二章四十五話:運命のホラーハウス
その凶刃は、“獣王”の横から襲い掛かってきた。
位置的にエースの真横に位置する“獣王”。その隣に居た近衛――獅子の獣人が、エースの心臓めがけて刃をつきたてる。
一瞬のことであった。
ディアですら、反応する暇がなかった。
聖騎士カイネを上回る速度での強化術の連続仕様は、かつての“鎖塵”を思い起こさせるもの。魔法剣士として最高位の実力者だったかの剣士に引けを取らないものであった。
後方に控えていたエミリーも、その動作一つを認識するまでにラグが発生していた。その隙は、たとえ一瞬だけのものであったとしても、一瞬を何百倍にも凝縮した獣人にとっては大きな隙に他ならない。
そしてそれだけの術をかけて、獣人は“半精霊”を殺すつもりでいた。
普通に考えて“半精霊”を殺す術はない。ないのだが、仮にも「始祖の魔王」「最初の勇者」といった伝説が残っているくらいである。一応、殺す方法は存在しているといって良いだろう。
主な方法の一つが聖武器を使用することであるのだが――無論、それ以外にも方法はある。
獣人が取り出した、やや装飾過多な剣は――剣闘士レオウルが持つ“偽聖剣”と同じものに他ならない。その刀身は、何故か血が脈動しているかのように真っ赤に染まっていた。
「はぁッ!」
その刃を、獣人は一直線、エースの心臓めがけて穿つ。
「な、やめろ!」
“獣王”が叫ぶ。
彼の嗅覚は、真っ赤に染まった刀身から飛び散った紅い液体の正体を教えていた。
“回帰薬”――純度の低いエリクサー。強いて言えば、エリクサーの出来損ない。
人のみするだけでどんな病もたちどころに回復し、肉体年齢すら数年若返ることもあるといわれる、霊薬の最高峰。
古代に存在した薬であり、教会が現在研究しつつも、未だその完成品を作るに至っていない一品。
その製造過程で出来る出来損ないこそ、この液体に他ならない。
さて、ここで回帰薬の効果について説明しよう。
簡単に言えば、時間の逆行である。
もちろん、記憶だの意識だのといった部分には作用しない――それについてはセイラの研究分野の一つ「外部要領」について説明する必要があるが、ここではさらっと流しておく。
とにかく、原理としては肉体状態の時間逆行。病気が治る原理も、病気にかかる前の状態、健康体の状態まで巻き戻ってしまえば良いという原理だ。
そして、この原理を応用して、偽聖剣と併用することで“半精霊”を傷つけることが出来る。
半精霊の肉体とて、もとはヒト。ヒトであれば殺すことが出来るのだから、そこまで肉体の状態を回帰させてしまえば良いという原理だ。
無論、そのためには多量の回帰薬が必要なのであるが――量や濃度と逆行時間が大まかに比例するため――、少なくとも刀身全てを覆いつくす真紅の液体となっているという段階で、既に条件はクリアされてるとみるべきだろう。
それを、心臓に向けるのだ。
完璧な不意打ちである。
エミリーやディアでさえ反応できなかったという事実が、この近衛の攻撃タイミングのよさを物語っているだろう。
そして、その刃が百倍速弱の時間の流れる中で、エースの胸元を貫こうとした時――。
その加速の中で、エースはダンジョンスイッチを一回操作した。
『==セットアップ! これより、いおりんはダンジョン扱いになりまーす==』
『な……!』
驚く獣人の反応速度に、エースは軽々と首を向けた。
すぐさま、周囲で動きかけていた彼の仲間たちの両手両足に、“まかげー”をモチーフとした手錠足枷がかけられる。
それを獣人が確認するよりも先に、もう一度スイッチが操作され――。
獣人の近衛は、攻撃を失敗した。
エースの身体を、近衛の男は突き抜けてしまった。
“獣角の鎧”を通して、光情報のみはきちんと認識できたディアである。
ディアの視界に映った一瞬では、エースの身体が突然半透明になったように映った。
その半透明のエースを通過し、足をもつれさせ、近衛はその場に転んだ。
「はい、ざんねーん」
軽々といいながら、エースはもう一度スイッチを操作する。操作して、彼の両手両足も拘束した。げし、と倒れる相手を足蹴にする我等が主人公。いつの間にやら、その姿は平常通り、半透明ではなくなっていた。
「な……、何をした?」
術の解けた近衛が、エースに驚きを露にする。対照的にエースは、面倒そうに肩をすくめた。
「……一応、言っておくとここ俺のダンジョンだからね? 本当に。いや、普通にこうして襲い掛かってきたってことは、大方信じてはいなかったんだろうけど」
エースのしたことは単純である。まず超高速に反応できたのは、近くに控えている“りゅーおーくん”によるサポート魔法によるものであり(基本的に“りゅーおーらんど”において“りゅーおーくん”に不可能はない)、スイッチ操作で自分の体を「非破壊物質」、「非接触物質」(一般的なダンジョンの隠し部屋などの入り口に設置してある。要するにホログラフィックのようなもの。監視カメラのカモフラージュなどにも使われている)に変化させ、ことなきを得たのだ。
「いやー、自分をダンジョンに設定して戦うってのは初めてだったけど、案外上手くいったものだねぇ」
『ばっち ぐー』
“りゅーおーくん”とサムズアップを交し合うエース。
それがどれほどおかしなことなのか、この場で理解できるのはエミリーただ一人であろう。
ダンジョンスイッチとは、本来ダンジョンを創造するためのものである。
その対象物は、一定の空間を内部にもつもの――小さいものならお弁当箱サイズでも、原理上は可能である。
それを、こともあろうか自分自身に適応させたのだ。
不可能ではないが――普通はまずやらない。聖武器やそれに匹敵する武器でダメージを受けたとしても、少し立てばある程度回復するのが半精霊。対して、ダンジョン扱いに自分をするということは、下手をすれば、相手の得物によるかすり傷一つで絶命しかねない状況だったのだ。
「……後でディア様に話して、きっちりお説教でございます」
ぼそっと呟くエミリーの不穏な台詞は聞こえず、エースは困ったような笑顔で足元の相手を見下ろした。
「んー……。何人かな? ディア」
『……部族長の関係者、総数は十一だ。妖精のところは誰も居ないとしても、多すぎる』
嘆息する剣士の足元には、近衛の蛮行に乗じて何かことを起そうとしていたものたちが転がされていた。その中で、“深海王”が連れてきたマーメイドが一人を除いて四人とも、手に毒ナイフを持っていたのが印象的である。がくがくぶるぶる震える“深海王”を、唯一無関係だったマーメイドがよしよししていたのが、やっぱりなんだか酷い光景だった。
拘束された面子は、空族が二、獣人族が五、鬼族が三に亜人が二。
「で、聞きたいんだけど、君らは一体どんなつながりなわけ? 正直、統一性が見えてこないんだけど……。というか、エミリー調べた範囲にも居なかったよね?」
「……情報漏れ、大変申し訳ないでございます」
「うん、ちょっと人員増強は必要かな。あと調査範囲の格調とかも……。で、それはおいておいて、どうなのよ?」
軽い応対のエースに、歯を食いしばって唸る獅子男。
ダメだこりゃと諦めて、周囲に確認をとる。「あー、普通だったら斬首とかになっちゃいそうだけど、この場は俺預かりでいいかな? 幸運なことに、誰も被害でいないし」
「……かまわん」
「お手並み拝見だ」
「わ、私は別に任せて大丈夫きゅん☆」
“雷帝”“空族長”“森姫”の言葉に、一同が頷く。
それを聞き――エースはにたりと笑った。
「じゃあ、そうだね。何らかのペナルティを課そうとは思うけど……。んー、ホラーハウス、未知のエリアでレベル8なんてどうかな?」
意味が分からない、という風に眉間に皺を寄せる獅子の近衛。
意味の分かるメイドテレポーターと鎧剣士は、揃って顔面を引きつらせた。
エリクサーについてはまだまだ色々あったりしますが、聖武器とは違うタイプの時空間に干渉する魔法を宿している、くらいの認識でおkです。




