二章七話:聖人君子なら逆に舐めプくらいする
TASに曰く「マップの構造で加速できないなら壁の外を突き抜ければよ良じゃない」とのこと。
アリと鯨が戦ったら、勝者は果たしてどちらであろうか。
途方もない話のように感じられるかもしれないが、一度さらっと検討してもらいたい。
無論、呼吸器系統とかそういう、戦いとかとは違った方法で敵を撃退させるって話を言ってるわけではない。
純粋な、戦闘能力の話だ。
一寸法師のごとく、内臓から攻めてしまえばまた違う結果になるだろうが。
普通に考えて、アリに勝ち目は小指の先ほどもない。
そのことを念頭におけば、一般的な魔族と半精霊との戦闘がどうなるか、予想を立てるのは難しくないだろう。
「……」
「……軍団長、何もしないんですか?」
「……できないだろ、もう」
さて、数分後。
そこには台の上で嬉々として話している支配人と、檻の中に閉じ込められているセィーブたちの姿があった。
「まー、つまり経済的にどうにかしようって話だね。ただ経済的に相手に戦争をしかけるってわけじゃなく、竜王の言っていた不干渉でもなくね。せいぜい、微干渉かな? で、微妙に干渉していくのであれば、いくら反感があったとしても、一応接客くらいできるんじゃないかと思うんだけど、みんなどう?」
場内一同、微妙な表情をしていたことは言うまでもない。
彼の話を聞いてではなく、それ以前に起こった一瞬の出来事が主な原因だ。
ツッコミ役を買って出ている? エミリーの姿も見当たらなかった。
それはともかく。
セィーブたちの位置は、さきほど彼らがにらみ合っていたところと全く変わらない。その場所が檻で覆われており、内部からの脱出をことごとく妨害していた。一見すると細いパイプみたいな何かで作られたテキトー極まりない檻であるが、しかし見た目だけで侮るなかれ。
それに斬りかかる空族の青年が、暖簾に腕押しという顔でその場に倒れ伏した。
「な、何なんだこれ、全然物に攻撃してる感覚が、ない……」
そりゃそうであろう。
なにせこの檻、材料はダンジョン産の非破壊物質である。
そのことに疑問を覚える読者も多く居るだろう。一章から読み続けていれば、非破壊物質がダンジョン外に持ち出せないことが、頭の片隅に残っているかもしれない。それをふまえて、さきほどエースが一瞬で勝負を終わらせた瞬間をプレイバックしてみよう。
そう、エースはダンジョンスイッチを二回操作しただけだ。
だが、その操作でこの場の戦闘には決着がついてしまった。
一回目のスイッチ操作で、まず音が鳴る。
『==リンクスタート! スキャンしま~す!==』
なんとなく間の抜けたその台詞は、“りゅーおーらんど”のルール違反者たちが聞くこととなるエマージェンシーアナウンスと同じ声。
その声は、エースの持つダンジョンスイッチから聞こえた。
次の瞬間、会場一帯が一瞬だけ輝く。四大元素がはためくその輝きは、まぶしくはあるが決して目潰しになるような光の量ではない。せいぜい、何か異常がおこったくらいの認識だろう。
『==スキャン・リンク問題なし! これより、フィールドはダンジョン扱いになりま~す!==』
そして、そのアナウンスこそが敵対者にとっての最後通告に等しいものだった。
「あ、動かない方がいいよ~」
エースのその間の抜けた言葉に、セィーブたちは頭をかしげる。
そして次のスイッチ操作により、彼らの上空から檻が出現し、落下したという有様だ。
捕縛劇は、三秒もかからなかった。
「「「「……は?」」」」
エースのもとを離れた四人の反応は、至極、妥当なものだった。
会場も、もはや目の前で起きた一瞬の決着に、我を忘れてしまった。
「さて、と」
そしてエースは、敵であったはずの彼らのことなんて意識の外に追いやってしまったのだ。
「軍団長、一体何が起こったのですか……?」
「俺もよく分かりはしないが……。いや、でも、確かにあの男は竜王様の後継者ではあるんだろうなぁ」
唯一、全員が驚いて変な声を出したとき、全くリアクションしていなかったセィーブが口を開く。
「おそらくこれは、空間操作魔法の一種だ。しかもこれは『非破壊物質』だろう。竜王城の一部の壁なんかに使われているものだ」
「はあ……」
「そんなものを、あの変な軽いノリでポンポン出してくるわけだ。……少なくとも魔法の面においては、アレは竜王様に匹敵しうると言わざるを得ない」
ダンジョンスイッチの能力に、実在する建物と製作したダンジョンとをリンクさせるという機能がある。
主な機能の利用方法などはページの関係上、一章二十話あたりをご参照あれ。
まあともかく、事前に作ってあったダンジョンの内部マップを、そのまま実在の建物の構造を無視して反映させることができるという機能だ。
世の建築が聞いたら苦笑いで抱腹絶倒、発狂スレスレの悲鳴を上げること必至であろう。しかし、幸か不幸か、ダンジョンメイクは半精霊の領域の話なので、この際そこはおいておく。
重要なのは、その反映についてだ。
ダンジョンスイッチは高性能なことに、先ほど実在の建物の構造を無視して反映できると説明しはしたが、その無視具合も調整できるのだ。
例えば洞窟にダンジョンを作ったとしよう。その際、洞窟そのものをダンジョン化してしまえば、鍾乳石など影も形も見当たらない。でも鍾乳石を残したいと思ったならば、それがなんと可能なのである。
こちらの説明は、今回エースがやったことと関わりが薄いので、若干飛ばさせていただこう。
さて、では今回の場合。
果たして最初に、ダンジョンの内装を具体的に作っていない状態で、リンクをしたらどうなるか――。
「まあつまり、今ここは、あのシハイニンのダンジョンの中ってことなんだろ」
つまり、そういうことである。
内装が出来ていない状態でリンクすれば、その場にいる建物こそがダンジョンの内装として扱われる。
だからこそ、一見して視界に変化はない。
しかし既に、ここはアナウンスの通りダンジョンの内部なのだ。
だからまあ、簡単なダンジョン操作で檻がぽぽぽぽ~んと出てきたりするわけである。
エースにスイッチを操作させる時間を作った段階で、彼らに勝ち目はもうなかったのだ。
「でも俺達、戦ってすらいないんですけど……」
「馬鹿。……戦うこともなく、一瞬で無力化されたんだぞ? しかも、この中だと魔法が上手く使えないようにされてるときていやがる。徹底的に、邪魔されないようにしてるだけなんだろうな……」
どこか諦めにも似たような目で、セィーブはエースの背中を見つめている。
「そこで、アミューズメントダンジョンについてだ!」
謎の単語を振りまく青年は、そりゃもう、いい笑顔でプレゼンテーションしているのだった。
※ ※ ※ ※
「ここ数週間で、めきめきパワーアップしているでございますねぇ」
エースの圧倒的な捕り物劇(?)を目の当たりにした後の、エミリーの感想であった。
自分の前方で身振り手振りしながら声高に雇用の説明をしている青年を見つつ、彼女は独り言を呟く。誰に対して呟いているわけでもないだろう。たぶん、今日も今日とて一杯一杯なのだ。
「……だけど、ある意味これがお父様の望んだ戦い方でございますしね」
戦時における竜王のモットーは、『最小限度の血で大多数を守る』ということにあった。
一般の魔族にとっては、それはつまり魔族の流血を抑えて人間に死を強いるという風に解釈されがちであったが、事実は当然違う。
実際のところ、エースと出会う以前の竜王とて人間側を絶滅させようという発想などはなかったのだ。だからこそ、生き残っている分には手をつけたりしていない。
むしろ最終的なおとしどころが不干渉という形であったのは、竜王の作戦が成功したということでもあった。
さて、そんな竜王なのだから。本来血が戦場に流れることを良しとはしない。それでも仕方なく諦めて戦っていただけだ。そういうことならば。
何故、エースがとっていたような舐めプじみた戦い方をしなかったか。
己の命をかけて戦場に立つ兵士達の、気位も闘志も混沌の渦に投げてしまわなかったのか。
実際のところ、今まで竜王が、そういった滅茶苦茶な戦法をとらなかったのには理由がある。
一つは、まずダンジョンと場所のリンクしている時間、隙が大きいこと。
二つは、リンクしたからといって、新しく物体を生成するのにも時間がかかるということだ。
一つ目は言わずもがなである。戦闘においては、理不尽なほど攻撃力と防御力との間に差がない限り、速度を征したものが戦場を征する。バザーだの学校の食堂や購買などでよくある「早い者勝ち」という理屈も、まあ間違ってはいないのだ。運やめぐり合わせもあれど、先着するということは、早いという一点において優れているわけである。
そんな戦場で、しばらく隙ができるというのはなかなかに痛い。
別に、竜王の防御力が紙鎧のごとくというわけではない。つまり問題は、リンクしてる間である。
その際、竜王は魔法が使えなくなるのだ。
もしそのタイミングで、敵が味方側に大打撃でも与えてしまったら――。竜王は、石橋を叩く以上の用心を心がけていたといえる。
二つ目もまた、一つ目に近い理由付けだ。
要するに、操作に手間取るということである。
スイッチを操作する時間。スイッチ操作に反応して物体が生成される時間。
これらのラグがあれば、敵対者は素早く動いて檻を呼び出すどころの話ではなくなる。
繰り返すが、竜王本人は二つの隙があったとしても、対してダメージを受けるわけではない。竜王の周囲の被害をかばいきれないから、隙が出る戦法をとるにとれなかったのだ。
だが、作戦がちの面こそあれどエースはそれをやってのけたのだ。
それには、エースが魔法を使えないことが理由の一つかもしれない。
竜王ならば、まず己の全身に魔力をみなぎらせ、魔法をいくつも展開準備しながら、スイッチを操作することになる。
対してエースは魔法を使えないからこそ――余計なことに魔力が回らないからこそ、瞬間的なイメージだけでも物体の生成が、素早いのかもしれない。
「……ですがそれ以上に、あの態度こそが決定的だったのかもしれないでございます」
色々と分析をしたエミリーであったが、一番の決め手に心当たりがあった。
エース自身、半精霊とはいえど力を十全に使いこなしてはいない。
単純に戦ってもまず殺されることはないだろうが、少なくとも聖剣と精霊盾を持っていたときよりは、物理的な基礎能力ははるかに劣ることだろう。
それでも、相手に舐められなかったのは――終始、飄々とした態度を崩さなかったからだ。
敵側が情報不足であるということが確定した上で、彼は相手を舐めるでもなく、登場したときのテンションを維持し続けた。顔色一つ変えないその姿は、エミリーからすればいつも通りであるが。
少なくともその結果、周囲が彼の実力を測りかねたことは確かだった。
「お父様から聞いていたのでしょうか。……でも、だとしたら――。いえ」
いえ、いえ。黙りましょう。
その一瞬の声音には、含むところがあったものの――。
自分の父とは違うそのあり方を前に、エミリーは無表情を崩さなかった。
会場の上部、迎賓席の方を一瞬ちらりと見ると、彼女は今いる場を後にした。
空間転移で跳躍しつつ、彼女はさきほどの思考の続きを呟く。
「……そういえばこういったもの、魔王様に言わせれば“ポーカーフェイス”とか言わなかったでございます?」
そしてエースの現代語彙に、順調に汚染されている様子のエミリーであった。
要するにこの舐めプ、自軍の損失を抑えたいときには使えないということです。エースの能力的な向き不向きに加えて、今回はエースとエミリーだけが狙われている状況だったというのが幸運でした。
筆者「次も一週間以内投稿を目指した・・・いかなぁ?」
???「しっかりやりなさいよッ!」




