二章プロローグ:ひたむきで真面目とは限らない
「もっと回転させられないかな?」
雲すら置き去りにしかねない高さのジェットコースターが聳え立つ前で、とある青年はそう口にした。
常識外れの大きさのジェットコースター。おそらくサイズは軽く十キロメートルを超えている。一般的なコースターの長さがどうのこうのといった次元の話ではない。高さや巨大な円やぐるぐるといったものが、主にその尺を稼いでいた。もっともそこを走行するコースターも、並々尋常ならざる速度であることに違いはない。何というべきか、乗っているだけで胃の中身を九分九厘リバースしそうな作りのコースターだった。
空は晴天、大地は草原。見渡す限り、そんな異常極まりないジェットコースター以外なんにもない。いや、厳密には彼の背後に橙色の扉が一つ存在している。もっとも、だから何だという話しかもしれないが、その扉がなければ脱出すら不可能である点を考慮して、一応明記しておこう。
でも、大体はそんな感じである。
この場所には、建造物どころかヒトの姿すら、若干名以外見受けられない。
はてさて、そんな非常に殺風景な――現実離れしたほど殺風景な場所で、青年は呟く。
「歯車とか仕込めばできるかな……? いや、それだと五月蝿いか。面倒だ魔法使おう」
半透明なサングラスにオールバックな髪型。温和そうな顔つきを一気に駄目にする装備をつけた、スーツ姿の男。背丈はやや痩せ型だが、不思議と力強い印象を与える何かを持っていた。
そんな青年が、上を見上げながら「う~ん」と唸り、はじき出した言葉がそれだ。
「回ったりしたら、洗濯機みたいで楽しそうなんだけどなぁ」
「……魔王様はヒトでバターでも作るおつもりでございますか?」
そんな青年に固い口調と声音で返すのは、見た目だけなら無感情な表情筋を持つ少女だ。
煉獄の炎のごとき烈火の髪に、両方のこめかみから金色の角が生えている。無表情な顔はひどく可愛らしく、立ち姿は一枚の絵画のようである。
一見して鮮烈な、こちらが平伏してしまいそうな印象をもつ少女であった。
格好が、ややボロボロなエプロンドレスでさえなければ。
所々地肌や下着が見えそうで見えない感じになっていたが、青年はそんなあれれもない姿に無関心のようだった。紳士なのか絶食系なのか、ジェットコースター以外に興味が行っていないのかは知らない。
少しだけ背後を振り返り、青年――エースはにやりと微笑む。
「支配人と呼べってもう何度目かねぇ、エミリー……。あと、何でバター? 同じレールをぐるぐる高速で、横に回転させるわけでもあるまいし」
「? では、どういう意味でございます?」
エミリーと呼ばれた少女は頭をかしげる。
ちなみにエースが彼女の言葉から引き合いに出したイメージは、某有名童話の猛獣疾走系バターであるが、エミリーは単純に実際のバター作りを参考にした物言いである。
この段階で両者のイメージ連想には大きな違いがあったのだが、しかし今日は珍しく、致命的なほどの誤差を生んではいなかった。
流石に半年も毎日一緒につるんでいるのだ。お互い、会話のパターンを多少学習したのだろう。
エースは、右の拳を振り上げて雄叫びを上げた。
「むろおおおぉん、座席だああああああぁッ!」
「……悪鬼羅刹でございます」
走行しているコースターが、やがてエミリーやエースの手前で一度停車する。まあ彼らが居るのはジェットコースターの乗り場手前なのだが、そんな場所に止まるコースター自体、既に風圧とか空気抵抗とかに真っ向からケンカ売っている。座席の真下にローラーがついているようだけな、あまりに搭乗者のことを考慮していないデザインを一瞥し、エミリーは眉間に皺を寄せた。
「……悪逆非道以外の何ものでもない、でございます」
「え? でもこの間のは、結構評判良かったじゃん。ほら、あの、滝壺に垂直落下させるコースター」
「あれはまだしも、コースター全体が潜水しても大丈夫なデザインになっていたでございます。……こんな四肢を空中分解させることを目的としたような乗り物を前にして、魔王様は何を言っていやがる、でございます?」
「いやぁ、完成予想図では座席も立たせるつもりだけど」
「……それは、いったい何が違うのでございます?」
「座ってるよりも全身が回転しないぶん、酔いにくいかなぁと――」
「風圧の問題が全く解消されていないでございます! やるならせめて、長さを短くして速度を落せでございますッ!」
「でも、短くすると“りゅーおーらんど”の最長記録更新予定が……」
「そんなもんクソ喰らえでございます」
「今日はいつもより沢山噛み付くねぇ」
「だ っ た ら ば、私を実験台にするのを控えやがれって言ってるのよこの三文設計士いいいいいいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!」
「お、おお、ごめんよ……」
口調が完璧に崩れてしまうほど激昂するエミリーであった。
ちなみに彼女が何を怒っているかと言えば、本日何度か行われたコースターの試運転によって、メイド服がズタボロにされているからである。この服、かつての「竜王四天王」の一人、とある研究熱心な狂人によって創造された素材で作られている。そんじょそこらの攻撃では傷一つつかないはずなのだが生憎、支配人と化した魔王の前ではそんなもん紙切れ同然であるに等しいらしかった。
そして、流石に分が悪くなった青年は、どこからともなく白い装置を取り出した。
チェスの駒とグリップを足したような持ち手に、スマホじみた画面が接続されている。色のベースは白なのだが、所々に黒の入ったゼブラストライプだ。
「わかったから、少し落ち着いてって……」
「修理するのに、どれだけ時間がかかると思ってるのでございますかっ」
「いや、それでも翌日には直ってるじゃん。いつもなら」
「裁縫道具一式が全く使えないくらいの強度でございます」
「ああ、空間操作で生地の繊維同士を接合してると……」
地味に大変な作業だと伝わったエースは、何度か頭を下げてスイッチのボタンを操作した。
かちんと音が響くと、次の瞬間、コースターの高さと円の直径が、常識的範囲まで小さくなった。
「これならおっけぃ?」
「ノーと言ったところで、座席は回転させるくせに、でございます」
「まぁね~」
再度かちんと音が響き、コースターが立ち乗り使用へと変化した。
「立ち乗りと言えば、これで上下反転とかさせたら一体どうな――」
「止めて下さい頭が破裂するでございます」
「うそうそ冗談だからマジで。殺気放つの止めようか、うん」
「……魔王様は最長記録更新よりも、安全基準についてもっと考えるべきでございます」
「いやまあ、それもかねての実験なんだけどねぇ。流石にそこまで常識失っちゃいないさ」
「…………今、実験って言った? わざわざ竜の姿に戻って暴れるのをこらえている私に向かって、実験していたとか言った? 私でギリギリのラインを模索してるとか言いやがった? ねぇ、」
「……あれ? エミリーさん、ちょっと待ってくださいね~? ほら、巨大化したところで、コースターは『非破壊物質』で作られていますし、俺なんかも『半精霊』だから死なないし」
「問答無用でございます」
「いい笑顔で往復ビンタ止めてええええええええええええええええぇぇッ!」
ニコニコ笑顔のエミリーは、左手でエースの襟首をつかみ右手で目にも留まらぬ速度のビンタを叩き込んだ。地味に手の往復範囲に白と黒の魔力がはためく。空間操作魔法を使い、ビンタの威力を何倍にも高めているらしかった。
いつものじゃれあい(エミリー本人の感覚で言うところのじゃれあいらしい)のビンタとは違い、本気と書いてマジの往復ビンタである。
魔法が使えても使えなくても、絶対真似しちゃいけないよ!
エースが見た目無傷なのは、コメディ補正だけじゃなく、半精霊のすんごい回復力によるところが大きいだけだからね!
もっとも痛覚は残留しているらしく、彼女の本気摂関が終了した後、彼は地面に突っ伏すこととなった。これを世間では自業自得、もしくは因果応報と呼ぶ。
あとは、触らぬ神に祟りなし? 逆鱗に触れるとは少し違うかな。
と、そんな彼らに、少女の声が掛けられる。
「ししょ~! 魔王様~! お時間ですよ~!」
扉の向こうから、そんな声が聞こえたエミリーは、一度指を弾いた。すると一瞬で、ボロボロだった姿が綺麗に新品同然のものとなった。衣服を自室のクローゼットにある無傷のものと交換すると、彼女は倒れている自分の主の首根っこをつかみ、軽々と上空へ放り投げた!
「魔王様、ケティから時間だとのことです」
「ひかぁん?」どうやら、まだ呂律は回らないらしい。「ひかん、ひかん、しぇかん、じかん、時間……。時間? あ、そうか、もうそんな時間か! ヒーローショー! 素晴らしい剣技! はやく行こう急いで行こう! で何故投げたしいいぃぃ!」
空中でジタバタもがくエース。エミリーはそんな彼を見ながら、地味に立ち位置を変えて両手を広げた。
ぽすん。
見事なお姫様抱っこである。
「ささ、行くでございますよ」
「お、おう……」
さきほど散々振り回されたお返しとばかりに、逆に振り回してかえすエミリーである。
そして扉に手をかけつつ、彼女はふと思いついたらしい疑問を口にした。
「そいえば、何故ショーに出てくる彼らの名前は“ドラレンセブン”でございます?」
「七人の竜戦士達、ドラゴンレンジャーズセブンの略」
「安直……」
これは、ひょんなことから一人の青年が、遊園地を使い異世界で無双していくお話。
たぶん合ってる。
大体合ってると思う。
別シリーズのホワイトナイトメア共々、二章も宜しくお願い致します。
一章共々プロローグはちょっと未来ですが、前章より追いつくのは早いと思います。




