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一章五話:謀略とは知恵ある悪意のことなり

ちょっと長め。

 大臣達から渡されたという手記サイズの書物。

 そこに記録が終了した後、エースは王の書斎を後にした。

「では、またのう。面白い本があったら送るように」

「了解です。……では王様、ちゃんと食べて多少は体調を戻してください」

「何を言う、わしは元気百倍、ピンピンのピッチピチじゃッ!」

 ガリッガリにゲソッゲソの叫びをスルーして、エースは書斎の戸を閉めた。

 既に時刻は深夜を回る。

 魔灯(マジックランプ)の明かりも、来た時よりはだいぶ落ちたものになっていた。

「……ま、数秒前まですんごい明るいところに居たから、目が疲れるのは仕方ないか」

 文字数の関係で先ほどは記述しきれていなかったが、王の書斎は当然のように、煌々とした部屋である。魔灯の数も、出力も、こういった一般的なものとは比較できないほどの出来なのだ。

 しばらく視界が安定するまで待ってから、エースは城の中を歩く。

 ふと窓穴から外を見れば、多少はどんちゃん騒ぎが終息していた。

 いや、終息というよりは、半分くらいが寝落ちていたというだけなのだが。

「うわ、まだ飲んでるよ……。どんだけだし」

 貴族平民に関わらず、ウワバミはそれなりに存在するらしかった。

 無礼講と言うこともあってか、みな一様に楽しそうに酒を飲んでいるところだ。

「俺も酒が飲めたら、ああいうのに混ざっていたかもなぁ」

 ちなみにその中で一、二を争うほどに酒を飲んでいるのは、多少酔いが収まったらしいニアリーだったりするのだが、流石に遠目でそれを確認できるだけの視力は、エースになかった。

「さて、と。……セイラの様子でも見に行くか」

 エースの思考は、すでにニアリーのことなど外側に追いやっていた。

 いくら大魔術師だと言えども、セイラはまだ幼い少女でしかない。

 いつもならば無理をしそうな時は、カノンが己のキャラを忘却してお姉さん口調で叱ったりして強制中断させているのだが、残念ながら今日は彼女も酔いが回って夢の中である。

 必然、もう既に体力切れでおねんねしているのだろう。

「出来ない無茶をするようじゃまだまだ子供なんだと言ってやりたいけど、指摘したらしたで『わたし、そんなガキンチョじゃないんだもんッ!』とか文句言われそうだしなぁ……」

 ただでさえ、パーティーのお父さんポジションが抜けるのである。

 お兄さんお姉さんポジションだけであっても、きちんと成長させてあげないと。

 今後の彼女の教育方針(?)について思考をめぐらせるのは、彼にとって当たり前のことだった。

 さて。

 そんなことを考えながらエースが歩いていると、

「おい、待てそこの平民」

 明らかに彼を侮蔑するニュアンスが含まれた声をかけられる。

 気にせず声の方を振り向くと、そこにはでっぷりと太った貴族が一人居た。

 エースは内心嫌な気分になったものの、その相手を無視するわけにもいかなかった。

「どうもこんばんは。教育大臣」

「ふん、相変わらず礼儀を知らないガキだ」

 憎まれ口と言う風でもなく、嘲笑すら含んだ声音で彼は鼻を鳴らした。

 国王の見た目が「激務と心労でやつれている男」に見えるなら、彼は「筋肉質ではない巨漢」といったところか。少なくとも農村部出身のエースにとって、忌むべき貴族の一人のように思えて仕方がなかった。たとえ生活に余裕があれど、農民たちは目の前の大臣のように、太るまで食べられるほど食料が満ち足りていないのだ。

 そんな彼の内心を知ってか知らずか、大臣もまた彼のことを目の敵にしていた。

「小僧、竜王を殺したからといって、いい気になるでないぞ?」

「別にいい気になってはいませんよ。というよりむしろ、外交の際の脅しとかに使われそうで面倒極まりないです」

「ふん。口でならなんとでも言える。どうせその功績を元に、王に取り入ろうとでも考えているんだろう」

 ちなみに王様と勇者とが年の離れた友人同士であることは、法務大臣や一部の使用人以外には知らされていなかったりする。

 その事実を知らないだけで、彼が貴族であってもどれほどの王から信頼を受けているかがうかがい知れるというものだ。

 そんな見当違いな大臣の言葉に、エースは嘆息。

 その反応を肯定ととったのか、大臣は言葉を続けた。

「ふん。思い上がるなよ? 農民風情がこの王城の中を闊歩すること自体、本来はあってはならぬことなのだ。もし私が王であるならば、すぐに打ち首にでも――」

「あの、それは流石に、王様に対する不敬にとられかねない発言じゃありませんか?」

「ふん。口の減らないガキよ。せいぜい苦しんでから死ね」

 まったく、口が減らないのは一体どっちだろうか。

 でも、この男の考え方も国の価値観で言えば、間違ってはいないのかもしれない。

 この国は、平民でも偉業を成し遂げれば、勲章を与えられ貴族となることが出来る。

 だからこそ毎年、一定数の人間が功績を挙げたと王城に詰め寄るのだ。

 その中には、内容を詐称している者も少なくない。

 その対応に追われている大臣も多くおり、平民を貴族にするこの勲章制度への反発は、貴族の間では強いのだ。

 曰く「平民は平気で嘘をつく。貴族の高貴さとなど理解できるはずもない」とのこと。

 特にあの教育大臣の男、アーレス・リックスの平民嫌いは有名な話だった。

 いや、どちらかと言えば貴族純血主義とでも言えば良いだろうか。

 どちらにせよ、エースのことが気に入らないのも頷ける話だった。

 ただもっとも、今のエースのポジションは微妙なので、今日はあまり強く突っかからなかったのだろう。

 そのことが、異世界の論理で生きている彼にとって、わずかばかりの救いであろう。

「適当に無視するわけにもいかないからなぁ……」

 彼がアーレスのことを無視できない理由は、二つある。

 一つは、彼が教育大臣であること。下手に両者の間でいざこざを起せば、ただでさえ貴族純血主義の学校教育に拍車がかかってしまうかもしれない。それは国家にとって、あまりプラスではないだろう。小学五年生の現代知識に多少毛が生えた程度の彼でも、その程度のことは理解できた。

 そしてもう一つは、彼の息子の立場である。何度か父親に内緒で剣術の稽古をつけてあげたりし、それなりに二人は仲良くなっていた。だからこそ親と知り合いとがいざこざを起したとなれば、子供である彼にかかる心労は重いだろう。

 そういった気遣いから、エースは彼の相手をしなくてはならない。

「……せめて、もう少し平民達の教育にも力を入れてくれたらな~」

 娯楽文化の発展には、一般市民の基礎教養向上がなにより不可欠。

 エースの目標は、なにかと前途多難であった。



※   ※    ※    ※



 この城には、「魔導番室」という部屋がある。

 広さはさほど大きくはないが、物を置くのに苦労するほど手狭ではない。ここは要するに、新しい魔術や魔法具の開発を行ったりする場所だ。もっと細かく言えば、魔術の研究室のようなものだと考えればよいかもしれない。

 国に認められた魔術師は、本人の希望でこの部屋にこもって魔術研究を行うことが許可されている。この部屋は国が運営しており、三食の食事つき、使用人も雇え、欲しいものはある程度経費で落ちるようになっている。

 魔術の研究に没頭するのに、これほど素晴らしい場所はないといえる。

 まあ研究せずともこの部屋を利用することは出来るのだが、流石に何年もそんな理由で篭れるほど神経のず太い人間は、セラスト国王くらいなものだろう。

 だからこそ、この国の魔法使いの大半は国家公認の一流魔法使いになることを目指す。

 魔術の深奥を目指すためには、ある程度世俗から解放されていなくてはいけないという考え方なのだ。

「まあ、そんなところに生まれたときからずっと引篭もっていれば、あんな性格にもなるだろうけどねぇ……」

 さて。ここで一つ、この国の「魔導番室」入り最年少記録保持者のことについて記述しよう。

 彼女は、まず生まれたときからずっと部屋に居た。

 比喩でも何でもない。文字通り生まれた時からだ。

 この国で当時、最も若く「魔導番室」入りした男と女――その二人の間に、彼女は生まれた。

 その少女は、両親にほどほど育てられつつ彼らの研究を間近で見ていたのだ。

 彼女はおおよそ、世俗における悪意とも、嘘とも、思惑とも無縁の環境で育った。真摯に、真理を追究することに心血を注ぐ生き方を間近で見ることとなった。そして部屋を引き継いだのである。

「ま、たぶん今日も引篭もってるだろうなぁ。……ちょっと前まで頑張ってたみたいだし」

 それが勇者のパーティー最後の一人。魔術師こと“吟遊詩人”セイラである。

 本殿を一度出て、城壁の内側にある小さな塔のような建物。

 ここが、セイラの「魔導番室」である。

「さて、と。……あれ、開いてる?」

 珍しいと思いつつ、エースは戸を開けた。

 室内は無駄に散らかっている。

 主に羊皮紙が散乱しており、それ以外には竪琴や横笛などの楽器が所狭しと並んでいる。

 なんとか歩けるが、足の踏み場が殆どないような状況だった。

 唯一、机が綺麗に整頓されていたので、仕事が終わった後そこだけは片付けたのだろう。

「まあ、机はいつも通りみたいだな。……さて、と。明日には一度城を出るから、カノンと一緒に寝かせてやらないと。朝弱いから起きられないだろうし」

 ぶつぶつ呟きながら、彼はセイラが寝ているベッドへ向かう。

 子供サイズではなく、彼女の両親が共に使っていた巨大なベッド。

 かなり古いもので既に反発性が弱いことを、エースは知っている。

 しかし、セイラが買い換えることはない。

 今となっては数少ない、両親との思い出の品なのだから。

「……うん、寝顔は可愛いんだよな。これで普段から、もっと大人しいといいんだけど」

 静かに寝入っているセイラは、確かに、カノンが我を忘れるほどに可愛らしいものだ。

 金色の髪の一本一本は、太陽の下だとまるで金細工のように美しい光を放つ。

 月夜に照らされるそれも、また別種の美しさがあった。

「さて、じゃ起さないように運びますか……」

 言いつつセイラの身体をお姫様だっこした瞬間。

「……こんなに軽かったか?」

 エースはふと、違和感を覚えた。

 ふとその寝顔を見れば、静かに寝入っているのではないと気付く。

 慌ててベッドに寝かせて、彼は脈を計った。

「……おいおい、マジかよ」

 セイラには、最悪の事態が起こっていた。

 いや、もう既に起こった後だったのかもしれない。

 そこにあるのは、結果だけ。横たわる結果は、ただの入れ物にすぎない。


 無垢なる真理の探求者は――まるで美しい人形のように、息絶えていた。


「何がどうなって……ッ!」

 野生の勘のような何かが、彼の意識に警告する。

 どこからともなく得体の知れない気配を感じ、混乱しつつも、エースは後ろに飛び退いた。

 次の瞬間、彼が居た場所に真っ黒な騎士が、天井から降ってきた。

『……』

 ぎしぎしと間接の鳴る黒騎士。さきほどまで彼が居た場所――正確にはその心臓があっただろう場所に、突撃槍を突き立てて。

「……お前は何者だ?」

『……』

 黒騎士は答えず、立ち上がり、構えた。

 エースは、混乱する思考を一度停止させた。

 これは農民から勇者になった後、彼が体得した技術の一つだ。

 戦場では、余計な注意の散漫こそ命取りになる。その場における情報収集は必要だし、状況の分析も大事なことに違いはない。

 だが、それらを自意識が鈍らせてしまうのならば、頭の中で()()()()()()必要がある。

 それが魔族との戦いで、生き残るために彼が得た力。

 エゴを圧殺して、目的遂行のための道具となるための力である。

「――『風よ』――」

 セイラの状況に対する動揺も、悲しみも斬り捨て、魔術を発動させる呪文(スペル)を彼は唱えた。

 しかし、何も起こらなかった。

「……何故だ?」

 一瞬の思考であったが、すぐさま結論を見つける。

 国王と話していたときに、彼の旅を記録するために作られた日記帳だ。

 その魔法陣の発動には、彼自身の魔力が使われていた。

 倦怠感を覚えなかったため、どれほどの魔力が使われたかを彼は確認していなかった。

 だが一般的な魔法の発動すら阻害されるとなると、一体どういうことだ?

「魔術が使えないほどに消費してるってことか? いや、それにしては体力は減っていな――ッ!」

 そんな彼に、黒騎士は手を緩めることはない。

 黒いランスが、彼の胸を穿とうとする。

 ぎりぎり回避できたものの、身体すれすれのそれに、肉体を抉られるような錯覚を覚えた。

 だが、相手の攻撃はそれで終わりではない。

 左手に構えていた盾を使い、エースの身体を突き飛ばしたのだ。

 予想していなかった反撃に、エースは反応が遅れる。

 見事に「魔導番室」の入り口から、はるか遠くへぶっ飛ばされる結果となった。

「……何だ、あの戦い方」

 相手の隙をつく戦い方は、まだ理解はできる。

 しかし、盾を使ってあえて突進攻撃をしてくる騎士は、果たして居ただろうか。

 それは、この世界の文化でもあまり見られない戦い方だった。

 それこそ、エースの戦い方と同じようなものである。

「何にしても、手ごわい相手だってことか。――『恵みよ、あれ』――」

 聖剣と聖盾を呼び出すための呪文を、彼は唱える。

 だがしかし、彼の言葉に、彼の武装は答えない。

「……は?」

 その結果は、致命的なほどに大きな隙を彼に作った。

 あまりに想定外すぎる現象に、エースの抑えていた動揺が復活する。

 そして、その一瞬を見逃すほどに、黒騎士は弱い相手ではない。

「あっ――」

 一瞬の空隙の後。

 胸に走る痛みと熱――覚えのある感覚に、青年は自らの敗北を覚った。


「――せめて死ぬ前にもう一度、ジェットコースター乗りたかったなぁ……」


 いや、今際の言葉がそれでいいのか我等が主人公。

 そして数秒と待たず、彼の意識は途絶えた。


幼女殺しは大罪、はっきりわかんだね。

続きは、キリが良いところまで出来たら投稿します。


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