間章その1: ニアリー・コールと遊園地
こちらは後編でござる。
サブタイ変わってるのにカウントが変化してないよ、仕方ないね。
女中姿の少女に案内されて、着いた先は森の奥であった。
遺跡から離れて十五分ほど。舗装されているわけではないが、明らかに獣道とは一線を画する、そんな道。ついぞ、ニアリーが道中発見できなかった、その道をすたすたと歩く青髪の少女。
イシュリーが「なに? どこいくの?」と不思議そうにしていたのに対して、ニアリーもジョアンナも返答は難しかった。
そんな時、女中少女が「お菓子、でございます」といって取り出したペロペロキャンディー(!)に、目を輝かせて喰らいつくイシュリー。そんあやり取りを見て、ニアリーは思わずつぶやいた。
「なんか、手馴れてるな……」
「伊達に商売やっていない、でございます」
そして到着した扉。アーチ状の扉であり、上の看板には「+,++,!,Eraweraw,uoY,iegnak,uruK“Ryu-ouLand”,〈〈〈 , 〉〈 ,〈〉」(“りゅーおーらんど”へようこそ!)と書かれて居たりした。その看板――りゅーおーくんが共に描かれているそれを見て、女中少女は何故か噴出しかけた。
「……失礼。では、こちらでございます」
「何でいま『ブハっ』みたいになったんだ……?」
単に彼女のツボだというのが事実であるが、当の本人はお客様の疑問を軽くスルーした。
ともかく、“りゅーおーらんど”イン ガンドレイ。
門を潜って、先にある受付まで案内される三人。
イシュリーが好奇心のまま暴走しないよう注意しながらも、しかし、三人ともが言葉を失ってた。
砂地に程近いこの場所に設営されたアミューズメントは、水をテーマにした構成であった。
まず目に付くのは、人工的に作られた巨大な湖である。
いや、湖と言って良いかどうかは、判断がつかない。
その光景を一言で例えるのなら。
「お母さま! 水の上にたってるぞ、ここ!」
そう――シャルパンとは違う、本当の意味での“水の都”である。
あちらは主に流通関係で、要所要所に物の運搬のための水路が設けられているが、こちらはそれとは大きく違う。
水路と景観を、綺麗に融合させようとしている。
また、ちょっとした通路も時折橋になっており。
真下を覗けば、澄んだ水に絵画的な絵が浮かぶ。
アレンジこそあるものの、異世界においてある意味本格的なヴェネツィア建築であった。
これには娘だけではなく、両親も圧巻である。言葉を失ってしまっていた。一瞬の硬直の後、娘は「すげー! すげー!」と言いながら、建物の窓などを覗き込もうとしたりし、叱られていた。
「では、こちらでございます」
レンガ造りの受付(お客様案内係も兼ねる)に案内された三人。わざわざ入ってすぐの位置に設置していないのは、あえて、景観を損ねないためだろう。異世界において変わった、それでいて美しい光景に、彼ら以外の客も驚いているようだった。
立ち去ろうとする少女に、ニアリーは思わず確認をとった。
「こ、ここの建築を考えたのは誰だ?」
少女は少し迷った後――突如、姿を変貌させて、こう答えた。
「雑務取締りの情報を元に、企画部と外周部の面々が四苦八苦した合作でございます。――もっとも、大本のアイデアは支配人様のものでございますが」
赤毛に金色の角を生やした少女に、三人は驚きを隠さない。
でも襲い掛かってきたりしないだけ、きちんとチラシを読んでいたのかもしれない。
その反応に彼女は、にやりと、らしくもなく「してやったり」みたいな顔をした。
「それでは、存分にお楽しみくださいませ」
一礼をすると共に、彼女は何処かへと転移し、姿を消した。
※ ※ ※ ※
「魔族側の施設……だよな?」
「そう……、よね? でも、チラシに書かれていた通り、きちんと共存してるというか……」
「もうちょっと空気が殺伐としてるかと思ったが、案外そうでもないのか?」
「まー、そういうルールだからってことなのかもしれないけど……」
「りょうしん! あれ、ウォーターコースターってのにのりたいぞ!」
親同士の真面目な話し合いも、子供にかかれば形無しである。
既にアトラクションを二つ三つ回って、カフェで一息ついている三人。父親の目の前には再びの葡萄汁、母と娘の手前には「クリームオーレ」なる謎の液体が置かれていた。ちなみに味は、カ○ピスの酸味を抜いたような感じだ。
現状、娘のお気に入りアトラクションは「ウォーターゴーカート」であったが、それに続いてここにあるジェットコースターもどき(中途半端に速度を落すので)に、娘は大変興味真摯の様子であった。
ニアリーは、周囲を見回す。
「すみません、店員さん」
「はーい、何でしょうか?」
ウサギの獣人の少女が、彼に寄ってくる。相手側が一切こちらに反感みたいなものを覚えて居なさそうな様子を見て、彼は続けた。
「注文とかじゃないんだが、一つ聞いていいか?」
「スリーサイズとかでなければ『もーまんたい』です」
「もーま……?」
「あ、いけない。えっと、問題ないってことです」
エースとの付き合いがそこそこ長くとも、流石に非日本語の単語までは網羅しきれていないニアリーであった。ちなみにエースによる日本語教育 (?)に最も影響を受けたのは、間違いなく“吟遊詩人”セイラである。
ニアリーは、あごをしゃくってとある席を指し示す。
そこの席では、空族の女性と人間の男性が、共に席についていた。
ぱっと見てわかるほどに、明らかに出来ている。男性の方は顔をデレデレさせ、女性の方は起こっているような、満更でもないような顔をしていた。
「あーゆーのって、よくあるのか?」
「あー、普通は珍しいですかね。でも、んー、少なからずここ関連の場所とかだったら、そこまで珍しくないと思いますよ? 私の直属上司いわく、『他国で普通にありえる光景なのだから、後はなれと実績でございます』とのことです」
「なんか、聞き覚えのある言い回しだなぁ……」
無論、道中のメイドテレポーターのことであるが、ニアリーも普通の敬語表現として成立しうるために、あんまり意識はしていなかった。
お冷を持って来てくれと言った後、ニアリーはジョアンナに顔を近づけた。
「ジョー。判ってるな? ここ、凄まじく異常だぞ」
「言われなくても。でも……、いけちゃいそうよね。こういうの見てると」
「規則はあるだろうが、でも人間と魔族が王国内で手を取り合えているってのが、もうな……」
ニアリーは、エースから竜王の最後の言葉を聞いていた。
というより、竜王城攻略以降のエースは、その言葉をひたすら繰り返すだけの人形のごとき存在と化していた。端的に言って、壊れていたのである。それをわずか二週間足らずで立て直したカノンが、一体何やったという世界の話ではあるが。ともかく、ニアリーはその言葉を聞いていた。
そして、その時にエースが今後、どう生きるのかもなんとなく察していた。
それが、エース本人の手によって果たされるものでなかったとしても。
「まあ――これはこれで、良い流れなのかもしれないな」
ニアリーとて、魔族全体に忌避感があるわけではない。
竜王への憎悪は、ニアリー個人の意地と、なけなしの誓いと、尊厳のために立ち向かった、仲間の仇、文字通りの怨敵だったわけであるが――それ以外については、襲い掛かってこなければどうぞお好きに、といった感じである。誰がどうなろうが、そこまで知ったこっちゃない。
少なからずギルド経営者だった経験があるのだ。諸外国における魔族との付き合い方というのも、それとなく理解している。
ゆえに、ニアリーとしては驚きこそすれ、“りゅーおーらんど”の現状は、さほど恐怖を抱きはしないのだ。
と、ふとここで、ある事実に気付く。
「……イシュリー、どこいった?」
「……あれ?」
そう、ふとみれば。
さきほどまで、ドリンクを飲みながら騒いでいた愛娘が。
忽然と行方をくらましていた。
要するに、迷子ちゃんである。
「――っ、あいつ、もう十歳になるってのに何でこんな幼児みたいなことをっ!」
「落ち着いてってば! えっと、こういう場合ってさっきの入り口のところだっけちゅごごごご」
「お前が落ち着け、何無意味に飲み物飲みながら話してるんだっ」
暴走する保護者二名。
しかし、そんなに離れていたわけでもなく、イシュリーの姿をほどなく発見したニアリーである。
「……何やってんだ、あいつ」
「……覗いてるわね、下から」
ウォーターコースターを、少女は下から見上げていた。
構成は途中までジェットコースター、後はウォータースライダーのような要領で潜水し、潜水後は水中の光景を映し出す簡易潜水艦のように変化するコースターである。シャルパンにあるオーソドックスなコースターよりも、こちらの方が色々と人気であるのはここだけの話。
そんなコースターを、じぃっと眺めるイシュリー。
「……仕方ねぇな。ああ期待されちまったら」
「お説教も、乗った後かしら」
やがて、元気良くこちらを見ながら、走ってくるイシュリー。多少満足したようだが、次はやはりあれに乗りたいのだろう。
とてとてと、とても十歳児には思えない愛らしい走りである。
が。
十歳児に思えない走りは、それなりに危険な走りでもあった。
周囲に目を配らず、足元を見ていない。普段母親に相当注意されているのだが、どうにもテンションの上がった少女は忘却しているようである。
その足が、途中の橋を踏み外したのが見えたときには、もう遅かった。
本来ならガードレール的な柵が存在しているのだが――不幸なことに、ぎりぎりでイシュリーの身体サイズにはあっておらず。
「――っ、このっ」
駆け出すニアリーも、間に合うとは思っていない。
当然のように、少女の身体は、水路に投げ出され――。
「めいどぉぉぉ、じゃんぷっ!」
そんな掛け声は、ニアリーの背後から聞こえてきた。
超高速で移動するのは、さきほどニアリーと話していたウサギ少女。
両足に魔力を集中させ、跳躍、というより砲弾か何かのような速度で飛ぶ。
ニアリーの足を置いていくほどの速度で、向かう先は、イシュリーと水面との接触点。
「まーにーあー、った! って、あ、私、まだ水面跳ねれないんでした!?」
なんとかイシュリーを抱っこしたものの、このままではミイラ取りがミイラである。
果たして――。
「ま、ケティにしては及第点でございます」
果たして、二人は無事だった。
気がつけば、二人ともニアリーたち夫婦の目の前に置かれていた。イシュリーは無駄に目をきらきらさせて。ウサギ少女はスカートとブーツをぐしゃぐしゃにしながら。
ニアリーたちをここまで案内してきた少女が、夫婦に一礼。
「うへぇ……。足、気持ち悪いです……」
「感謝と謝意が足りない、でございます」
「ひぃ! あ、ありがとうございますってばね! というか着替えてきます……。すみませーん、ホール誰かお願いします!」
立ち上がらせられると、ウサギ少女はぱっぱとその場を後にした。
イシュリーをお姫様だっこで持ち上げ、母親に手渡すと、少女は更に一礼。
「こたびは、こちらの施設の不手際でございます。申し訳ない、でございます。防止のため今後なんらかの対策を講じるでございますが、本日はあのままなので、どうかご注意を」
「あ、ああ……」
目まぐるしく状況が変わって、反応することが出来なくなっているニアリー。怪我がなかったから良かったというべきか、それとも少女たちの動きについて何か言うべきか。
さらに気付けば少女の背後で、他のメイドやら執事姿たちがガードレールに「小児、高さ注意」という張り紙を張っている。なんとも手際の良い連携プレーだった。
「――つきましては、三回分の食事券でございます。次の機会がありましたら、ぜひお使いください、でございます」
そして、この顧客対応である。
現代で愛想よくやられるならまだしも、少女は終始無表情。声音もぜんぜん変わっていない。
色々考えた上、ニアリーが言った一言はこれである。
「……他にもあるのか? こういうところは」
少女の答えも簡潔であった。
「増加予定でございます」
「今後増えるのか……」
ニアリーの質問に、少女は肩をすくめた。
※ ※ ※ ※
「……」
「ちょっと、さっきからどうしたんだってば」
ウォーターコースターに並ぶコール一家。娘は父親の頭の上で肩車状態 (十歳といえど、体躯は小さい娘である)。陽気に「まだか、まだか!」と待機してるイシュリーの下で、ニアリーは食事券の裏面を確認していた。
覗きこむジョアンナ。
書かれている内容は、今後建設予定 (?)の“りゅーおーらんど”の位置。
「トトラント、リリトシャ、アケルマルバス……、なんだか、前に聞かされたエース君のお話みたいね」
それぞれの位置に、それぞれ“黒の勇者”が戦ったエピソードがあり、ニアリーは家族にそれを話したことがあった。
それを奥方が覚えているという事実は、この際重要ではない。
重要なのは――それを身ながら、相変わらず真剣な顔で、唸り声を上げるニアリーである。
「……つまり、どいういうことだ……? これは、メッセージか? しかし……」
「アナタ? ……もう、考えだすとすぐこれだもの」
困ったように頭をかくジョアンナ。そんな彼女に、イシュリーが元気よくこう言った。
「お母さま! さっきのメイドさん、格好良かったな!」
「え? あ、うん、そうね」
「どうしたら、イシュリーもあんなふうになれるんだ? あ、なれるのですわ?」
「なれるのかしら、ね。そこは。う~ん……。とりあえず、もっと貞淑にならないと」
それとなく自分の希望も混ぜたジョアンナであったが、しかし、娘はそれを真に受けたらしい。
「決めたぞ! イシュリーは、将来すんごいメイドになってやるぜ! あ、なってやりますわ!」
その言葉に、なんとも言えない顔で微笑むばかりのジョアンナであった。
※ ※ ※ ※
ちなみにだが。
「……よし、ジョー。しばらく王都で暮らすぞ?」
そんなニアリーの一言は、母子共に聞き入れてもらえてはいなかったらしい。
女性は男性より、多少奔放本位で生きる生き物である。
まあ男性は女性より、多少満足本位で生きる生き物ですが。
そしてこの娘が将来、十本指メイドサーバントが一人"メイドアドベンチャー”などと呼ばれるようになるとは、誰しも予想だにしていなかったのだった・・・。(注:本作でその話は絶対やりません)




