一章四話:大いなる友人と吟遊詩人の日記
JJI無理すんな。
いよいよドンチャン騒ぎの収拾がつかなくなってきた辺りで、エースは一足先にパーティを抜け出した。
別に、ただ脱走したということではない。
確かに駄目親父と化したニアリーに向かい、憤怒を漲らせて斬りかかるカノンを後ろから抱きすくめて押さえ込んだり、その後酔っ払って幼児退行でもしたのか、幼い少女のようにわんわん泣き出す彼女を宥めたり、しながらも頭の上から駄目親父にシャンペンをかけられそうになるのを回避し、並行して貴族や町人たちの挨拶をさばきつつ、王女の視線を掻い潜ったりして大変なことには大変だったのだが。
もちろん彼の腕の中ですやすや寝息を立て始めた彼女を、勇者パーティーにあてがわれた寝室へと送り届けるという仕事もあったにはあったのだが。
主目的はそんなことではない。
彼が目指す先は、国王の書斎である。何故そんな場所に向かっているかと言えば、凱旋が終わった直後、王の騎士から言伝で「宴の後、いつもの所で待つ」と言われていた。
何故国王がわざわざそんな伝言を勇者に送るのか。それ以前に「いつもの所」という言葉で理解し合えるほど二人が親密なのかというところは、この際一旦置いておく。どうせ国王が登場したら記述することになるんだし。
謁見の間へ向かうよりは、さほど長くない廊下を渡るエース。
暗闇の中に魔灯の光がわずかに揺らめく。
そんな中を歩く黒尽くめの男の姿は、事情を知らない人間が見たら間違いなく「敵襲だ、出あえ、出あえーッ!」と叫びそうなもんである。
だが幸いにも、廊下には誰一人として人は居なかった。
やがて足音が、一室の前で止まる。
扉を二回叩き、王様と彼との間で取り決めた合言葉を言う。
数秒待たずして、内側から反応があった。
「おお、待たせたの~」
現れたのは、一言で言えばガイコツである。
……訂正、ガイコツが皮を被ったものである。
「何か今、失礼なことを言われておるような気がする」
国王様に大変失礼! あわれ筆者はすぐさま土下座。
まあとりあえず、大体イメージはつかんでもらったと予想する。
この王国の国王、セラスト国王の容姿はつまりそんな感じなのだ。
以前は少しぽっちゃりとしていたはずなのだが、娘が竜王にさらわれてからはご覧の調子である。
むしろミイラになっていないのが不思議なくらいだ。
「やっぱり何か失礼なことを言われておる気がするのう」
懐から杖を取り出すと、国王は中空に電撃を一発。
そこには別に物体とかは何もないのだが、ぎりぎりでこちらの視界をかする位置に他ならなかった。……分かりましたよ、別に貴方に恨みはないので、もうそのガリッガリな容姿についての言及は止めます。止めりゃいいんでしょう。
まあともかく、そんな国王はややゆったりとした服装に身を包んでいた。どこか上品さを感じられるが、いかんせん着ている今の彼が……、げふんげふん、何でもないです。
我等が主人公は、そんな王様に軽く会釈した。
「どうも、こんばんは。合言葉も相変わらず変なようで」
「おお、こんばんは。前にも言ったが、アレは趣味じゃ。ささ入れ、こたびの旅の話しをより詳しく聞かせてくれ」
王族に対する礼儀作法も何もあったものではないエースの態度にも、しかし王様は全く気には留めていなかった。
王様と勇者とは、前からこんな関係である。
いつ頃からなのかと言うと、彼が勇者に選ばれた直後からだ。
エースが勇者に選ばれたのは、竜王が王女をさらうよりも前である。
それによりエースは身分制度から解放され、国が司る最大戦力の一つとなったのだ。
魔族との戦闘機会こそ少なかれど、所々地方などでは小競り合いがいまだに多い。
勇者はその解決、あるいは鎮圧に従事させられていた。
その際の旅の話しを、国王は心より楽しんで聞いていた。
おそらく、本人が自由に旅をしたくても旅が出来ない身分であるせいだろう。
だがしかし二人の関係は、旅に出れない相手への同情や、話しを聞きたいがタメの命令だけで成り立っているものではない。
例えば、このやや広い書斎を見回した後、机の上を見たエースの言葉である。
「今日は料理研究ですか?」
「おお、よく分かるのぉ。タイトルからは全然想像できないと思ったが」
「いや、『魚の生態』とか『植物の種類』とかだけじゃ流石に分かりませんが、一緒に『王子珍道中』伝説のグルメ回が書かれている三十巻なんかが置いてあったら、流石に分かりますよ」
「娘も息子もそこまでは予想できんぞ?」
「自分は、小説群だけなら既存の本はほぼ網羅したと思うので」
つまりは、読書家仲間というところである。
もっとも本好きになった理由は、王様は安易に外に出ることが出来ないからで、エースはエンタメ不足解消のためという違いこそあるが。
ちなみに生きていく上で全く役に立たない情報であるが、『王子珍道中』はこの国の小説の中で、微妙にマイナーなシリーズ本だったりする。でもわずか五年で既に三十巻以上は出ており、作者の魔女の筆の速さに読者はいつも驚嘆させられるんだとかなんとか。
そんなわけで、二人の話題は迷走していく。
最初にせっかくだから料理の話をと王がふれば、痩せた地方にまだ農産物が供給し切れていない現状を勇者から教えられ、そこの領主に問題があるのではという方向で話がまとまり、それは置いておいて悪徳領主と言えば「王子珍道中」の三十巻の領主がつれてきた娘っ子との料理対決がと盛り上がり、道中で助けた亜人 (エルフやドワーフのこと)の少女と、それを育てる魔族の親との話しになり、魔族や亜人への差別についての話題で色々言い争ったり――。
「だ、か、ら! 多少は貴族の子供にも博愛精神を含んだまともな教育を――!」
「難しいんじゃよ! そういうものは、一々こちらで確認するわけにも――!」
とにかく二人とも、宴の時よりもハイテンションなのは間違いない。
流石本好き同士というべきか、年が離れていても、どこか馬の合う部分があるのだろう。
ただ娘の生還記念のパーティーの時よりも、趣味にかかずらっていて楽しそうな父親って言うのは、奥さん(王妃)に見つかったらこっぴどく絞られそうだな~と筆者は思ったりするのだがはてさて。
そうこう話しているうちに、国王は「あ、そういえば」と、机の上から本を一冊持ってくる。
「勇者エースよ、これに少し触れてみてはくれぬか?」
エースに向けられたその本は、文庫本サイズの一冊である。この世界では日記帳や手記などに使われるようなものだ。ただその全体に、見たこともない魔法陣が描かれている。
訝しげにエースは国王へ尋ねた。
「これはのう。我が臣下たちが、吟遊詩人に製作を依頼した一品じゃ」
「あー、そうかコレが……」
刻み込まれている魔法陣の複雑さや独特さから、彼女オリジナルの術で構成されているものなのだろうとエースは推測した。
何をちびっ子に過重労働を強いているんだと思いつつも、エースはその日記帳を手に取る。
自分の魔力が本に流れ込んでいるのを、彼は如実に感じ取った。
「これは一体、何なんですか?」
「ふむ。大臣の話によると、それは旅の記録を記録するものらしいのじゃ。まあ大体の話は、わしがお主から聞いた話を大臣達に伝えておるじゃろ? だがそうすると、所々端折られていたり雑談が入ったりして、記録にするのに手間がかかると文句を言われての」
「まあ、確かにそうでしょうねぇ……」
「しかし大臣たちの目の前で、このように無礼講で話し合うのも拙いからの。更に言うと、わしは他の誰かにお主から話しを聞く一番手を譲るつもりもない。そこで、お主の経験を自動で記録する書物を作ってもらったというところじゃ」
「……セイラ、今どうしてます?」
「終了直後、泥のようにベッドに倒れこみ、死体のように寝ておると聞く」
「……報奨金くらいは出してやって下さいよ」
「無論じゃ。わし、そういうところは徹底しておるからの」
ほっほっほ、と笑う国王に、エースは肩をすくめた。
手元の書物を試しに開いてみる。すると、自分が女神の声を聞いたとき、聖剣を手に入れたとき、女剣士を仲間に加えたときのエピソードなどが猛烈な勢いで書かれている途中だった。
流石に一日、一日の情報まで克明に記されたりはしていなかったが、それでも一般的な報告書とは比べ物にならないほどの精度である。
旅の道中で自分が本を読みたいがため、町中の本屋に土下座して回ったエピソードまでちゃっかり記されていたあたりで、エースは頬がひきつった。
「プライバシーも何もあったものじゃないなぁ……」
「な~に、今回ばかりじゃよ。流石に小規模な戦いまで今後は記録することもないじゃろうて。とりあえず『竜王討伐』までを一種の武勇伝として、他国に喧伝するつもりのようじゃなぁ」
「やめてくださいよ、そんな目立つようなこと」
「決めるのはわしではないしの。君臨していても、細かい外交とかは妻の仕事じゃし。まあ案外、何百年か後には伝説になるかもしれんしの、そういうのはわしも嫌いじゃないぞッ!」
「俺も自分が当事者じゃなかったら、テンション上がるところなんですけどねぇ」
肩を落とすエースに、国王は笑いながらこう提案した。
「そんなに自分が喧伝されるのが嫌なら、いっそ権力者になって妨害すればよいのではないか?」
「いや、貴族なんて柄じゃないですよ」
「いやいや、エリザベートを娶るつもりはないのかの? わし、お主の王族入りなら大歓迎じゃぞ?」
「いやいやいや、いくら好意を向けられているからといって、流石に年が離れすぎてて恋愛対象にはなりませんよ……」
我等が主人公は、紳士的なノーマルである。
ちょっと残念そうな国王に、勇者は頭を下げた。
「まあ、我が目的のために必要となったら、貴族くらいはなりましょう」
「エンタメのためか?」
「エンタメのためです」
その一言に、エースは妙に力を入れて断言した。
エースほどではありませんが、王様もエンタメ不足に嘆いておられます。