佇んでいた。
「あ、アレリアさん。おはようございます」
「アスター様、おはようございます」
丁寧に頭を下げる彼女は、アレリア。ダグナと傭兵時代からの付き合いで、そのまま騎士団に所属している。
ほんのり微笑んだ顔は、なんとなくほんわかしている感じの容姿である。しかし身長はアスターよりはるかに高く、ダグナの目線あたりまではたっぱがあるだろう。
彼女は、事実上ダグナの秘書のようなものだ。彼の行き先には大体同伴している。
これはつまり、今ダグナが王城に居ることを示しているのだが、それはともかく。
「……『パトロン』?」
「出資者ということです、エース様によると」
彼女はアスターに説明する。かつて騎士団の多くが解体された際、護国騎士と官憲騎士のみが残ることとなったが、それなりに元別な騎士団からの圧力も多くあったらしい。それを切り抜けるのに協力したのが、かのトージェンスとのことだ。
曰く、「誉を受けた騎士が、己の誉れを汚し他者を嬲る様を見ていられない」とのこと。
アスターの中でニュートラル評価だったトージェンス氏が、なんとなく良い人そうくらいには傾いた。
そんな話をしていると、アスターはバンチ副団長から声をかけられた。
「これからトージェンス殿も混ぜて皆で朝食を取りに向かうのですが、アスター殿も如何でしょうか?」
「あー、えっと……」
アスターの脳裏には、しばらく付きっ切りで看病してくれていた彼の想い人の怒った顔が頭を過ぎったものの。
「じゃあ、ご一緒願います」
結局、ここはこの場の空気と、自分の食欲とに日和ることにした。
少しだけ騎士団の内部事情が見えたり・・・ 憲兵団は憲兵団でまた色々違った話でありますべい。
おかげさまで十万pvでございます、まことありがとうございます。つきましては・・・何か企画やりたいのですが、今回予定が思いつかなかったので、何やったらいいかアイデアとかあれば活動報告の「10万pv越え相談」の方にと、投コメお願いします(震え声)




