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二章終話:托すもの、 足掻くもの

 

 

「……ん?」

 エースが目を覚ますと、そこは見覚えのある場所だった。

 遠近感を喪失したような空間。空と陸地との境目が曖昧で、広さが逆に狭苦しく感じるような、そんな場所。

 真っ白な地面を見下ろし、エースは肩をすくめた。

「で、何か用事かな? 竜王」

「ふむ。まぁ一応な。久しいが挨拶は省こう」

 いつの間にやら、エースの背後にはひとりの男が居た。エミリー同様の赤毛と金色の魔角(クリスタルホーン)。和装に口元だけ露出した仮面をつけた男は――始めてみる姿だが、彼の知る竜王に違いなかった。

「まずは、魔王の就任おめでとうだ」

「まだ正式就任じゃないだろうに。他の魔王たちにお伺い立てないといけないんだから」

 振り返ると、エースはダンジョンスイッチを操作する。現れたテーブルと椅子。エースが促すより先に、そこに座る竜王。肩をすくめて、エースも座った。

 ニヒルに微笑みながら、竜王はどこからともなくボトルを取り出し、エースに勧めた。

「ほれ、コーラだ。のめのめ」

「前から聞きたかったんだけど、それ、どこから調達して来るんだ? というかそれ以前に、ここってどういう場所なんだ?」

「おー、そういえば説明していなかったな。あれから破壊神様からもツッコミを頂いた」

「……今更だけど、破壊神、軽くない?」

「邪神とてそうだろう?」

「俺は知らないけど、その踊り子やってるのがアレだからなぁ……」彼の脳裏に、きゅんきゅんのきらびやかな笑顔が過ぎる。

「“運命の女神”も大大天翅(だいだいてんし)もそんなものだし、“地底の女王”くらいだな、我輩の知る限りで軽くない輩は」

「……何気に全員に会ってるのな、アンタ」

 大大天翅とは“天空の怪鳥”の別名であり、邪神は“大海の魔獣”のことである。彼が今言った名前は、要するにこの大陸の神秘(あるいは神性)全てに該当する名前なのだ。

 エースの言葉に、竜王は楽しげに答える。

「これでも我輩、一応魔王としての名前も持っていたからな。名乗りあげしなかったが」

 統率者と魔王との違いは、この「魔王としての名前」を名乗り上げるか否かによるところが大きい。エースがバルドスキーから詳細を聞いた範囲では、魔王とは、つまり支配者である。統率者が調整者であるのに対して、魔王はその支配と領域に絶大なる力を有する王なのだ。オルバニア国内での魔族の足並みが微妙に不揃いなのも、竜王が魔王として名乗り上げていなかった部分が大きい。

「……そういえば、何でアンタ魔王を名乗らなかったんだ?」

「個人的な事情と政治的な事情だ。後者は、そうだな……。“最強の魔王”を知っているか?」

「いや、魔王という存在そのものについてすらつい最近聞いたくらいだし……」

「うん。まぁ魔王をやっているならいずれ遭遇することになるだろうが――その者に助言を受けてな。『今、魔王として名乗り上げれば、間違いなく王国と周辺諸国との戦争に巻き込まれることになる』と」

「あー、なるほど……」

 早い話、種族の支配者が誕生するということは、絶対的な権力者の誕生を意味する。たとえ竜王の立場が王に等しいものであったとしても、それでも彼は選出された存在であり、非支配者であるという立場を崩していなかった。それを崩せば、魔族側は確実に自分の統率下に入ることになるだろうが――人間達の恐怖心を無駄に煽り、攻め入る切欠になりかねない。

「当時は我輩、人間大嫌いだったしな。殺す殺さないという面ですら関わりたくなかった」

「ふぅん……」その割にはオエリシア(エミリー)育ててたみたいだけど、とは言わない。

「当時のままなら、ここ“仮揺(かりゆら)の籠”にお前を招き入れることもなかったろうし、そういう意味では我輩とて多少は変わったのか」

「……かり、ゆが?」

「かりゆら、だ。……“仮揺の魔女”という名前に聞き覚えはあるか」

「あー、何だっけ? “始祖の魔王”に次ぐ、大陸史上最大規模の戦争のきっかけになったっていう人だっけか? 歴史苦手だから覚えてないんだけど」

「うん。とにかく、その魔女がかつて“破壊神”に命じられて作った場所がここだ」

「はぁ~……」

 一帯を見渡すエースだが、結局真新しい何かを発見することもない。

「ここは魂の保管所でな。半精霊は、必ず肉体が変革するまでここに心と魂を一旦預けられることになる」

「なるほど。一度死んだ後、エミリーが俺の体を再生させている間にこっちに運ばれてきたということか」

「誰に説明しているのだ? まあ、概ね間違っていない。今お前は生きてるので、以前と違って心だけこちらに呼び出してる状態だ」

 ちなみに“仮揺の魔女”についても、詳細は割愛する。簡単に概要を話せば「“仮揺の魔女”という人物がとある国によって殺され、その弔い合戦が大陸中を巻き込む世界大戦に発展した」というようなお話だ。一世紀以上前の話であるが、現在も多く文献が残っている。

 話しながら瓶を一つ空にするエース。と、横から女性が一人現れた。薄い金髪の美女。礼服ともレオタードともつかない、ぶっちゃけ妙な黒と赤のスーツ。目尻のあたりから跳ねるまつげが、ちょっと羽根っぽい形状をしている。

 女性が新たなコーラをエースに手渡す。「ありがと」と言うと、「お気になさらず」とほんのり微笑んで空の瓶を持ち、どこかへと消えていった。

「……誰? 今のヒト」

「シャルベスターだ」

「ファ!?」

 当然の反応である。

 エースの知るシャルベスターとは、のらりくらりと長身の燕尾服姿、顔は千変万化だが声は渋く低い、口調はセバスチャンな執事タイプの()()である。

 間違っても、今みたいな姿ではなかったはずだ。

「……えっと、あの姿、竜王の趣味?」

「失敬な、我輩の好みはもっと晴れやかな色合いだぞ。……あれは、ベスターの()()というか、核というか、中心というか、そんなものだ。もっともツナナギ嬢にやられてしまっているから、今では影と霞のようなものだがな。我輩の中に残留していた程度しか残っておらん」

「はぁ~……。全然判らないけど」

「なら何故相槌を打った」

 相変わらず、仲の良さそうな二人である。

 しばらくそんなくだらないことを談笑した後、竜王はエースの目を見てこう言った。

「――我輩のダンジョンを、全てお前に托そう」

 竜王のその言葉に、エースは一瞬目を見開いた。

 彼の言葉が示すことは、つまり今現存する王国のダンジョン、その全ての所有権がエースに譲渡されることに他ならない。それにより、エースは竜王のダンジョン全てを操作することが出来るようになる。

 だがしかし――、エースにとって、それは困惑しかもたらさないものであった。

「なに、そろそろ使い慣れた頃だと思ってな。元々我輩はそうするつもりだったから、遅いか早いかの違いだ。今のままだと、ほら、場所の移動も出来ないだろうに」

「……だけど、あのダンジョンはアンタが将来の情勢まで考えて設置したものだって、エリーは言っていた。だからこそ、大事にしていくべきものだと」

「そうだとしても、だ。盛者必衰。いずれは変わっていかなければならないものだ。人間も、魔族も、そして我輩たちもな」

 だから、エースに托そう。

 気が付けば、空間はエースと竜王の二人が立っているだけになっていた。コーラもテーブルも椅子も消滅し、どこかへと消えうせていた。

 竜王が手を差し出す。エースはそれに一瞬躊躇ったが、やがて、握り返した。

 ふっと微笑み、竜王はエースの頭を撫でた。

「気を落すな、エース。今、魔王として名乗り上げるということは――間違いなく、今後多くの面倒ごとに直面することなのだから。これくらいで音を上げていては、もたないぞ?」

「まあ、そうなんだけど」

「こちらとしては、お前が何をするか高みの見物といかせてもらいたいところだが……くれぐれも、我が娘を頼む。今は落ち着いてるかもしれんが、本来はおっちょこちょいでテキトーでガサツで自分勝手でざっくばらんでおきゃんで――」

「そこまで言う必要性あるのか?」

「それでいて、なお、優しくて脆い子だ。せいぜい支えてやってくれ」

「……その言い方だと『嫁にもらえ』みたいに聞こえるんだが。別にそんな気ないからな」

「お前にとって一番とか二番とかすっとばして、カノン嬢は超・特別枠だろうしな。だが――ふふ、まぁ、いつまで持つか見物じゃな。オエリシアの破天荒具合は、舐めぬほうが良いぞ? 素っ頓狂な仮面をつけているお前であっても、お前以上に天然で斜め上の結論を導き出す我が娘だ。せいぜい注意しておけ」

「何を注意しろというんですかねぇ」

 不吉なことを言いながら竜王は虚空に向けて大笑いをした。

 エースは、そんなときに丁度目が覚めた。



※   ※    ※    ※



「……おはよ?」

「ああ、おはよう」

 エースのベッドの頭の方には、ディアが立っていた。丁度鎧を着込んでいる最中のようだったが、エースの視線を受けて面倒になったのだろう、手に兜を持ったまま動きを止めた。

 文章上はどんな体型だとか、どんな容姿しているだとかいうのが全く描写のない、インナー姿のディアである。

 ちゃんとした正体開示は後の章までお預けということで。

「ディアは、何でこっちの自室まで護衛?」

「一応、要人会議の翌日だ。暗殺未遂とかあるかもしれないだろ。それこそギンギンに」

「いや、ないだろ。ここの寝室は特にセキュリティやばいから。下手な冒険者くらいならアルソ○クよろしくぎったんぎったんだから」

「……私にわかる例えをしてくれ」

「いやでも、まぁ、キモチは判るよ。だから多くは言わない」

「……その変な笑顔は止めろ」

 ため息をつくディアに、エースは「まーまー」と言いながら起き上がった。

「ディアは真面目だからなー。……そういえば真面目つながりで、エミリーってまだ来てない?」

「ああ。そうだな。時間としては、まだ朝日が昇った直後くらいだ」

「なつかしいな、その時間帯に自然と起きれるっていうのは……」

 メイドテレポーターが聞いたら、明日は銀食器の雨あられが降るんじゃないか警戒して金剛の雨傘を持ち出すことだろう。

 そんな状態を知ってか知らずか、ディアは大きくため息をついた。

 そして、エースは唐突にこう口走った。


「あ、じゃあさ、もののついででエミリー来るまで相談したいことがあるんだけど。特にエミリーがいないうちに話しておきたいことなんだけど……」

『……一応言っておくが、色恋関係は一切当てにできないと思って置け』


 長話になると踏んだためか、ディアは諦めてエースのベッドに腰を下ろした。

 エースの本格的に困ったという顔を見て、ディアも本能的に「これは面倒ごとだ」と判断したのだろう。

 そんな二人の会話は、エミリーがエースを起しに来てからもしばらく続き――結局、一両日中に結論は出なかった。

 


                  ――第二章:了――

 

 

セノ「まだ終わらないきゅううううん☆!?」


というわけで、おやつの時間に続きます。なん・・・だと!?

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