二章二十一話: 物心論者はかく猛りき
セノ「予定外の再登場に大歓喜きゅん☆」
???「まあ一瞬だけどねぇ」
セノ「きゅん☆!?」
「騎士団が帰って来たぞ!」「オオ~ッ!」
「親衛隊だ!」
「憲兵邪魔だぞ見えねぇよ!」
「軍騎馬乗ってる、一体どうした?」
「新たなる勇者様~!」「二代目様~!」
「あれ、王妃様は?」
「騎士団長! こっち向いて~!」
「こ、こら、押しのけるのは止めなさ――」
「レオウルの旦那!」
「旦那! ポージングしてー!」
「おい、見ろよあの筋肉!」
「テッカテカだぞ! テッカテカだぞ!」
「きゃー、団長様が手振ってくれたわ~!」
王国の騎士団が帰還した。
そのニュースは、瞬く間に王都とその近辺を駆け巡る。
新たなる勇者の「獣人の砦」侵攻にあわせ、魔族の軍隊と交戦した彼ら。
決して無傷とは言えないものの、それでも死傷者は奇跡的にゼロであった。
殲滅こそできなかったが、向こうにもそれなりに被害を与えることに成功した。
結果的にオルコッパン付近の問題もおおよそ解消し、勇者と共に王都へ帰って来たのだ。
抑圧されたムードの続いていた王国、ひいては王都において、これは久々のセンセーショナルな出来事に相違ない。
憲兵たちが凱旋の道へ一般人が乱入しないように押し留めているのだが、それでも、若干押されているくらいだ。
それほどまでに、ヒトビトは高揚していた。
石材の道を歩く騎士団に、大歓声を浴びせる国民たち。
それは、竜王討伐の凱旋パレードにくらべて、何倍も何十倍も力強い歓喜に満ち溢れていた。
エース辺りが見たら「うるさいわー。ないわー」と一蹴されそうな光景である。
これはエースとアスター、双方の勇者としての立場の違いが現れていることだともいえるかもしれない。
エースはあくまで、一市民の延長上として。
アスターはむしろ、積極的な広告塔として。
双方が抱えていた思惑や意志、周囲の環境、社会情勢の違いなど諸々あるが、国民に対してどう伝えられていたかということも関わってくる。
エースは自分の情報について、徹底的に秘匿を願った。
彼個人の抱えていた事情も含めて、宣伝する必要のないことであり、同時にトラブル回避のための願いでもあった。流石に大きな事態は隠し切れず、カノンの黒コートをまとって戦っていた光景を目撃され、付いた呼び名が「黒の勇者」である。他にも由来はいくつかあるが、エース個人についての有名な話の一つでもあった。
もっとも逆に言えば、エースの武勇伝など数限りある情報でしかない。彼が勇者となって早三年あまりだが、そのうちのほんの、最後の一年に至るまで極端に情報統制されていたのだ。国民からすれば「一体何者なんだ……?」という疑惑が尽きなかった。様々な噂や憶測が飛び交い、「王子珍道中」の作者のあとがきにも「謎」と書かれたりするくらい、一般的であるのに正体不明という有様だったのだ。人気もある程度はあったが、それより困惑の感情が先立つものだろう。
だが、アスターは違う。とくに彼は、そういう点において自己主張こそしないものの、ある程度のメリットが提示されれば拒否することはない。また「心根が真っ直ぐ」と自称するだけあり、彼自身の行いについても揚げ足を取る部分がまったくと言って良いほどない。エースのように、時折暴走することもなかったため、彼個人の国民感情は「親しみを覚えやすい、真面目な少年」という評価なのだ。
唯一、エリザベートとの仲を怪しまれているくらいだが、それとて今の情勢からして、微笑ましいものである。仮に彼女と結ばれたとしても、エースがその立場だったと仮定したときより問題は少ないといえるだろう。
ただ、肝心のそのアスターだが。
「レオウルちん、アスターちん大丈夫きゅん☆?」
「俺達で何とかなるもんじゃないだろうさ。王女もついてるんだし。……おっと!」
現在なぜか、凱旋パレードには参加していなかった。
ちなみにその穴を埋めるため、というより目立たなくするためだろうが、レオウルが市民の声に耳を傾け肉体美 (EX)を惜しげもなく披露していたりするが、ちびっこの目には時にトラウマになってしまうかもしれない光景だったことは、あえてここに記述させてもらおう。
※ ※ ※ ※
「アスターの具合はどうじゃ?」
「別状はありませんが、一月ほどは安静が宜しいかと。……では、私も見舞って参りましょう」
「ウォーターテンカあたりを持っていくと喜ばれるとエースが昔言っておったぞ?」
「ふふ。……それでは、よしなに」
好々爺然としたハボック法務大臣が、頭を下げて国王の私室から出ていった。
「しかしこうして見ると、あやつもワシも年をとったのぅ……。まだワシ、生え際は後退しておらんが」
王妃マグノリアが居れば「まだセラくん、来国して二十何年しか経ってないじゃないか」と言われそうな台詞である。
そんな軽口を叩くのは無論、ガリガリ国王ことセラストその人。
もっともガリガリとは言っても、既に大分時間が経っている。髪もある程度伸びてきて、やせこけた頬は肉付きをある程度取り戻し、くぼんだ眼窩は盛り上がりを見せている。あと数ヶ月ほどすれば、愛娘がさらわれる直前の彼の容姿に戻ることだろう。
もじゃもじゃ頭から王冠を一度下ろし、セラストは椅子に深く腰をかけた。
「う~む、しかしどうしたものか……」
国王が頭を抱える案件は多い。
だが本日のそれは、一つの事柄に締められていた。
獣王と死合ったアスター・リックスのことではない。重態の彼が騎士団長により場内に担ぎこまれた際、エリザベートがすがりつきながら治療室に運ばれたというような一幕や、彼が意識を取り戻すまでずっと付きっ切りで看病していたりとか、そういうことも大きく重要ではない。エリザベートの王位継承権は第二位であるため、そこまで気を使っていないという事情もあるのだが、そんなことはさておき。
「やはり、“カー”がないということが痛手じゃのぅ」
今回の獣王と引き分けた際、聖剣の不在が改めて問題視されるようになったのだ。
獣王との戦いは、アスターと獣王の双方にある程度の痛手を与えた。
結果的に話し合いが持たれる事になったが、アスターが回復した後日ということへ回されるようになった。
彼らが約束を守るか守らないかの信用問題については、亜人 (エルフやドワーフ)たちの部族長「森姫」から確約がとれている。
もともと亜人は人間も魔族も分け隔てなく接している種族である。だからこそ、彼女の発言はそれなりに大きな影響力を持つ。
問題は、その交渉テーブルに立つまでの間に主戦力とされる存在がズタボロにされてしまったことだ。これがかつてのエースならば、ボロボロとなっても全治一月回復二ヶ月というような事態には陥るまい。せいぜい、セイラに叩かれたりして「アッー!」と叫んだりするギャグが出来るレベルであろう。
両者の差が何かと考えれば、年齢の違いも少なからずあるが、やはり一番大きいのは武器の違いであろう。
精霊剣“エイトライン”も、確かに名剣ではある。
しかし聖剣“カー”に比べると、どうしても性能面で劣っているといわざるを得ない。
カーの本来の能力を把握していた人間は、王国内でもマグノリア、竜王、セラスト、エースくらいなものであろう。だからこそ、ハボックなどからしたら一見あまり強そうに見えない聖剣の不在に、セラストは危機感を募らせることが出来た。
「能力そのものについて話そうにも、翼はともかくアレだけは話しようがないからなぁ。でも、違和感はあるんじゃよなぁ……。のう、ダグナ」
「……相変わらず勘だけは鈍っていないようね、王様」
と。
セラストが突然語りかけると、窓の外から長身の男がこちらを覗いた。
魔法を使い、セラストは窓を開ける。「お邪魔するわ」と室内に入ってきた青年は、王国、いや大陸全土でもかなり珍しい、身長百九十センチ超えの長身であった。
全身にまとう黒い鎖帷子。体に張り付いたそれは、彼の体躯がしなやかであることを見せる。すらりと長い手足や、軽い身のこなしは豹を思わせるものがあった。
「男の中の男、ダグナただいま帰還しましたわ」
「お主の口調で『男の中の男』と言われてものぅ……」
「いやん、それは言わないい お・や・く・そ・く」
「キモいわ」
そして、何故かオネェ口調だった。
セラストの一言に体をくねらせるこの男こそ、騎士団長ダグナ。
エースいわく「あんちくしょう」。彼と国王が引き合う切欠をつくり、「黒の勇者」誕生に大きなかかわりを持つ、エースの親友である。
「というか、背中に槍背負ってよく軽々とできるのぅ」
「『マッチマン』は、今や私の一部ですから~。エースと聖剣の相性もばっちばっちだけど、私とマッチマンも――」
「マグノリアはどうした?」
「いやん、いっけずー。そこはいつもみたいにマグちゃんでいいのではなくって?」
「……マグノリアの護衛じゃったろ、お主」
露骨に話題をそらすセラスト国王であった。
ちなみにこのオネェの前で、セラストはマグノリアをその呼び方で呼んだことは一度もない。おおかた、マグノリア本人の惚気に付き合わされた意趣返しだろう。
何年経っても、この国の国王夫妻は仲むつまじいようであった。
それをネタにするこの男も、不敬罪に問われかねないのだが、逆に大したものである。もっともこの程度のことで人の首を刎ねたりしないという確信があるからこそ、ダグナもこういったからかいをするのであるが。
さて、この若き騎士団長ダグナであるが、彼は現在、国外で外交問題連続対処中の王妃の護衛に出ているはずである。そんな彼が、なにゆえ国内にいるのかといえば、至極簡単なお話だ。
「武器の手入れもありましたからねぇ。マッチマンは定期的にやってもらわないと。今は、ラインハルトさんの部下さん何人かと交代してるわぁ」
「不憫じゃのぅ」
何が不憫なのかと言えば、数日かけて国外に行った軍部の腕利きたちも、わずか三日ほどで国外へ移動できる身体能力を持つダグナがかけつければ、実質労働期間は一日二日だということだ。わずかそれだけの帰還のために、往復三週間ほどを棒に振る彼らの運命にである。
「まあお陰で“マッチマン”もこの通り」
「と言われても、わし非戦闘員じゃから分からんぞ、そんなもん」
背負っていた、先端が太い棒状になっている精霊槍を軽く振り回すダグナだったが、セラストには「危ない」くらいの認識しかされなかったようだ。
「あ、そういえば聞きましたわよ~? エース。死んだって」
「聞き方が軽いのぅ」
「あたし、これでも軍人よ? いつ死ぬかわからないってのは、一応冒険者やってたエースも織り込み済みだと思いましたけど」
「うむぅ……」
反応の薄いセラストであったが、続くダグナの言葉には、心底耳を傾ける。「でも、色々と変なところがあるんじゃないかしら?」
「…………続けてみよ」
「まず、エースが死んだら、カノンちゃんが爆発しそうなものじゃない? あの娘、病的なくらいに執心してたから、危なっかしいったらありゃしないと思ってましたの」
「あー、そうかまずそれを忘れておったわ」
奇しくも一章十二話あたりで、エースが予想した最悪の結末である。
そのことを二人とも想定する段階で色々と間違っているかもしれないが、実際問題そうなると、軍隊とか憲兵とか置き去りにして洒落にならない事態にしかならないので、ある意味、そういう点に非常に気を使っていたダグナであった。
セラストは、エース死亡後にカノンが失踪していたため、そういう結論には至らなかったようだが、言われてみれば確かに、と思うところがあったようだ。決してセラストの察しが悪いわけではなく、パーティー単位で国王と交流があったわけではないからだ。
「次にセイラちゃんだけど……。精霊化までの手続きが、早すぎると思わないでしょうか?」
「それについては、高位魔術官となると高齢者が多いから、準備は沢山してあったと思うが……」
「いえ、そこではありませんの。問題は――棺桶。有り合わせじゃなかったんでしょ?」
「……なるほどの」
精霊化という儀式は、専用の祭壇の上に特殊な魔法石で作られた棺桶に、術者の死体を入れて「聖火」で燃焼させるというもの。骨一つ残らず、大自然の魔力や元素と一体化するというのがこの儀式であるが、セイラの場合も他聞のもれずその処置が行われた。
ここでダグナが指摘しているのは、棺桶である。
この棺桶、一朝一夕で作れるような代物ではない。
事実、何人かの精霊化儀式が続いた場合、一月先送りというような場合もなくはない。
それが、わずか一人だったとはいえ、サイズのぴったり合う棺に入れられて焼かれたというのは、カノンでなくとも違和感を感じてしかるべきだ。
「国王様は、結構そういう処置を見てきたから逆に違和感なかったかもしれませんわね」
「しかし、そうなるとハボックたち証言者についても、疑う必要が出てくるが……。マグちゃんと相談だなぁ」
「ふふ。まあ後一月くらいで帰ってこれそうだから、その時にでも検討しては如何でしょうか? あ、それからこれを、アスター君に……」
血のように真っ赤な瓶を取り出したダグナに、セラストが訝しげな視線を向ける。「何じゃこれ」
「回帰薬の出来損ない……らしいですわ。以前、教会で実践して失敗したものだそうです。今朝方、私の部屋に司祭様名義で届けられていたの」
「あのウスラタヌキめが」
あからさまに舌打ちするセラストに、ダグナは肩を竦める。
どこからどういった情報を収集してくるのか定かではないが、確実に必要なものを必要なだけ手渡してくる男なのである。
それでいて、肝心な部分については秘匿し、彼を頼ればいいようにヒトを振り回すだけ。性質の悪さにおいては、エースとは別ベクトルで厄介さを持つ男なのだ。セラスト的には、色々と好かないらしい。
「まあ良い。後でエリザベートに渡しておく。マグノリアに宜しくの」
「は~い。『俺はいつでも……君を愛してるぞ、マグちゃん!』って言ってたと伝えておきますわ~」
「――『雷鳴弓』――」
ちょっと本気で怒ったらしい国王の雷攻撃をひらりとかわし、ダグナは再び窓の外から目的地へと向かった。
その立ち去った窓を見つつ、セラストはぼそりと呟く。
「……エースの大葬、まだやらなくて正解だったか?」
筆者としては、「はい、大正解!」と花丸をあげたいところであった。
徐々に容姿が普通の姿に戻っている王様。これが果たして何を意味しているのか・・・。あ、あとダグナですが、男の中の男の自称に偽りはありません。オネェですが普通に女のヒトが好きです。
そういえば七夕かぁ・・・。次回も一週間以内を目指します。




