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二章八話:一石二鳥は基本


 バルドスキーは、頭を抱えていた。

 窓の外から覗いていた、さきほどまでの光景。

 青年に誘導されて、場内の人々はダンジョンへと招待されていた。

 がらんどうになった場内を一望しつつ、バルドスキーは考える。

 シハイニンを名乗る謎の男の存在。そして何よりも――。

「……いや、詮のない話か」

「どうしたでございます? “間断”」

 不意に、彼の背に声が掛けられた。

 振り向くことも泣く、椅子に座っていたバルドスキーは答える。

「……何故、貴女様は私をお呼びになられたのですか? オエリ――」

「エミリーでございます」

「……オ――」

「エミリーと呼べ」

「致仕方ないですな……」

 何が何でも、本名で自分を呼ばせるつもりのないエミリーであった。

 苦笑交じりに、バルドスキーは考えていたことを口にする。

「……あのシハイニンという男。挙措や風体こそ違えど“黒の勇者”ですね?」

 竜王の四天王――竜王に仕えていた魔族の中でも、特に強者である四人であり、竜王から二つ名を拝命している四人。

 そのうちの一人である彼だからこそ、無論のことエースと面識があった。

 現在のエースの容姿は、顔の造形こそ変わらずとも、格好が以前の彼を忘却させるレベルで違う。

 だからこそ、一般人相手ならば偽名などを騙って騙すことが出来るだろう。

 しかし、バルドスキーは違う。

 最後の戦い――ぼろぼろになりながらも、カノンを庇いつつ“煉獄の騎士”と化した竜王と戦っていたエースの姿を間近で目撃していた。

 その際の、軽い口調であっても、死にそうなくらい泣きながら竜王を討った、その姿を見ていたからこそ、エースのことを見抜くことが出来たのだろう。

 バルドスキーの言葉に、エミリーは答えない。

 それを肯定と受け取った彼は、思い悩みながら続けた。

「しかしそうなると、どういう状況なのですか?」

「その前に、一つ。“間断”は、あのお方に忌避感はないのでございます?」

「そうか、貴女はあの時、いらっしゃらなかったのか……。ええ、私は彼個人に対して、何ら悪感情も抱いておりません。むしろ、なかなかに辛い立場だったのではないかと考えています」

 戦争に非積極的だった竜王が、主に内務、部族間のとりまとめを任せていただけあって、バルドスキーは穏健派であった。と同時に、トラブルが起きた際のまとめ役になれるだけの実力も併せ持っていた。そしてまた、決して一面だけでものを見ることはない。

 そんな彼であったからこそ。

「なにせ、彼は我が主の“盟友”であったのですから」

 言われずとも竜王と、エースの本来の関係に気付くことが出来たのだろう。

 更に彼は、竜王とエースが戦った本当の理由についても推察していた。

「もっとも、そんなことを公表すれば魔族全体が混沌と戦乱に曝されるのでしょうが。そうならないために動くことこそが、竜王様の作戦だったのですから」

「……」

「殺気だたないで頂ければ。……私がこの場に今、何ら武器も持たず座っているのが、私の意志の証拠です」

 伯爵、という言葉が似合いそうな容姿を困ったようにゆがめて、バルドスキーはこめかみを二、三度引っ掻いた。

「詳細は、あとで聞くことになりましょうが……」

 エミリーが彼に送った手紙には、かなり乱雑な筆致であったが次のようなことが書かれていた。

 力を貸してほしい。竜王の望みを果たすために。

「……エース・バイナリーは、竜王様の望みの先にいるということですか」

 バルドスキーには、悔恨が有る。

 竜王が死ななければならなかったこと、そのものに対してだ。

 あの日あの時、竜王本人による結界のせいで、己が主に加勢することは叶わなかった。

 しかも、その上竜王自身が死んだ時の後始末すら託されていた始末であった。

 そのどれもが耐えがたく、竜王と戦っていた勇者を何度、殺してやりたいと思ったことか。

 だがしかし――彼は確かに、見聞きしたのだ。

 倒れる竜王に向けた、勇者の懺悔を。

 幼子のように顔をくしゃくしゃにして、涙をこらえる青年を。

 そして、そんな彼に竜王が言った言葉を。

 あたたかな、まるで父親が息子に向けるような、信頼と愛情の眼差しを。

「……ふむ、でございます」

 バルドスキーのつぶやき、痛み入るとも感慨深いとも言いがたい微妙な声音の言葉を聞き、エミリーもそれ以上、殺気を放つことはなかった。

 しばしの沈黙の後、バルドスキーは言葉を続ける。

「……私に、アミューズダンジョンの運営でもしろと言われますか?」

「説明の手間が省ける、でございます」

 これには、エミリーも少し微笑んだ。


 エースが会場の中のヒトビトに説明したことは、二つ。

 一つ目はアミューズダンジョン、というか遊園地そのものについて。

 二つ目は、このダンジョンを用いた時のメリットとデメリット。

 娯楽施設としてのダンジョン……、というよりも、娯楽施設という概念そのものが薄いこのフォースメラ大陸において、“りゅーおーらんど”は初の試みとなる。だからこそ、エースはまず遊園地という概念について、きっちりと説明をした。

 何故にそれでないといけないのか、という点については、妙に高度にぼかしながら。

「……もっとも、手間が省けるだけでございますが」

 エミリーも、何故エースが遊園地にこだわるのかと言う部部については、いまいち理解していない。最初につくったダンジョンであるから、愛着があるのかもしれないくらいの理解だ。

 実際のところは、単純に本人が楽しみたいというのが理由の半分以上を占めていたりするのだが、それは言わぬが花であろう。

 だが実際のところがどうであれ、父親の言葉が彼に従えというものであった以上、エミリーはそれに精力を注ぐばかりなのだ。

「引き受けて、いただけるでございます?」

 そして、また同時に。

 エースには、アミューズダンジョンをビジネスとして纏め上げるだけの才能がない。

 精神性も含めて彼は、そういったことが出来るような人間ではなかった。伊達に一月、一緒にくらしているわけではない。例えばそれが竜王ならば、自身を殺すだけではなく、周囲も殺す必要があるのなら、諦めて殺すことが出来たのだろう。後腐れは残るだろうが、その選択に後悔はなのだ。

 だが、エースには出来ない。現代的価値観に支配されている彼にとって、誰より甘ちゃんな子供のような彼にとって、その選択は実行できても、後悔しないことは決してない。雪だるま式に積み重なっていき、やがて心を押しつぶす。

 現在のエースが無駄にハイテンションなのは、勇者と言う責務から解放された自由度の高さだけではなく、押しつぶされていた心が戻ってきているということでもあった。

 だが、そういった気質だからこそ、エミリーは組織運営をさせるのが難しいと考えた。

「ヒトの上に立つには問題ないのでございます。でも、ヒトを切り捨てるにはおそらく――」

 奇しくも、それは誰よりエースを理解しようと努めた女剣士、カノンも同じことを言う。

 つまるところ――エースは、変に優しかったのだ。

 そのくせ、その優しさを曲げないだけの自分が存在している。

 自分の選択で引き起こされた事柄を、背負ってしまう気質があるのだ。

「……」

 エミリーは、無言で待つ。

 バルドスキーは、そんな彼女に向けて、軽く微笑む。

「セィーブ元軍団長の捕縛劇ですが……。あれは、見事でしたね。でも、それなりに隙も多かった。竜王様より早くはありましたが、そうですね……。シャルベスターが生きていれば、ほんの一瞬でしたでしょう」

 多くを語らないエミリーの言葉から、彼も色々と推察する。

「確かに、シャルベスターほどの手誰もそうはおりませぬ。しかし、危険がある橋をわざわざ渡るような、そんな人間であったなら、竜王様の元にたどり着く前に死んでいる。そう考えれば――自己の実力を誇示するのと同時に、相手を殺さないというのが主目的ですか」

 それがヒトを殺したくないという気持ちに根ざしたものなのか。

 はたまた、人的資源の消費を避けるために頑張ったのか。

 その部分については、バルドスキーも計りようがない。

 だが、彼もエース個人に、多少興味が湧いたらしい。

 ふっと微笑むと、彼はその場で立ち上がった。

「……良いでしょう。そのお話、お受けいたしましょう」

 その彼の眼差しに、エミリーはそっと、一礼をした。

 ともかく、エミリーの交渉は成功したらしかった。


「……そういえば、場内の者たちは一体どこへ……?」

「ああ、大方“りゅーおーらんど”の洗礼を浴びていることでございます」

 ただしまあ、真面目な話で締めないのが本作のコメディ(?)たる所以である。



ちなみにタイミングとしては、捕縛劇→エース、プレゼンテーション→エミリー転移→エース、ダンジョンゲート開いて場内のヒト達移動→バルドスキー頭を抱える、という流れです。


次回も一週間以内をめざアバババババババババババッ!

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