一章六話:勝てば官軍、負けたら知らん
多少「見せられないよ!」な表現があります。
前回に続いて、真面目な話が続きます。
さて、そんなどうでもいい(?)情報はともかく。
悪い奴等、悪役たちが作戦会議をする場所と言ったら、どんな場所を想像するだろうか。
筆者的には、まず暗闇である。そこに、座っている人数分の明かりが灯っており、顔が下半分しか見えないというような状態だ。
おおよそのシルエットのみが映る、そんな暗闇の中。
ご他聞にもれず、彼らの話し合いもそんな場所で行われていた。
流石に王城の中ではないだろうが、それでも、やはり民家とは明らかに異なる内装である。
王城でなかったとすれば、貴族の邸宅か何かだろうか。
薄暗闇の中、満月の照る窓からの光。
そんな室内で、八人の男達が話し合いを行っていた。
「それで、首尾は?」
一人の男が口を開いた。
恰幅の良い身体と気品のない格好は、なんだか見覚えのある、あの大臣ものである。
様子を伺う声音で、彼は隅っこの椅子に座っている男に声を掛けた。
その男は、全身黒いケープに身を包んでいた。
テーブルの上に本を開いていおり、それを捲っている手元だけが見える。
長い爪は、どこか魔的。
吐き出される声は、人間というより蛇か何かを連想させた。
「委細問題なく、でございます……。ヒュー」
男の手元にある本は、文庫本サイズのものだった。これまた、何処かで見覚えのある本だ。
表面に刻印されている魔法陣は、エースが手に取った時のように魔力を吸収せず、輝いていない。
そのかわり、開いた本のページに書かれた文字が、爛々と煌いていた。
魔術師のような男の言葉に、恰幅の良い男……というか、教育大臣は満足そうに頷いた。
「そうか。これで、邪魔者は居なくなったか」
「我等種族にとっては、統率者の仇にございます……。ヒュー」
他の六人の反応は、それぞれ違ったものであった。
猛々しい兵士と思しきシルエットは、驚いたように口をあんぐり開く。
教育大臣に負けないほど恰幅の良いシルエットは、大笑いをあげる。
二人の初老のシルエットは、にこやかに談笑をはじめる。
そして、老齢の男性のシルエットが沈痛そうに唸った。
兵士が、魔術師に問いただす。
「それは、真なのか? いくらアンタが、その……、そちらの種族の中でも、上位の存在だからと言って、あの勇者をだぞ?」
「お疑い、もっともにございましょう……。ヒュー。なれば――」
――『恵みよ、あれ』――
魔術師の呟いたそれは、勇者が己の力を呼ぶときに口ずさむ聖句。
嗚呼、何故それがこのような場で使われるのか。
魔術師の言葉に呼応して、「吟遊詩人の日記」が輝きを増す。
次の瞬間、毒々しい光と共に、黒き甲冑が現れる。
全身が黒尽くめで構築された、その姿はまさに黒騎士――エースの心臓を貫いた、あの黒騎士に違いない!
その両腕には、二つの亡骸が抱えられている。
一つは、青年。
もう一つは、幼い少女。
「置きなさい……。ヒュー」
『……』
黒騎士は、何も答えない。
しかし、その行動は魔術師に従っている。
地面に転がされた二つの死体は、当然、エースとセイラである。
少女の躯は安らかな眠りを。
青年の骸は、悔恨の瞬間を。
異なる感情をめぐらせたまま、両者の時は止まっていた。
「ご苦労……。ヒュー。眠りたまえ」
『……』
魔術師の手元の光が消えるのと同時に、黒騎士の身体も煙のように消失した。
その場に残ったのは、二つの死体のみ。
唖然とする兵士たち。
そんな中で、唯一、教育大臣は立ち上がった。
「ふん、この小僧めがッ! 死しても生意気な顔を見せおってからにッ!」
嗚呼、彼には反撃する術もないというに。
複雑な表情を浮かべていたエースを、教育大臣は蹴飛ばした。
主に、顔を重点的に。
「この、この、この、この――――ッ!」
そこにある理由は、一体何だろうか。
ここまで執念を費やし、ここまで憤怒を燃やす、その理由は。
死してなお、その尊厳を踏みにじられるほどのことを、彼が果たして教育大臣にしたというのだろうか――。
色々と地上波でお見せできないような状態になるまで蹴り飛ばした後、教育大臣はようやく満足したようだ。
「見苦しい、何かで顔を覆い隠せ」
「……仰せのままに。……ヒュー」
自分でやったくせに、何たる言い草。
流石の魔術師も、これには引いているようだった。
いや、この場のうちの何人かも同様である。絵面が相当にね……。うん。
しかし、特に違和感を持っていなかった恰幅の良いもう一人が、教育大臣にこう言った。
「まあ、当然の結果でしょう。単なる農民出身の男が、よりにもよって王家に連なろうなどとは」
教育大臣とその男は、両者ともに薄く微笑みあった。
これだけで、二人がどんな勘違いをしているのかというのが理解されよう。しかしその誤解を解けるものはどこにも居ない。女剣士や“魔弾の狙撃手”が説得したところで、既に結論の決まっている二人には、何ら意味はないのだ。
魔術師が死体の顔にスカーフのようなものをかぶせていると、兵士がエースだったものの前に来て、手を合わせ祈りを捧げた。
「せめてその魂だけでも、我等が女神の救済を得られるよう――」
「止めぬか、軍人風情がッ! そのような身の程知らずなど、地獄に落ちて破壊神にでも八つ裂きにされてしまえばよいのだッ!」
「……祈りすら捧げてはいけないと? 確かに私は、勇者が『竜王』を殺したから、今後の軍備厳粛を恐れて今回のことに参加しましたがねぇ。そのことに関しちゃ地獄に落ちても文句もねぇですけどね。でも、訳も分かず命を散らせた『戦士』に、祈らないほど腐っちゃいねぇんだッ!」
「ふん、例え大臣になろうと、軍人は軍人のままかッ」
「現在はともかく、勇者が居なけりゃ、俺たちとて今頃どうなっていたか分からないって言うのにかッ! それでもアンタは、この男に感謝の一つもねぇと言うのかッ!」
「そんなもの結果が全てだろうッ! なにより我等が王国には、女神様の慈愛がある!」
教育大臣と兵士の男――否、軍務大臣の両者は強くにらみ合う。
初老の男たちや魔術師が困惑していると、彼らの背後から一声かけられた。
「止めぬか。大魔術師様の、『聖骸』の御前であるぞ」
老人の一言に、その場は沈黙する。
しばし訪れる静寂。
最初にそれを破ったのは、軍務大臣であった。
「……法務大臣。アンタはどうなんです。私としては、今回の計画にアンタが参加していたことの方が驚きでしかないんですがい?」
老人は――否、近隣国家に比べればまだまだ若い王の右腕は、軍務大臣の言葉に重々しく答えた。
「……うむ。確かに、私が本来この場に居るのはおかしいのだろうな。そこに居る男は、男だったものは、我等が王のお気に入りであったのだから」
前章でも記述したとおり、法務大臣は王と勇者の友人関係を知っている。
だからこそ、その言葉は、いかようにでもとれる一言に違いなかった。
「だったら、何で――」
「その勇者……、いや、エースという人間が持つ思想は、危険だ」
嗚呼、それは――。
そればかりは、どうしようもない。
「万民に平等な知識と魂の成長を――」
それは、娯楽文化が定着するための基礎。
「万民が個人の幸福を追求する姿勢を――」
それは、娯楽文化が発展するための基盤。
「――全ての国民がそんなことを考えれば、国は滅ぶ。誰も省みなければ、権威は落ちる」
法務大臣は知らない。
勇者が王に語っていた思想が、ある種の、文明発展における完成形の一つであるということを。権威が落ちても国を維持できてしまうことこそが、大いなる争いの少ない国の証拠であることを。
そして勇者も知らなかった。
純粋な文明発展が「平和」の領域に至るためには。並々ならない時間と、労力と、資源と、そして理解を必要とすることを。
「国王がそんなものに感化されてしまっては、私は、彼を殺めねばならなくなる」
「それは――」
「不敬とは言うなよ? 貴殿に軍人の誇りがあるのと同様、私にも、王の右腕たる誇りがあるのだ」
力なく笑う老人に、男は、己の姿を重ねた。
沈黙の中、両者の意図を理解していない大臣が、にやりと笑って軍人を嘲笑った。
「では、これからの情報操作、隠蔽について話し合いましょうぞ? 法務大臣どの、何か意見はございませぬか?」
こうして、陰謀の夜は更けていく。
後に残るは、破滅への序曲と知らぬままに。
※ ※ ※ ※
精霊化。
高位の魔術師は、魔力だけで構成された「聖火」で焼かれると、その身を大自然の大いなる魔力と一体化する。それは死した年齢が、老いていようと幼かろうと関係はない。
この日の号外瓦版には、その旨がとく記されていた。
書かれている事柄は、この国の最年少上位魔術師の死。
そして、勇者の失踪。
法務大臣は見た。――勇者の身体から、竜王の呪いが溢れ出る瞬間を。
教育大臣は見た。――“吟遊詩人”の身体に、その呪いが飛び火したのを。
あふれ出た呪いは両者を飲み込み、勇者を喰らいつくし、“吟遊詩人”を死に至らしめた。
当然、真実は異なる。本人の意思に関わらず、勇者の暗殺に協力させられていた吟遊詩人。思いがけない形と理由で、殺されることとなった勇者。その名を貶められなかったのは、陰謀を疑われるのを防ぐためか。
だが、そんなことを人は調べようがない。
関係者の中で唯一、勇者の味方であった吟遊詩人は、口封じのために亡き者となっている。
一体誰が攻められよう。宴が終わった直後、故郷に帰っていた“魔弾の狙撃手”を。
一体誰が攻められよう。勇者の消失を聞いた直後、姿を消した女剣士を。
友人と想い人の死。深い絶望に包まれた王女と、それを支える大臣や使用人たち。
幼い少女の骸を弔いつつ、王国は理解することとなる。
竜王が仕掛けた呪いを、何者かが継続させた。
それが勇者と“吟遊詩人”の命を奪い取ったものであるということを。
「解せんのぉ……」
只、一人。
王城の中で、疑問を持つ男が一人。
周囲の大臣達の様子に違和感を覚えつつ、彼は、妙なしこりを覚えていた。
「……まあ、何が解せんのかは分からぬが」
もっとも国王は、残念ながら結論に至るだけの情報を持ち合わせては居なかったのだが。
そんなこんなで王国の雲行きは、少々、怪しい方向に流れていくのだった。
次から多少、テンションが戻ります。
本作はコメディー目指してますから。