間章その3:王妃の到着・サイド国王の失策
ネタバレ:誰得なリア充シーンあり
アスター・リックスの騎士団救援、獣王との決闘の引き分けの際の凱旋は、戦意高揚の目的があった。エース・バイナリーの竜王殺しの凱旋は、国内の緊張感緩和が理由である。
なれば、王妃が王国に帰って来たとなれば、一体どういう理由からパレードが組まれるか。
答えは、その夫であるセラストに語ってもらおう。
「そもそも、そんなもんにつぎ込む予算が無駄じゃ。いらん」
野菜スープをちびちび飲みながら、セラストは書斎にてハボックと話し合いをしていた。
一章四話あたりで出てきた書斎であるが、ちゃっかり一章から二章にかけて販売された「王子珍道中」は、三冊ともきっちり完備してある点、さすがである。
そんな訓練された読者な国王の台詞に、ハボック老人は肩をすくめた。
「相変わらずといえばそうでしょうが、しかし無駄だ、いらんというわりには、ずいぶん思い切りの良さそうなことをなさりますな」
「何の話じゃ?」
「何ゆえ隣国から“勇者”を招かれた? 下手を打てば、エース殿が死んだことが明るみに出兼ねないのでは?」
彼らが話しているのは、無論“縛鎖の勇者”ことエリークのことであった。老齢の男性、“流浪の鎖使い”とかつて呼ばれた勇者である。
特定の国家に定住せず、各地を点々とする。
最終的に合衆国に腰を下ろして数十年経っているのだが、それを何故、こんなタイミングで呼びつけたのか、ということだ。
外交上、酷く問題のある行為に見えて仕方ないハボック。
来賓とあれば使用人もつけるわけで、彼の家のメイド隊からも口が堅い人間をえりすぐったり、色々手間どったりしたわけだ。こうして、文句の一つも言いたくなる。
しかし、セラストは飄々と答えた。
「一応マグノリアと相談した上で、だ。まあエリーク氏には商会連を立ち上げたりの頃、色々世話になったから、その恩返しもあるかの」
「と言うと?」
「無論、後継者探しじゃ。知っておるじゃろ?」
うんむ、とハボックは言葉を濁した。
聖女教会、勇聖神殿間で管理されている聖武器だが、基本的にそれらは、国の軍事バランスに直結しかねない要素だ。ゆえに管理には細心の注意が払われるのだが、そこにおいてエリークという人間の立場は、かなり特殊なものであった。
言うなれば、己の身と国の自由を保障される代わり、ときおり聖騎士のように、カースモンスター退治に派遣されていた人間なのだ。国の軍事不介入を義務付けられ、時に多くの怪物を拘束し、教会に更迭することもある。
ゆえに老齢にさしかかろう今の年齢であっても、その束縛から逃れることはかなわない。
武器自体の後継者探しは、もはや必定であるといえた。
「……つまり、アスター殿に聖武器を与えようと?」
「確実な策ではないが……、まあ、ウスラダヌキの予想を超える動きではあるだろう」
是が非でも国内に聖武器を欲している国王。
その案であるこれは、二重の意味でメリットがある話だ。
一つは、運がよければ王国が聖武器を新に確保できるということ。エース亡き後、聖剣の行方は知れず。多国間の力関係を考えて、この事実が明るみに出た場合、相当まずい。これを、事後処理的に解決する策として、マグノリアがセラストに提案したことがこれだ。
そしてもう一つは、国に勇者が居る、という現状がである。戦意高揚という意味ではない。古くより、勇者は邪竜、魔王やそれに類する存在と戦うのが一般的な慣わしだ。実際どういう風に本人が動くかはともかく、そういう謂れがあるという現在が重要なのだ。
要するに、魔族を牽制するための材料にはなるということである。
「実際問題、竜王を討ち取ったのが勇者である以上、それと同類が居るという事実は、それなりに重いだろう?」
「……そう言われると、私としても文句は言えませんね」
毒づきはしなかったものの、にこにこしながらハボックは自分のスープに入っていたナスをセラストのものに入れた。一瞬それに頬を引きつらせるも、国王は文句を言わずにそれを食べた。
「しかし、マグノリアもそろそろ来る頃かの。色々と資料整理も済んだろうしの」
「ふふふ。別に、マグちゃんと呼んでも構わないのですよ? 昔はずっとそうだったじゃないですかねぇ。私、なかなか老齢なれど微笑ましく見させてもらったものです」
「……噂をすればじゃな」
見事に逃げ切った国王である。
さて書斎の扉を叩き、入ってきた女性は、言わずもがなマグノリア王妃だ。
深い藍色の髪に、娘を連想させる緑の瞳。目元は娘のものと同様、どこかやさしげな印象を受ける。ただし口元は娘ほど穏やかではなく、きりりっとした雰囲気だった。顔に皺も見当たらず、背筋を伸ばしたそのシルエットは、下手すればいまだ二十代と言って通用しそうな雰囲気であった。豪華なドレスなどをまとわず、落ち着いた服装をしていることも拍車をかけているかもしれない。
もっともガリガリから完全回復したセラストも三十代後半には全く見えないわけだが。
マグノリアは表情を変えずに、ハボックを一瞥した。
「……ただいま。あらハボックさん、何のお話で?」
「いえいえ、貴女の旦那様が色々と『オイタ』をなされていたので、それについて」
「では、いつも通りということですね。結構。後でセラストにはお説教です。報告とこちらの相談は、その時にでもしましょうか」
「後でと言わずに、今すぐにでも構いませんよ? 丁度ひと段落といったところですので。……では、後でまた」
腰を上げて、スープを片手に持つハボック。
周囲のメイドたちに指示を出して、共に退散していった。
部屋に二人きりとなるセラストとマグノリア。
と、途端にマグノリアがどこからともなく本を取り出し、ページを捲った。
描かれている内容は、儀式魔法。
薬指につけられた指輪が輝き、完全防音、外部からの干渉を魔術的なものでさえシャットアウトする結界を形成した。
これほどの警戒を要するマグノリアの相談案件とは、一体何であるか。
何も知らない人間、それこそ今、興味本位で扉に聞き耳をたてて、はじかれた女中などからすれば、そういった考えになるのも頷けるところである。
が、しかし。
実際問題、その中で何をしてるかと言えば。
「……セラくんのにおいがする」
「……マグちゃんは相変わらず、こう、コスパの悪いことするよね」
セラストの頭を抱きかかえ、ちょっと照れくさそうに恍惚な顔を浮かべている王妃の姿があった。
只単に、いちゃついている醜態をさらしたくないだけであるらしい。
こりゃダグナでなくとも、嫌味の一つでも言いたくなる感じであった。
※ ※ ※ ※
「まず、何でエースさんが死んでるのってところが一番の謎なの。少なからず、ラインハルトさんの目を掻い潜って城まで侵入できたっていうのが、私としては不可解だわ」
「んー、ぼくもそれは気になっているところだけどね」
さて、さてさてさて。
話している内容はまともだが、実際二人の体勢は、セラストの膝の上にマグノリアが座っている感じである。そのままセラストの口にスープを「あ~ん」したり、その後にスプーンをそのまま使い、照れくさそうに彼のスープを食べたりと、娘が見たら顔を真っ赤にしそうな異空間が書斎で形成されていた。
それ以前に、色々と、昔の彼らを知らない人間が見たら――もっとも結婚してからの彼らを知らないという意味でだが、そんな人間が見たら目が眼窩から抜け落ちるほどの衝撃映像が展開されている。
外交時のマグノリアは「絶対零度」と揶揄されるほどに、びしっとして相手に厳しく、また同時に恐ろしく冷静な人物であることが知られる。国王のセラストにしても、所謂老人のような口調を用いて、飄々と新しい法案などをきったはったしたりするような人物だ。
それが、これである。
年甲斐もないバカ夫婦一歩手前である。
両者共に、口調でさえ普段と大違いであった。
それこそセラストたちが十代二十代だった頃ならば、ぞんぶんに「爆発しろ」というお言葉を投げかけても問題がないくらいであったろう。年齢を重ね子供も育て、一国の未来を憂う夫婦であってもだが。
だがまあ、現在話している内容はまだまともなものだった。
「一応、教会から回された労働奴隷の中に混じってたのでは、というのがこちらの見解だが……」
「司祭さんから、情報はとれなかったのね……」
「いや、というよりもたぶん、情報持っていないんじゃないかな? 直接的なものは。だからせいぜい、特定のルートで回ってくる奴隷をいついつに王城入りさせればOK、みたいな感じだったと思う。あえて、におわすことを言わなかったとなれば」
「まあ……、そうよね。あの司祭だもの」
はあ、とため息をつきあう夫婦。
その隙にさりげなく、セラストの頬にちゅーするマグノリアは、完全に普段と別人であった。筆者の気分が鬱屈してくるが、そこは諦めるほかない。
「……やっぱり、奴隷解放は早くしたいところかな。そうすれば、戸籍管理ももっときちんと出来るし」
「すぐには無理だと思うわ。……でも、カノンさんみたいな例もあったりするし、難しいところね」
「で? 実際、今回の外回りはどうだったの?」
「いつも通りよ。まあ、竜王をエースさんが殺したっていうので、色々と軋轢はあったけど。でも、不思議と一週間くらい前には、ぽつんと消えたの」
「一週間……? アスターくんが運び込まれた頃かな?」
もはやセラストに至っては、口調の原型すら残っていない。
しかし、これが両者にとって最も気楽な話し方ではあるらしい。
「で、ちょっとここに来るまでに、ダグナさんが教会から貰ってきたものなんだけど……」
「ん?」
マグノリアが手渡したチラシ。
なんだか本編中のどこかで何度か見覚えのある、ドラゴンをデフォルメしたようなキャラクターの描かれたチラシ。
そこに書かれていた内容を見て、セラストは思わずマグノリアの目を覗きこんだ。
「何だろう……、これ?」
「魔族の施設――のようにも見えるのだけれど、一体何かしら。人間と魔族との両方を招き入れる商業施設って、この国で何やるのって思うのだけれど」
「いや、そこじゃないんだ。ぼくが言いたいのは――」
そして、セラストは一つの事実に思い至った。
「――――あーあーあーあーあー、ああ……、嗚呼、なるほど、そうか。そういうことか」
「セラくん?」
「いや、たまにはあのハゲ狸も――」普段より酷い言い草である。「――マシなことするじゃないか。いや、あーそうか……」
困惑するマグノリアを置いてけぼりにするセラスト。
やがて気付いたように、彼は彼女の頭を撫でた。
「さて、しかしこれからどうしよう」
「……自分だけ結論を出しても、説明しないのはセラくんの悪い癖だわ」
少し不満そうなマグノリアのご機嫌をとりつつ、セラストは、先ほどまでより豪快にスープを飲み干した。
出会った当初はもっと緊張感のある、駆け引きで利用しあうような二人も、年を重ねればご覧の有様だよ! 最初が低かった分上がってから落ちることが少ない的な、そういうらぶらぶっぷりです
ちなみにエリザベートの髪色は、大体七歳くらいまではセラストと同じ色でした。成長に合わせてちょっとずつ金色になり、現在じゃ原色留めてないです




