二章二話:有志募る、三半規管の保障なし
やっぱり外しちゃいけないことだね
『竜王の遺産――過去最大級のダンジョンで、働いてみませんか?』
そんな求人票(?)が魔族たちに触れ回られたのは、いったいいつごろからであったろうか。少なくとも昔からではない。ここ最近のことに違いはない。
場所は魔族の交易都市のような場所、シャルパン近くにあるとある山。
雇用形態、労働条件など詳細については詳しく書かれていないが、それでも、求人票の信憑性を疑うものはいない。
なにせそこには、竜王と同質の魔力で刻印がなされているからだ。
署名者は、竜王の娘。なるほど、ならばかの御大公の遺産と言う言葉に、相違はないだろう。
勇者エースが竜王を倒して以降、かの王の言葉に従い王国における各種族の長は、戦争にならないよう種族内での調整に追われることとなった。だがその結果、統率者である竜王を失ったという一つの事件は、消火されることなく多くの魔族たちの中でわだかまっている。それが一つの形で爆発する前に、出てきたお触書がこれである。
ある鬼族の一般市民な青年は、こう言った。
「竜王の娘……! あのお方がご帰還なさった!」
震える声には、歓喜と、闘争の意志が見え隠れしていた。
またある空族の達人は、打ち震えながらこう言った。
「我等は、破壊神様に見放されてはいない……! 各地のダンジョンが再起動しているのがその証拠。いまにこのお方こそが、我等の指導者となる」
そんな調子でいる魔族のものたちが、大半であったことに違いはない。決して魔族が好戦的だったということではなく、このご時勢、人間側に限らず魔族側も緊張状態が続いていたということだ。むしろ人間側の緊張状態が、一部の大臣や官僚や貴族や商人たちやらによって引き起こされたマッチポンプである以上、こちらの方がより正当な理由での緊張状態だったといえるだろう。
ゆえに、大半の魔族がおおいに誤解することとなった。
無論、このダンジョンの性質についてである。
竜王の後継者が、魔族に召集をかける――そう勘違いしているのだ。おのずと意味も絞れよう。
すなわち、これは兵士を募っているのであると。
書かれている体裁こそ違うが、これは、種族の腕利きを選び抜くためのものであると。
誰も頼んでいないのにやらんでいいところまで深読みしてしまっているのだが、そのことに対して筆者がいくら突っ込みを入れたところで、結局は暖簾に腕押しである。
そして、この勘違いに気付けた複数人の冒険者たち――中にはハーフトロールだの無口な獣人だのの居る五人組も混じっているが、そんな彼らはこぞって、とあるアイテムを見ながらため息をついたという。
すなわち、それは。
――「“りゅーおーらんど”一年間フリーパス」。
そんな彼らの嘆息の意味を、多くの魔族は未だ知らない。
それはたとえ、かつての竜王四天王が一人――“間断”のバルドスキーであっても同じこと。
深い彫りの顔立ちは、聡明さと深謀を感じさせる。老紳士的でありながら、同時に他者を圧倒するような何かも合わせもつその風貌からは、いわゆる高貴さというものが漂っていた。
そんな彼は、ふぅと一息。
「……いよいよ、私が動く時ですか。竜王様」
彼の手元には、一通の手紙と例の求人が握られていた。
手紙の方は、女性らしい書き方ではあったが、控え目に言えば結構……、いやかなり乱雑な筆致の文字が躍る。残念ながらエスメラ語でも無駄に複雑怪奇なその手紙、辛うじて筆者に解読できた部分は、次のような内容であった。
『力が必要、でございます』
「……ついぞ果たせなかった、貴方様の右腕たる我が忠義。世代を超えてでも果たしましょうぞ」
黒いマントを纏うと、彼の周囲に霧が漂う。
やがてそれは、古城の中全てを覆いつくし、何処かへと向かい消えていった。
※ ※ ※ ※
「魔王さま。この紙、大半のヒト達が勘違いするんじゃないですか~?」
さて、ここは竜王城。
サイズが人間大を前提としたレベルにまで縮小されても、それなりに広大な面積を誇るこの場所。そんな城の大広間にて、エースが書いてエミリーが署名したパピルスのオリジナルを手に取りつつ、とあるメイドが半笑いで言った。
「だって、今の情勢下ですよ? 私だって、魔王様に直接仕えてなかったら勘違いしますって~」
「支配人と呼びなさい、支配人と。そこはまあ、エミリーと相談した結果だからね。……というか、掃除サボってていいの?」
「魔王さまの机周りを綺麗にしてる途中ってことで、どうか一つ」
「いくら口裏合わせたところで、あの娘には大差ないと思うけどなぁ……。むしろこっちに被害が来そうだから、ちゃんとやってくれない?」
「てへっ☆」
ウィンクしながら、ケティは舌を出して頭を少し下げた。
頭にウサミミ、それなりに起伏のある体系、キュートなお顔にメイド服。悪徳大名の一人でもいればあっという間に襲い掛られそうなポテンシャルの少女であったが、生憎とこの城の城主たる腕章をしたスーツ姿の青年は、そんな下世話な感情とは無縁であるらしかった。
あるいは、頭の中で斬って捨てているのか。
どちらにせよ、掃除中の少女の目の前で繰り広げられている現象からすれば、そんなもの瑣末な問題であるのかもしれなかった。彼にとっての優先順位も、少女の興味も同様に。
ちなみに両者ともに、一月も同じ屋根の下で暮らしていないのだが、何故か既に大分仲が良くなっていた(といってもその屋根の下とやらはあまりに広大であったが)。これがケティの物怖じしない性格によるところなのか、エースの気質のお陰なのかは定かではない。もっともそんなエースは、エミリーと出会って一週間以内にはそこそこ仲良しになっていた点から鑑みるに、どうも後者な気が筆者はしている。
カノンが知ったら、色々微妙な表情をしそうなところであった。
もっとも、エース本人にそういう気は微塵もないのは確定的に明らかであるが。
「で、魔王様は何をやっているんですか?」
彼女の言葉に、エースは苦笑いを返した。
「だから、魔王様呼びは止めろっての……。まあ、ほら。実験中」
大広間の隅に立つエースの目の前には、そりゃもう、幾数十ものダンジョンが展開されていた。
まあそれらのサイズは全て、ドールハウスをちょっと大型化したようなサイズではあったのだが、それでも部屋の中心部から隅っこギリギリまで敷き詰められたそれらは、かなり壮観な光景であることに違いはない。
……そのほとんどが、いわゆる「マインドファック」スレスレの造形さえしていなければであったが。
直接描写は筆者のSAN値がガリガリ削られそうなので控えさせてもらうことにする。だが全体的にイっちゃってることだけは、まず間違いない。配色や構造もさることながら、特に大半のモンスターの目が。
「う~ん、扱いやすいように調整はしたんだけど、まだまだ改良が必要ってことかな?」
言いながら、エースは手元でダンジョンスイッチをくるくる回した。
プロローグでも記述した覚えがあるが、そのダンジョンスイッチは第一章の時のものと少し違う。黒いカラーが所々に入った仕様で、前の白一色のものにくらべてちょっと格好良い色合いだ。オサレ(笑)とか言われそうな色合いな気もするが、シンプルな配色は正義だ。
「どちらにせよ、このままだと家畜系もクエスト系もまともなのが作れないしなぁ……」
言いながらスイッチの上部にホログラフィックモニター的な何かを作り出し、画面内部の数値を操作するエース。それにより一部のダンジョンが更に酷いことになったり、殺風景な何かになったり、グロテスクな頭の長い生物が蠢く何かになったり、「もっと熱くなれよおおおおおっ!」とばかりに爆発したりした。そんな一部始終を、ケティは軽く見なかったことにする。一々気にしていたら、自分の正気が持たないことくらい雇用後すぐ理解した。それが彼女の主、魔王の日常である。
だから、ささっと彼女は話題を戻した。
「で、あの相談した結果って?」
「? ああ、いやぁね。単純な話」
ダンジョンの数値を弄ったりする操作を一旦中止し、エースは半笑いで答える。
「逆に聞くけれど、アミューズ系のダンジョンの雇用募集とかいったところで、どれだけ人が集ると思う?」
「結構来るんじゃないですか……? おもしろかったですし、ジェットコースター」
「二週間前のあの怯えようが嘘のような順応っぷりに、お兄さんは感動だよ」
「まあ、あれだけ実験と称して乗せられれば……」
「エミリーは無表情だったけどねぇ。で、まあそういう意見な訳だけど、実際問題、普通に募集かけても、集らないでしょ。なにせ実績がない。正体不明。出所不明と三点連続で続いてしまえば、それでも集ってくる連中というのも、色々問題ありそうじゃない?」
「あー、それは分かります。他に働けるような状況じゃないってパターンですよね~」
「今の魔族の経済とかって、雇用にそこまで大きな問題が出るような情勢じゃないし、むしろ人数の採用とかって多い方だと思うんだよね。そう考えると、真面目で業績不振により首を切られる頻度って、よっぽどのことでもない限りないんじゃないかな~って話。要するに、何も考えてなくったって最低限の業務こなせてれば、大丈夫だ、問題ないってこと」
「……何だか妙に実感の篭った言い回しですね」
「……俺も、ちょっとね。だからまあ、多少は騙まし討ちみたいな形にしないと、まともな人も集らないかなーって。なにせ相手がエミリーだと思ってるんだろうし、素行の悪い奴はそもそもやって来ないでしょ。そのぶんお偉いさんとかには迷惑かけるけど、そこはまあ、相手にも利益あるだろうし御免てことで一つ」
ちょっと遠い目をしたエースに、ケティが不思議そうに問いかけようとしたが。
「貴女は何をやっていやがるんだ、で、ご ざ い ま す?」
わずかに怒気をはらんだ声音が、彼女の心臓を鷲づかみにする。
がくがくぶるぶる、震えながら後ろを振り返った。
「漆器の埃叩き、終わったでございます?」
にこにこ笑顔で佇む姿は、ケティより少し年上のような少女であった。
赤毛も二本の角もエプロンドレスもいつも通り。しかしその表情は、不自然なほどのにこにこ笑顔である。だがケティは知っている。彼女の声音の本気度を。細められた瞳が、全く笑っていないことを。
「し、ししょー……」
「やれやれ。では罰則として……、廊下の雑巾がけでございます」
「い、イヤーッ!」
「逃がしはしないでございます」
獣人の全力の跳躍でさえ、エミリーの空間転移の前には形無しである。
部屋の窓から外に逃げ出そうとした彼女の首根っこをとっつかまえて、エミリーは別な場所に彼女を転移させた。
「後で見に行くでございます。きちんとやっておけ、でございます」
「は、はいぃぃぃ……」
そして両者の力関係は、もはや覆りようのないレベルであるらしかった。
再び部屋に転移してきたエミリーを見て、エースは思わず苦笑い。
「ちょっとやりすぎじゃない?」
「信賞必罰、でございます。そういう魔王様は何を……」
エミリー、惨憺たる光景を見て絶句。
「あー……、まあ、練習中ってことで、どうか一つ」
「……とりあえず、緑色のヌタヌタした液体を吐き出す、真っ黒な、顎二つっぽい生命体の居るものだけでも消去を、でございます」
エミリー的にも、エイリアンチックなデザインはアウトらしかった。
言われたとおりその部分だけ消去すると、エースは思い出したように確認をとる。
「そういえば、エミリーの言ってた心当たりさんだけど。連絡とれたの?」
「無論、でございます。ぬかりはないでございます」
ちなみにそのエミリーの書いた文字が、エースの文字の十倍は読みにくいものであることを彼はまだ知らない。実際問題、読めるか読めないかの瀬戸際な手紙だったので、相手が彼女の旧知でなければ、読まれもせず一蹴されていたことだろう。
本人が思っている以上にぬかりはありまくりだった。
そんな自覚もないまま、エミリーはぐっと拳を握る。
「誰が来るかはお楽しみ、でございます」
「そう。じゃ、期待させてもらうとして」
実際これから来る相手が、自分自身に襲い掛かる可能性を全く検討しないまま、エースはダンジョンスイッチを押した。
「カモーン、“りゅーおーくん”!」
その一声と共に、エースの目の前に白い楕円系のゲートが開いた。
ゲートの中からは、四頭身くらいのずんぐりむっくりした巨体が現れる。
ライオンのような鬣に、アホみたいに大きく開けられた口。竜らしく大きな角に、にこにこ笑顔の両目が絶妙なブサ可愛さを引き出している。
和服のような格好のそれの名は、胸元に書かれている通り「りゅーおーくん」という。
エースの作るアミューズメントダンジョン“りゅーおーらんど”の、なんとも言えないデザインをしたマスコットだ。
「とりあえず、もうちょっと調整お願い。方向性としては、そっちより俺に合わせる感じで」
スイッチを操作し、もう一つ同系とのダンジョンスイッチを取り出したエース。それを“りゅーおーくん”に手渡し、そんな説明をした。
“りゅーおーくん”は大きな頭を縦に振り、スイッチを受けとると口の中に突っ込む。異様な光景ではあったが、もはや誰も突っ込まないのは、見慣れた風景となりつつあるからだ。
「じゃ、よろしく~」
白いゲートの向こうに帰っていく“りゅーおーくん”。
その背中を見ながら、エミリーは疑問を口にする。
「そういえば、アレは一体何なのでございます? わずかに、お父様の魔力が混じっているように思う、でございます」
「ん~、まあそれは、もうちょっと後になったらね。本人の希望で」
「本人の希望?」
「この世でタイミングって、割と大事でしょって話」
いまいち理解していない様子のエミリーであったが、はぐらかす彼の言葉に、異論を唱えることもなかった。
たいして興味もない、ということなのだろう。
だが実際問題、その秘密は次章あたりで明かされる予定であったりする。
それが彼女にとって幸せなことなのか、はたまた不幸せなことなのか。いずれ明かさなくてはならない事柄なのだが、そのことに葛藤があるエースであった。
もっとも、
「やっぱり、もっとジェットコースター作るか!」
陽気に笑う彼の様子からは、微塵もそんな雰囲気を察することは出来なかったのだが。
こういうのもポーカーフェイスというのだろうか、生憎と筆者もよく分からない。
りゅー・おー・らんど スタンディングバイ・・・
次も一週間以内に投稿できると~、いいと思います!




