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二章三十八話:肉を切らせてなんとやら

ディア&エミリー「『やせ我慢は基本』」

 

 

 さて、戦闘シーンである。

 これを書くまで筆者はおおよそ一週間近く日数をあけていたわけだが(投稿日でなく書くまでという意味で)、別にバトルシーンが嫌いというわけではなく、忙しさやら睡眠不足やらで、あまりノらなかったというのが真実であるが、そんな私事はさておいて。

 無言で佇むディア。

 片手には刀――もっと言えば、我々の言語を使えば日本刀を右手に持っている。

 ただ、持っているだけである。

『……』

 両手をだらんと垂らし、剣士は相手の出方を伺っている。

 一方のカイネはといえば、そんな剣士の「構えていないのに隙のない」状態を前に困惑している。基本的には精霊剣「アグー」の性能的に、カウンタータイプの戦法をとっている彼女である。相手の挙措からどういった動きをするかというのを、まず予測して動くのだ。

 それを言えば、ディアがあえて特定の型を構えていないのは、カイネと戦う際の正攻法ともいえるものであった。

 だが、その状態で静止するほど、事態は一刻の猶予もない。

 あの胡散臭い青年は、カイネとの会話を投げ出してそのまま城へ逃げ帰ったのだ。

 おそらく何らかの対策を打って出るに違いない。そして、おそらくそれが可能なのだろう。

 この場に護衛としてつれてきた剣士が、足止めとして残っていることからもそれが推測できる。

「……はぁ」

 ため息一つ。

 直後、膠着状態をカイネはぶち破った。

 瞬間的に肉体強化の術を三つかけ、ディアへ向かって突進したのだ。

 踏み出した一歩が地面を蹴ると同時に、大砲でもぶちかましたような爆発音が鳴る。

 移動速度はその一本の音の大きさに比例してか、瞬間的な加速度で時速六十キロ以上はたたき出していた。

 カイネがあえて直線攻撃を選んだのは、ディアが構えていなかったからである。

 構えていないということは、初動が遅れるということに他ならない。

 いくら凄腕の剣士であっても、居合い抜きに長けていなければその遅れは命取りとなる。

 相手の格好が鎧姿であったのも、彼女が突進を選ぶのを後押ししただろう。既に刀が抜かれているというのもあるが、相手のシルエットがさほど太くないので、鎧姿でも高速に動ける筋力がないと判断したためだ。

 あとは、とにかく相手に刀を届けられれば良い。精霊剣の能力は、切断対象の自由選択である。

 早い話、持ち主の技量が伴っていれば鉄も切れるしこんにゃくも切れる。物理的な鎧通しから城砦破壊まで可能な、恐ろしい武器だと思ってもらえれば良いかもしれない。

 「何」を「どこまで」切れるかは、使用者の技量に寄るところが大きいが。

 そう、それこそ技量さえ伴っていれば海面を真っ二つに引き裂いたり、気流を乱してカマイタチを生み出したりできるわけだ。

 もちろん、カイネにディアを殺すつもりはない。

 だからこそ彼女は、鎧の下の皮膚と肉を少々えぐる程度のつもりでディアに突進していった。

 いったのだが――しかし、突進してくるくらいはディアも当然予想している。

駄暗(だくら)

「!」

 ぼそりと呟きながら、ディアは刀を持つ左手を軽く構えた。

 さて、乗用車が突起物の生えた壁に向かって激突すればどうなるか。ただ壁に激突するにしても大惨事は免れまいが、対象が明らかに凶器を向けている状況である。必然、突進はただの悪手にしかならない。

 だが、カイネも負けじと肉体強化をもう一つかけ、反応速度と運動力を無理やり上昇させた。

「ていやっ!」

 右肩に剣を乗せた状態での突進であった。しかし、その状態から彼女は駒のように回転した。丁度ディアの構えた刀を弾くような動きである。

 だが、刀と刀が接触した瞬間、カイネの動きが不自然なほどに素早く止められた。

「……? まさか」

『もう一回』

 不審げな顔をしたカイネだったが、ディアが刀を()()()()()()()斬ろうと動いたため、強化の術を足にかけ飛び跳ねた。ディアの腕力と彼女の跳躍とが、カイネの体を宙に飛ばす。

 そして、両者の間に距離が出来る。

 薄い表情ながら、彼女は苦虫を噛む潰したような顔をした。

「……認識が甘かった。相手は竜王の後継者の護衛。装備も能力も普通なはずはなかった」

『何に気付いた?』

「それ、精霊剣」

 ディアの持つ刀を睨みながら、カイネは答えた。

 そう、ディアの持つ剣は精霊剣である。くしくもカイネのそれと同質の能力をもった刀であることに違いない。おそらく先ほど不自然に速度が落ちたのは、その「移動速度」、もっというなら「運動エネルギー」そのものを切断されたのだろうと彼女は判断した。

「……非物質を斬るとなると、かなりの凄腕。勇者でもなかなか出来るものじゃない」

『これでもそういうのは苦手なんだが……。というよりも、勇者はそもそも聖武器しか持ってないだろう。国力的にも重要兵装が個人に集中するのも危険なはずだ。この国で言うならば、能力補助効果のあるエイトラインを“黒の勇者”が持っていなかったことが、それを裏付けている』

「……何でそんなの知ってるの。本当に魔族?」

『刀剣の道は刀剣』

 蛇の道は蛇、みたいなことを言うディアである。ちょっとエミリーみたいな言い回しだが、おそらくは「刀や剣に通じていれば、そういう知識も耳にすることがある」くらいのニュアンスだろう。

 なんにせよ、詳しく話を聞く間柄でもあるまい。

 カイネは肩を竦めて、ポーチから懐中時計を取り出した。

 時計には、盤の数字の箇所それぞれに小さな魔法石が埋め込まれている。

「とにかく、手早く終わらせてもらうよ」

『……こちらの台詞だと返されないことを願おう』

「願わなくていい。敵だし」

 言いつつカイネは、その時計の針を操作する。

 ディアもディアで、何をするでもなくそんな彼女の行動を見ていた。はっきり言って隙だらけなのだが、もしここでディアがカイネに刃を向けても、再び強化術式を連続で使い逃げられるのがオチだ。ならばむしろ、こちらに向かってくる相手を気の済むままにさせて居た方が足止めにはなる。

 その上で、相手の反撃を真っ向から切り伏せられなければならないのだが――ディアは、何一つ変わらず先ほどのように只佇んでいる。

 どうやら、この剣士にはその手の心配事はないようであった。

 やがて準備が終わったのか、カイネは時計を頭上に掲げる。

「拡散!」

 その言葉と同時に、魔法石のいくつかが輝きだす。

 一つ一つの魔法石には、それぞれ三つの術式が込められていることがディアには見て取れた。「獣角の鎧」を通してみるその視界には、普通に見ている以上の精度で魔力の光が確認できる。そのため、ディアには時計がどんな術を使おうとしているか、おおよそ見当がついた。

 おそらく専用にチューンナップされているであろう、その魔法具。

 その齎す効果は、結界魔術であった。

 薄く青い光が視界をつつむ。

 両者ともに、その光の中に囚われた。

『また意地汚い……』

 ディアは、自分の体から体力が抜けていくのを感じる。

 この術は、囚われているものの体内にあるエネルギーそのものを、何割か消費させる効果があるようであった。事実、精霊剣を持つ手も重い。精霊剣は握っているだけで少量の魔力を奪われるので、そこから更に体力を引かれているならば直のこと重いはずだ。

 術の発動と同時に体力を減らしきれないのは、術者の技量不足か、あるいは術そのものの仕様か。

 体力の減り方から考えて、どちらにせよあと五回くらい刀を振れれば良いくだいだろう。

 対するカイネだが――やせ我慢してるディアよりも、体力の減りが少ないように見える。表情は相変わらずぼーっとしたような顔で、足元にも手元にもふらつきがない。

 どうしてかというのをディアは知りえない。どうしてだろうか、彼女は術の影響をさほど受けていないように見える。それが、例の微妙に露出度の高い水着めいた服のせいであることに、流石に思い至れはしなかったようだ。

「じゃ、いくよ」

 そう言って、先ほどとは違いディアの周囲を旋回するカイネ。

 おそらく最初は背後に回りこんで攻撃しようとしたのだろうが、生憎とディアの背後に死角はない。身につけている鎧によって補助される視界は、可視光などだけではなく視界そのものの広さにも影響する。流石に全方位とまではいかないが、剣士にとって敵がある程度の視界に入っていれば、あとは想像力と経験値で補うものだ。

 そのため、カイネも攻めあぐねているところなのだろう。武器が同質のものである以上、勝敗は一撃でつきかねない。一太刀も浴びずに戦うというのは、相当に骨が折れるわけだ。

 だが、しかし。

 残念ながら、ディアはそのセオリーに当てはまる敵ではなかった。


烈空斬(れっくうざん)


 その一言と共に放たれた斬撃によって――勝敗は決した。

 

 

 精霊剣は、スーパー斬鉄剣+各々の剣特有の能力があります。”アグー”の場合は、魔術の発動速度にちょっと補正がかかってる感じですね。

 そんなカイネの使ってる術が、はたしてどう料理されるか。予想するのも一興じゃないでしょうか。


 次も一週間以内に投稿しよう。

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