間章その5:“黒の勇者”と“楽園の魔王”
最強の魔王、または爆発魔王、見通す魔王
「何ぞ、お前は子供なんだ? 俺が聞いた話だと、“支配人”は変な成人男性だと聞いたぞ?」
「やっぱり格好少し変えようかな……。俺の中のイメージだと、支配人って言ったらあの格好なんですけどねぇ。
まあ、ちょっとお仕事関係で。具体的には新しい乗り物作ってるんですけど、小さい子用の背丈を合わせるために、実際に調整してみようかなぁと。あとは、そのうち他の場所に行って、安全対策にも物申そうかと」
「ほぉ、全部が全部お前の創造ではないのか」
「そりゃ、こっちで作れる物体にだって限界ありますしねぇ。魔王ならご存知でしょ? ダンジョンの物質をどれくらい使えるのかとか」
「竜より制限低いが、限界はあるわな」
「だから、こっちでノータッチのところに問題が発生してる可能性もあるんじゃないかなぁと思って。まあそれと、やっぱりどれくらいの身長でどれくらいの負荷がかかるかとか」
「んー……、ま、安全対策とかには頑張れってのと、趣味に対してはノーコメントだ」
「何故ばれたし……」
『……いや、それ以前に君たちな何故立ち話を続けるのだ?』
ディアの一言で、ようやく今気付いた、みたいな顔をした二人。
エースがダンジョンスイッチを操作し、広間にテーブルと椅子が召還された。
「あ、そうだ。ほい」
「『!?』」
そう言って手をぱんと叩くと、さてどうだろう。ディアとセィーブの体の傷が一瞬のうちに消えた。その場には、ただ転がっている二人が居るのみ。
混乱する二人を前に、エースは確認を取った。「マスシさん、何したの?」
「その略し方には意義を唱える。ま、簡単に言えば、幻覚みたいなものだ。白昼夢みたいなものでもあるが、要するに攻撃行動とか、その全てを催眠状態で行ったように錯覚させるというような感じだな」
「訳分からない件について」
「あん? ま、攻撃してもダメージ入らない結界を作ったみたいな認識で大丈夫だ」
なおも詳細の説明を求めようとしたが、最終的にその説明で納得する形となった。それ以上は何を言ってもディアたちに理解できるような話でもなく、彼独自の魔法ということで納得するほかないのだろう。
ディアたちも椅子に座らせるエース。配置としては彼を中心にサンドイッチ状態だ――もっともディアの椅子の位置が、エースに無駄に近いことは謎である。
「で、マスシさん何の用で? ウチの護衛苛めにきたわけじゃないでしょ?」
「んー、護衛? 護衛? ん……、お――おお、なるほど、また面倒な関係だなお前等」
ディアとエースを見比べて、感嘆するような声を上げるマスシこと魔王マスター・シード。不思議そうな顔をするエースと頭をかしげるディア。セィーブは完全に置いてけぼりだが、そんなこと気にせず彼らの眼前の魔王は続けた。
「一応、三つだ。一つは『石材の魔王』のアドバイスをきちんと仕えたかだな。どうも様子を見る限り、大丈夫そうだな」
「あ、あの手紙はかなり助かりましたです、はい」
“三界の覇者”がいうところのそれは、名称から予想される通り、かつてデュオニソスと土地転がし対決をしたことのある魔王“岩盤の巨人”のことである。
エースがバルドスキーから聞いた話によると、魔王として名乗り上げる際、周辺国の魔王たちにお伺いをたてるらしい。そこで開かれる「魔王会議」(魔王たちにおける部族長会議のようなもの)にエースが自身を魔王として認めてもらえるよう嘆願した際、追って通達するという連絡と共に送り込まれてきたものが、そのアドバイスだ。
それに曰く――司祭デュオニソス何某は、自身の選択が直接国の存亡を揺るがす事柄の場合、潔く手を引く――というものであった。
それを知ったがゆえに、エースはデュオに割りと包み隠さず話をした。当然、彼自身が“黒の勇者”であることくらいは隠している。もっともこれについては、以前の彼の人相と今の人相は結構違うので、さして心配してはいなかった。
ちびっこエースは、いつものように眉間のあたりを摘んで思案する。
「あれは、何か貸しということで良いですか?」
「別にしなくても良いと思うぞ。石のオッサン、結構新米には甘いしな。ま、どうしてもと思うなら、あー、んん――そうだな、今から八年後くらいに新しい魔王が出来るから、その時に助けてやるってことで良いだろ」
「……は?」
ぽかんと口を開けるエース。普段の胡散臭さがいくぶん抜けたその表情は、あどけなさを伴ってちょっと愛らしい。それを見たディアの肩がなぜかぶるっと震えたのは、セィーブにとっては永久の謎である。
「意味が分からないって顔をしてるが、実際そうだから違いない。俺の言葉は外れない。そういう種族だと思っておけ」
ちなみに当然セィーブもディアも、この場ではただの観客以下の存在だ。
圧倒的な強者たる魔王と、我等が支配人による会話こそが全てである。
「二つ目は魔王会議からのメッセージ。それと――お前の魔王名についてだ」
その言葉に、エースたち三人はあからさまにほっとした。エースは「ふぃ」と息をつき、セィーブは肩を脱力させ、ディアは腰にぶらさげた剣の柄から手を離した。
そんな三人を見て、マスターシード……、面倒なので筆者もマスシと略させてもらおう。マスシは大笑いした。
「まー、そんなものだ! えらく緊張してたみたいだが、大丈夫、大丈夫。魔王自体絶対数が少ないから、大体なりたいって言えば希望は通る。おまけにお前は“煉獄の騎士”が後継者に選んだ魔王だし、そんなに問題もあるまい。魔王証明の指輪は、まあ、後日ってところだけれどな」
「というか竜王の魔王名、微妙だなぁ……」
「でも間違ってはいねーんだよな、能力的にも。名付け親俺だけど」
「うへぇ」
眼前の相手に、エースは苦い顔をした。ひょっとしたら竜王が己の魔王名を名乗らなかったのはそれが原因ではないかと勘繰ったくらいだが、何か言う前に「次それ考えたらぶん殴るぞ」と言われたので、エースも沈黙することにした。真実は闇の中、竜王とオラトリシオの頭の中である。
「じゃ、お前のだが――」
マスシは、どこからともなく筆と墨と紙を取りだした(!)。どこからともなくモノを取り出すのは空間制御魔法の専売特許であるが、それ以上に取り出したものの選択にエースは異様な親近感と疑問を覚えた。
それに、力強く、案外達筆に記述するマスシ。書かれている字はエスメラ語と別な言語――漢字の双方である。
「古い文字では『娯楽主義者』。外来系エスメラ語としては『最終兵器』。これを踏まえて、お前の魔王名は“娯楽主義者”とする」
「……」
眼前で行われた行為の衝撃に、言葉が出なくなっているエース。それもそのはず、オルバニアに転生してから、こんな習字的作業を始めてみたのだ。純日本的なその動作に、呆気にとられるのも当然だろう。
しかし、聞くことが出来ない。
まるで普段の、自分が転生者だと話そうとするときによく起こる現象のように、謎の強制力によりエースの口は開いたまま動かなかった。
その沈黙を肯定と受け取ったらしく、マスシは紙をテーブルの上に置いた。
「最後はあと、何かもう一つアドバイスでもと思ってたんだが――どうやら多くは不要そうだな。“サードオーダー”共が来る前に決着つけられそうで何よりだ」
「さ、サード……?」
その魔王は、エースとディアとの間に視線を再び行き来させた。「今のお前等の状態そのものが一つの奇跡のようだし、オエリの助力もあるのだから、九分九厘お前の計画は上手く行くさ」
「残りの一厘について」
「イレギュラーはあるからな。半精霊クラスのイレギュラーでも介入してこない限り、問題はないだろうよ。まあ――」
こうやって言うのが一つのフラグにならないと良いけど。
マスシの言葉に、今度はエースも頭を傾げた。
「ん――でもまあ、お前はどうもそういう『要らないフラグ』は本能的に叩き折ることが出来るみたいだし、もしそのフラグに襲われても、なんとかなるだろ」
「何かテキトーなこと言われてる気がしますが……」
「というわけで、俺からのアドバイスは二つだ」
マスシは、両手を再び叩いた。すると、どうだろう。身体がうっすら透けて、段々と下からフェードアウトするように消えていくではないか!
姿が消えきる前に、彼はエースの目を見てこう言った。
「ヒトビトを大事にしろ。それが結果的に、お前の窮地を救うはずだ。
あと、嫁さんモドキくらいは、しっかりケアしてやれ」
完全に姿を消した魔王。その残した二つの微妙な話に、エースは肩を竦めた。
『……』
「あー、はいはい、わかってますよ。とりあえず、エミリーが帰ってきたら要相談だな。セィーブ」
ずいぶんと久々に名前を呼ばれたような気がしたセィーブだったが、そこは流石に軍人経験が長いためか、すんなり立ち上がり、エースの指示を聞く態勢に入った。
「ケティとリリアン呼んできて。仕掛ける前に準備しないといけないからさ」
「……わかりやした」
言葉の意味こそ大きく理解してはいなかったが、セィーブは確かに、恭しく頭を下げた。
圧倒的空気な元軍団長。大丈夫、三章後半ではきちんと活躍してくれる……はず。




