二章三十一話:身近な恐怖
エミリー「エース様は、料理できるでございます?」
ディア『こちらの五倍はまともなものを作る』
エミリー「……ディア様にも何か教えたほうが良いか、でございます」
「あー、お帰りなさいです」
「ん」
「ただいま、でございます」
書斎のような広間のようないわく形容しがたい部屋に帰ってくるエースとエミリーに、ケティはぐったりしながら応対した。この部屋の中央には橙色の扉が一つ。これは“りゅーおーらんど”各地に通じるポータル部屋 (扉がうじゃんと並んでいるような部屋になる予定)に通じるものであり、そこからエースたちが帰って来たということは、一通り仕事が終わったということなのであろう。
エミリーから書き置きで回された仕事は、“りゅーおーらんど”の避難誘導の指揮やらダンジョン内部での支援用道具各種の手回し、内部に居る人達への通達やら何やら、おおよそ一人でこなすにはオーバーワークな内容であった。
が、しかしである。なんだかんだ言いつつも、ケティは“りゅーおーくん”と共にその仕事をこなすことが出来たのだ。エミリーによるメイド教育の成果かどうかは知らないが、なかなかにスキルアップしていることに違いはない。
と、そんな話は置いておいて。
「えっと、終わったんですか?」
「まぁね~」
と、無表情でなくなったエースが肩を竦めた。格好はいつもと変わらないが、グラサンは何処かへいき髪も乱れている。エミリーもエミリーで足取りが少しふらふらしており、なんだかいつもの二人らしくなかった。
エースが答えたことに、ケティは少し苦笑い。
何とも言えない感情が、彼女の内側に渦巻いていた。魔王だ魔王だといわれていた相手が、実際は勇者だったのだからその困惑も仕方ない。一日で慣れろという方がどうかしてる。
だがそれでも。
「まぁね~って、結構軽いですよあんなに大変そうに出て行った割には」
表面上は取り繕っていつもの様に振舞えるだけ、彼女もまた大人だった。
この場に居る誰より年が若いのにとか、言ってはいけません。
「ほら、見る?」
そう言いながら、エースは左手でダンジョンスイッチを操作する。
突如部屋の上部から降りてきたスクリーンに、何やら映像が映し出された。こんな形式の映像通信装置なんぞ見たことのないケティであったが、不条理な現実を軽く流すあたりは安定の慣れようである。
映し出された映像は、どうも“りゅーおーらんど”の監視カメラで取られた映像のようだ。
『やれやれ。しぶといな……。ラム・フリド、ラム・ケリア!』
そう叫び魔法を行使するのは、馬鹿魔法剣士ことナードである。
見るだけで正気度が下がりそうな真っ白なキリンのごとき名状しがたい何かを前に、一歩も引かず魔法を唱える。
最初に唱えた術の効果で、ツイスタージラフの足がすべて地面に固定される。
動けなくなったジラフは身をぐるんぐるんよじり首を三百六十度嵐のように回転させていおり、見ていて大層気持ち悪い。
『往くぞ、ゴブリンの!』
『なんで名前呼ばねぇんだよ。……流石にもうだいぶかかったから、これで決着つけちゃる!』
それに切りかかるナードとイニのコンビ。両者の足に集中した運動性能を高める魔法が、二人の跳躍力を倍化させる。
『でああああああああッ!』『セイヤーッ!』
二人に首を刈り取られたジラフは、しかしそれでもびくんびくん言って倒れる気配がない。
それどころか、嗚呼、真っ黒な血しぶきが噴き出す胴体から新たな首が生えようとしているではないか――!
引きつる笑みを浮かべるイニと、心底楽しそうなナード。
そんなジラフは、我等が主人公によりダンジョンスイッチを操作して何処かへ転送された。
『引き続き他にも当たれ! あとナードは食事会にきちっと出席しろ!』
『前者は了解、後者は状況次第』『普通に答えろっ!』
雰囲気違ってもけっこう平常運転なんだなー、と思いはしたが、ケティは黙って映像を見ることにした。
次の場面では、フィッシュメンたちの魔法によりジラフの首が地面に突き刺さったまま固定されていた。ジラフも負けじと重力魔法を使い周囲の彼らを押しつぶそうとしているものの、メイドテレポーターの前には些細なことである。むしろ魔法の効果範囲を転送されて、ジラフそのものが更に地面に埋まる結果となっていた。
『空……』
そしてエミリーは、両手上下に交叉させ、横一文字の状態にする。そしてその体勢から――。
『……断ッ!』
一瞬で腕を引き、二刀流で横薙ぎするような動きを成した。
まるで何かを断ち切るかのごときその動きは、果たして絶大な結果を齎す。
膨大な魔力と元素の奔流。黒と白の刃が、画面を分断したようにケティには見えた。
そして次の瞬間、ジラフが縦一直線にばたりと倒れた。
さきほどとは違い、こちらは回復の気配を見せない。しかしすぐさま、エースによってどこぞへと転送されることになった。
他にも、リリアンがライ○ーキックかましてジラフを大爆発させたり、ディアが的確にジラフの四肢をそぎ落としていったり、それがゴブリンたちによって部隊によって寄ってたかってズタボロにされたりする映像とか色々あったが、そうじてケティの抱いた感想は一つ。
「……みんなが優秀なのか、キリンさんが弱いのか判断がつかないです」
映像だけ見れば、結構簡単に屠られているように見えるので、まぁその反応は仕方ない。
しかし普段なら鉄拳の一つでも飛んでくるかと思っていたが、エミリーは片手で頭を押さえているばかり。どうも、何やら疲れているようである。別に茶化したわけではないのだが、実際のところは結構大変な戦闘であったのかもしれない。
ちなみにケティは知らないことだが、エミリーの空間制御魔法は、同時に使用している個数とかで疲労度とかが変わってくる。フィッシュメンの時でさえ結構やせ我慢していたのだ。
おまけに最後に使った「空断」が、実は一番の原因である。
そちらについては後の章に説明を回すこととして、要するに見た目通り疲れているのだ。ケティが竜王城に雇われてからはじめてみるほどに、彼女のメイドししょーは疲労していた。
「……夕食はどうしたでございます」
「あ、あはは……。リザサまだお料理教えてる途中でして」
ケティもケティでお疲れであるため、どうもお手上げ状態であるらしい。
よく見れば彼女の足元でリザサが体育座りして落ち込んでいる。どうも色々心が傷ついたらしいが、誰しも一度は通る道であるということでケティも積極的には励ましていなかった。
と、そこでエースが肩をすくめる。
「じゃあ、今日は俺が作るよ」
「……いえ、エース様に任せるわけには――」
「いやいや。今日体調不良でぶっ倒れて、後々に支障が出てくるよりはるかにマシだから。今日はもう休んでろって。出来るだけ食べやすいものにするから」
「しかし――」
「そいやっ」
と、エースが唐突にお姫様抱っこをする。
エミリーは一瞬両目を見開いた後、すぐ無表情に戻った。
「とりあえず、こっちを助けようと思うならまず休んで。少し寝てるだけでもいいから」
「……といっても、この部屋だとソファーしかないでございます」
「そこは妥協ってことで一つ」
エミリーをソファーの上に寝かせると、エースは“りゅーおーくん”を呼び出し部屋を退散する。どうやら、あの一人と一匹(?)が本日の献立を担当するようであるが、そこはかとない不安にかられるケティであった。
「あれ、そういえばディアさんは……」
と思っていると、どうしたことだろう。エースの垂らしたスクリーンは未だ、映像を映し続けているではないか。
いつの間にやら右上には「LIVE」のスマートアート文字が。
映像には、二章プロローグあたりで見たことのあるような、現実感を失うほどシンプルな光景。
そこの至るところに、身体の自由を奪われたツイスタージラフの群れが。
画面が揺れる。おそらくジラフ達の放つ重力魔法によるものだろう。だがそこに立つ鎧姿は、全くと言って良いほどダメージの一つもないように見える。
そして、剣士は刀を横一文字に薙ぎ――。
『烈空斬』
次の瞬間、周囲に満ち溢れていただろう重力魔法が、その薙ぎに集中した。
集中し、魔力ごと元素を分解され、斬撃の延長線上に平たく伸びる。
結論から言えば――、すべてのマッドジラフは、ブラックホールに吸い寄せられるかのように、その真っ黒な半円に飲み込まれていった。
「ひ、ひぃッ!」
吸い込まれた先で、何があったかの直接描写は避けさせてもらいたい。筆者だって意味もなくSAN値を十五以下に減らしたくはない。とにかくモザイクなしで見るには、色々と刺激が強い光景だったことは間違いない。
別にケティも、死体を見慣れていないわけではない。ほぼ停戦状態とはいえ人間との小競り合いで身内が死んでいないわけでもないし、時にはモンスターによって生命を蹂躙されるものもいないわけではない。
だがしかし。
空間の圧力だけで、一つの生命が粉みじんに粉砕されていくというその光景は、あまりにもケティの常識をぶち壊すものであり、理解を超えたものであり、想像のはるか斜め上を直角に行く光景でった。
結局スクリーンの映像を、ケティは半笑いのまま硬直して目撃し続けることとなった。
その後。
ディアが橙色の扉から帰って来たときに、ウサミミメイドがガクブルしていたのは言うまでもないことであろう。
戦闘はちょっとダイジェスト気味でした。
ちなみにディアが使った技は、相手が魔法を使っている時その魔法を吸収して強化されます。ポケ○ンでいう秘密の力とかみたいなものですね。今回は重力だったので、ブラックホール化しました。
次回も一週間以内投稿を目指したい、でございます。




