一章七話:竜王曰く、シリアス終了のお知らせ
ネタバレ:回収される伏線と回収されない伏線があります。
鈍色の、虚空。
真っ白な平原。
果てしなく続く世界は、広いようで居て、青年には狭く感じられた。
「……顔が痛い」
心臓を一撃で貫通されたというのに、青年は何故か自分の顔面に痛みを覚えた。
彼は、エース・バイナリー。
当然のごとく、我等が主人公である。
「何だろう、まるで顔面だけ八つ裂きにされたような気がするんだけれど……。気のせいか?」
現世における彼の死体がどういう扱いを受けたかは、知らぬが花というやつであろう。
軽く顔面を撫でた後、青年は立ち上がった。
周囲を観察し、一言。
「う~ん、火の鳥的にはもっと変な場所だったような気がするんだけどな~。死後の世界って」
小学校の図書室にあった蔵書を思い出しつつ、エースは肩をすくめた。
この場所を、そう、例えて言うなら――。
精神世界。
精神に世界なんぞない、というのが筆者の持論であるが、ここはそう表現するほかないであろう。
死後の世界でないことが、エースにはなんとなく理解できていた。
果たしてそれは、実際に一度死んだことがあるからか。
それとも、どこからか感じる懐かしい気配に覚えがあるからか。
「――やあ。久しいな」
上空から、聞き覚えのないはずの声。
気だるげに、エースは上空を見上げた。
果たして、その場所に居たのは――。
「……誰、君?」
「はっはっは。この姿で合うのは初めてだったかな」
そこには、少年が居た。
彼は、何もない空間に座っていた。
……空気椅子どころの騒ぎではない。なにせ足元は、地面から三メートル以上離れている。
少年は「よっと」と言いつつ、その場から飛び(?)降りた。
自分より背丈の低い少年。
見覚えのない赤毛の少年。
だが、しかし。
エースはふと、彼の正体に思い至った。
「……アンタ、ひょっとして竜王か?」
「おお、よく分かったな。我輩、感激だ」
「いや、感激って言われてもなぁ……」
微妙な表情で肩をすくめるエースに、何が面白いのか竜王は地面を転げまわって笑った。
見た目は、単なる魔族の少年。
こめかみの辺りから、大きな角が二本生えている。
着ている服はどこか和服のようであり、赤い水玉模様があしらわれている。
巨大な竜の姿ではなかったが、しかし、エースは直感的に彼の正体を察したのだった。
「……というか、アンタって人間でいうとそんな若かったのか? 意外すぎてびっくりだ」
「うん? いや、姿形など、我輩にとって何ら意味はないのだ。半分精霊だしな」
「何か今さらっと、とんでもないこと言われた気がする」
「大したことではないが? というより我輩の能力は、単なる竜族の長というだけでは説明がつくまい。常識的に考えて」
「まあ、確かに……。アンタに『常識的に』とか言われたくないけど」
精霊とは。
この世界における精霊とは、生物でも物質でも神様でもない、意思を持つ何かのことである。上位の精霊ともなれば、尋常ならざる力を秘めた存在であると伝えられている。
彼らはヒト(人間、亜人、魔族の総称)に力を貸し、膨大な魔力を与えることもあるらしい。
時には叡智を。時には戦力を。時には歌を。時には魂を。
彼らの力を借り受けることこそが、王国の国家公認魔術師になる最速の道でもある。
セイラのように、精霊を召還するレベルともなれば尋常ではない。
体の半身がそんなものとは、一体全体どういうことだという世界の話だった。
エースの言葉に、竜王は困ったように言う。
「いや、流石の我輩も常識ぐらいは弁えておるつもりなんだぞ? あくまで竜の尺度ではあるが」
「最後の一言が余計なんだよなぁ……。せめて亜人尺度くらいに合わせてくれって」
「無理じゃ。種族違うも~ん」
そして、両者はどちらからともなく笑いしだした。本来敵同士だったはずの両者は、恥じも外聞もなく笑っていた。殺風景な空間に、二人の大笑いが響く。
どこまでも、どこまでも。
「……んで、そういえばここって何処なんだ?」
「まあ、順を追って説明してやろう。我輩も、お前の話は聞きたいしな」
そう言うと、竜王はどこからともなくガラス瓶とコップを取り出した。
「……ッ!」
それは、勇者を驚愕させる飲み物だった。
「飲まんか? シュワシュワするのは嫌いじゃないのだろう?」
現代人なら理解できる。それは誰がどう見ても、コーラの瓶に他ならなかった。
※ ※ ※ ※
「ぐっは! うめぇ! 何年ぶりだコーラなんてさッ!」
「そうか、そんなに美味いか? 我輩、薬臭くてあまり好きになれんのだが……」
「まー、こういうのは慣れだよ、慣れ。……って、そうか、ドラゴンだと嗅覚が人間よりも優れてるから、難しいか……」
「慣れた! 独特の味わいだな!」
「早いわッ! こっちの気遣い返せッ!」
「無理じゃも~ん! 物体じゃないから無理じゃも~ん!」
えっと……、何だこの状況。
第三者が居れば、それこそ女剣士カノンでもこの場に居れば、そうツッコミを入れるところであろう。居ないのでここは、筆者が突っ込みを入れさせてもらうが。
何だこの状況。
何をコーラで飲み明かしているんだ、こいつら。
というかそれ以前に、何故竜王がコーラなんてものを持っているのかが謎であるか。
まあそれは、この際置いておくとしよう。その説明や、その後瓶の中身がすっからかんになるまで描写していたら、ページ数が持たない。
というわけで、時間は少し後になる。
両者ともに最後の一杯というところになって、勇者は自分が死ぬまでの経緯を話した。
あくまでも、勇者の目線でではあるが。
「……で、セイラが死んでいて、俺も黒騎士に殺されて。まあそんな感じだ」
「ふむ……。では我輩、一つ微妙な情報を教えてやる」
少年竜王は、非常に言い難そうにこめかみを引っ掻き、目線をそらした。
「今のお前は、おそらく『勇者』ではない」
「……はい?」
「だってそうじゃろ? 常識的に考えて。聖剣と精霊盾が呼び出せないということは、それらを呼び出すための素質や、女神の加護を喪失しているということなのだから」
「……いや、それ以前に、あれ? 精霊盾? 聖盾じゃなかったの?」
「ん、何を当たり前のことを。聖剣に選ばれたから勇者なのだぞ? 『聖』と名の付く武具が、そう何個も何個も一国にあってたまるか。我輩の命がいくつあっても足りん」
「はぁ……」
自分の持つ二つの武器、その片方の微妙な正体を教えられ、エースは相槌を打つほかなかった。
いや、そんなことじゃなく。
「え? というか勇者じゃないって……。いや、言ってる意味は理解できるんだけど、意味が分からない?」
「我輩、その言い回しの方が意味ワカランぞ。……まあ、言わんとしておるところは分かる。なら、思い返してみよ? お前は、一体どうして死んだのだ? 誰に殺されたのだ?」
「それは、黒い甲冑の――あっ」
そこで、エースは気付いた。
記憶の中の、武器の形状こそ異なっては居たが、その動きはどこか彼自身と共通する――。
「……あれの戦い方、あー、そうか、なるほど」
「ま、そういうことだろうな。それなら魔法が使えなかったという理由も納得できる。お主の魔法は、武器に認められて得たものだったはずだからな。武器が使えぬのでは話しにならない」
エースは自分の両手を握り、開き、握り、開きした。
そして、結論を口にする。
「勇者の力が――盗まれた? しかも、それを別な形に作り直して使役されている?」
そういうことである。
ここで思い返されるのは、王城で、大臣たちと結託していた魔術師。
彼の持っていた魔導書――セイラが開発していたという「吟遊詩人の日記」だ。
もちろん、そんな正式名称をエースは知らない。しかし、自分の力が王様に手渡された書物に奪われたことを、なんとなく理解した。
「ということは、王様が――」
「いや、流石にそれはないだろう。あの男なら……、やるにしても、もっと露骨にやるな。バレバレな感じに。良い意味で不器用だったしの」
「……面識あんの? 国王と」
「昔な」
一言でサラっと流すには、なかなかにトンでもない話しを披露する竜王である。
ここで張った竜王関係の伏線、全部回収しきれるか不安で不安で仕方がない。
だが少年は、そんな筆者のことなどお構いなしに続けた。
「おおかた、一部の腐った貴族だとか戦争で利益を得る商人だとか、あるいは功績を挙げたお前が貴族入りするのを忌避して殺しにかかったというところじゃないのか? まあ単なる人間ごときに、勇者殺すようなまねが出来るとは思えないが……、我輩、ちょっと驚嘆である。…………なぜそこで沈黙する、元勇者? 我輩、前にも言っただろうエースよ。自らがエゴを殺して戦いに望むものは、いずれはその身ごと殺されるのだと。経験者の言葉として語ったつもりだったが、あまり生かされはしなかったようだな。落胆である」
「……言い訳させてもらうと、身の振り方を変えるだけの時間もなかったからな」
「まあ、めぐり合わせというものもあるからな。我輩、同情する」
「同情するなら金をくれ」
「金で良いのか」
「出来れば命を」
「また難しい返しが来たなぁ……」
存外、竜王とエースは仲良く会話を交わしていた。
伝聞で彼らの戦いを知る人々が見れば、驚嘆する情景かもしれない。
しかし、これが両者の真実のあり方であり、正しい関係性でもあった。
竜王は、勇者に「種族の期待を一新に背負わされている」己が姿を見て。
勇者は、竜王に「与えられた目的のために自分を殺した」己が姿を見る。
セイラ曰く、両者は本来、戦わなくても良かった相手だったのである。
ニアリー曰く、それでも両者は戦うことを強制された相手同士である。
カノン曰く、それはとても痛々しい魂の削りあいでしかなかった。
そして、エース本人曰く。
「……まあ、アンタが王女さらった本当の理由とか、平和的解決手段とかを理解していたのに、実行するに実行できず殺しあうような失敗を犯した、俺への罰かな? これは」
エース曰く、それは「失敗」であった。
失敗以外の、何ものでもなかった。
「……はあ。せめて最後くらい、あの時のジェットコースターレベルのエンタメを味わいながら死にたかったな。……ったく、自分に殺されてちゃ、世話ねぇ」
へっへっへ、と、エースは力なく笑った。
そんなエースに、竜王は、意地の悪い笑みを向けた。
「ところでエースよ」
「……何?」
そして竜王は、エースからすれば思いもかけないことを言ったのだった。
あらすじからして、大方予想はつくと思いますが・・・。