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一章一話:早過ぎた転生、つまり彼は天才になりえなかった

 少年の意識が復活した時、彼が最初に放った一言は「おぎゃあ」であった。

 その叫び声を聞いて、彼はふと思った。

 あれ、おかしいなあ。

 目覚めた場所が病院でないなら、遊園地はどうしたんだろう。

 少年はついさっきまで、遊園地に居たはずだ。

 小学校五年生の遠足。

 何故五年生にもなって遠足なのかとか、しかも何故場所が割と近場、手ごろなところなところなのかとか、遠出くらいしろよとか、色々と突っ込みたいところはあった。

 しかしそれでも、学校行事であるのならば避けられるものではないと諦めた。

 むしろ、行くのならば楽しまなければならないという使命感すらあった。

 このくらいの子供に特有の「子供っぽいものを嫌う」傾向を、多かれ少なかれ彼も持ち合わせてはいた。

 しかし、事前に何処をめぐるか調べるにつれ、そんな反抗心はなりをひそめていった。

 考えてみれば近場と言えど、その遊園地に彼は数えるほどしか行ったことがない。

 昔に行ったアトラクションもあれば、新しく出来たアトラクション、昔は身長制限で入れなかったアトラクションなどを発見する。

 大きくなった今だからこそ、逆に、それらのものに心が動かされた。

 中でも特に彼の心を打ったのは、リニューアルされたジェットコースターだ。

 最高部は驚きの百メートル!

 全長は三キロ!

 最高速度はスーパーマシンばりときたら、もう、胸が躍らないわけがない。

 そのあまりのハイテンションっぷりに、両親から「騒ぐと近所迷惑だ」とお叱りを受けるくらいであった。

 彼の浮かれっぷりが、理解できるというものだろう。

 そして迎えた当日。

 ボルテージは最高潮!

 しかし表面上は、他の班のメンバーと同じく冷静を装う。

 このように少なくとも、他のクラスメイトと同じようにしていないといじめの対象にされたりすることもあるのだから、子供の社会は単純である。

 だが隠し切れないパッションは、最初に乗ったアトラクションのゴーカートで火を噴いた。

 二人乗りゴーカートの運転席に座った彼は、もう、あらんかぎり荒っぽい運転でコーナーを走り抜ける。

 コーヒーカップに乗れば、他の三人の目を回し。

 速度調整の出来るローラーコースターでは最高速度で水しぶきを上げ。

 お化け屋敷では、わざわざ「出そう」なところにメンバーと手をつなぎ歩いて。

 疲弊した彼らと共に、向かえるは彼にとって本日一番の目玉、ジェットコースター。

 まず、聳え立つ塔のようなレールに、もはや彼は心の内を隠すことは出来なくなっていた。

 乗っても居ないのに奇声すれすれの叫び声を上げる彼に、チケットもぎりのお姉さんは大層微笑ましくも苦笑した。

 それに続く、他の三人の投げやりな叫びにも同様である。

 少年に続く三人は、彼と違って既に投げやりの極地に至っていただけだったが。

 そしていざ、搭乗である。

 初速から飛ばさず、じわりじわり巻き上げ式に上っていく頂上に向けて、少年はいい笑顔を浮かべていた。

 頂点からの急降下による不快感も、周囲の風景と自分の触覚がぶっ飛ぶ快感のスパイス程度にしかならない。

 だが、奇しくもそんな時に事件は起きた。

 少年の身体を固定するバーが、途中で「がちん」と妙な音を立てる。

 一瞬の出来事だったが、その音に少年も「おや?」と疑問は抱いた。

 しかし加速中の車内でそんなことを誰かに訴えられるわけもなく、とりあえず後で降りたら話そうという程度でしかなかった。

 だがしかし――。

 線路が捻られ、車体が上下百八十度反転した瞬間。

 少年の身体は、自由落下にさらされることとなった。

 高さはせいぜい三メートルほど。

 しかし、速度がいけなかった。

 ものすごい勢いで車体から振り落とされ、前方にふき飛ばされる少年。

 首の後ろに痛みと、熱いお湯を掛けられた時のような熱を覚える。

 ふいに、彼は心の中で両親に謝った。

 前日まであんなに騒いでいたバチが当たったのだと。

 薄れていく意識の中で、次に目覚めるのは病院だと確信しな、がら彼は目を閉じた。


 そして、目を開けた瞬間に「おぎゃあ」である。

 自分の正気を疑わない方がどうかしている。

 その後、ガイコクジンと思われる人々に自分が抱き上げられ、英語ではない何かの会話を耳にして、更に彼は混乱する。

 ふと、両手を見てみれば。

 小さな、小さな、もみじのおてて。

 どころか寝返りを打とうとして、首がぐらぐらする事実に愕然とする。

 これではまるで、生まれてすぐの赤ちゃんだ。

 いや、まるでではない。 

 今の自分の体は、間違いなく生まれてすぐの赤ちゃんに他ならなかった。

 季節が逆転するほどこの身体で過ごすことにより、彼はいくつかの事柄を理解した。

 まず、ここは日本ではないこと。当然のように、今の両親も日本人ではない。テレビも電話もなさそうなところで、彼はますます現状に疑問を抱いた。

 次に、使われいる言語は「エスメラ語」というらしいこと。言語表現が日本語よりも感情豊かに出来ており、敬語とかの概念が薄い(一応ないわけではない)。

 そして三つ。

 自分は彼ら両親から、「エース」と呼ばれている。

 ……それが野球やサッカーで一番な活躍をする選手に与えられる呼び名でないことくらい、いくら小学五年生の知能でも理解は出来る。

 つまり、である。

 少年は、生まれ変わって異世界に来てしまったらしかった。



※   ※    ※    ※



 それから彼が大人になるまでは、本当に大した事件もなかった。

 彼の家は農家であったが、領主の課す税率もさほど高くない。

 学校には通えなかったが、読み書き算盤を学んだり、本を買って読み、歌劇を友達と鑑賞したりするだけの余裕がある生活であった。

 小学校の社会で習っていた江戸時代の農民とは、えらい違いである。

 幸い小さい頃から肉体労働を積んだ結果か、家で行う農業くらいではそう簡単にバテないほどのスタミナはついた。

 元々の精神年齢は小学五年生程度であったものの、加齢を重ねるごとにその身は、普通の青年へと成長を遂げていった。

 まあ、若干落ち着きすぎている節はあるが、これくらいの誤差は許容範囲だろう。

 線が細く優しい容貌に似合わず、案外力持ちな青年といったところだ。

 そんな彼には、大人になったからこそ思い悩む事柄が多い。

 例えば、何故、自分は異世界に転生したのか。

 たまたま偶然?

 それとも誰かの意図があって?

 それはともかく、自分の前世の記憶に苦しめられることもしばしば。

 もうかつての名前や、両親の顔も忘れてしまった。

 だがしかし、自分はれっきとした「日本人」であった記憶が強く残っている。

 喉が渇けば冷たい炭酸飲料を求めるし、小腹が空けばポテチを探す。

 寒くなればこたつで丸くなりたいし、熱くなれば冷房の下に居たい。

 暇になったらテレビでアニメを見たい。

 ……だが、そんな欲求よりも悲しいことが二つある。

 一つは、かつての自分の人生だ。

 おそらくあの時、ジェットコースターの事故で自分は死んだのだろう。

 両親は、一体何を思ったことだろうか。ショッキングな光景を見たクラスメイトたちは、何を考えたことだろうか。色々その後の彼らの人生を考えて、やるせない気持ちになる。

 二つ目は、あの遊園地についてだ。

 元を正せば点検ミスで殺されたようなものなのだが、それでも、あのジェットコースターに罪はないと彼は思っている。あのアトラクションに乗ったときの、未知の興奮を彼はいまだに鮮明に覚えていた。

 そんな素晴らしい感動を与えてくれた乗り物が、事故の責任で取り壊されるのは忍びない。

 ……この彼の考え方は少々ズレているのだが、そんな頭の中のことを口に出して言うはずもないので、誰一人としてそこにツッコミを入れる者はいない(口に出していったところで、この世界の常識では理解すらされないだろうが)。

「おーい、エース。収穫用の車両を持って来てくれ~」

「はーい、ダッド!」

 そしてそんなことを考えつつも、農作業に徹することが彼には出来るのだった。

 さて、そんな今の彼の容姿について少し説明しよう。

 線が細いというのは前述した通りだが、顔立ちは二枚目ということはない。むしろ童顔であり、うっすら日本人の頃の名残のようなものが見て取れた。髪と目は両親譲りの黒系ブラウン、背丈は村の男たちの平均より少し高い。がっちりした体格ではないが、筋肉はそれなりについている感じだ。

 もしこの姿の彼が日本に来たら、見た目だけでそれなりにモテるかもしれない。

 だがこの世界の常識では、その容姿は女受けが良くない。

 むしろ「雄雄しくあれ」というのがモットーの世界において、女々しさを感じさせては、嫁になろうという女も集ってこないのである。

 まあそれでも、村では一、二を争うほどの働き手だ。

 一部の女集からの受けは、あまり悪くはない。

 ただし、彼にとっては女遊びよりももっと大事なことがあった。

「……退屈なんだよなぁ。家で暇している時は特に」

 この世界は、娯楽産業が未だ発展するに至っていない。

 文化レベルの発展には、ある程度の技術革新と経済的基盤、民衆の基礎教養が国家に必要とされるのだが、この国は残念ながら「中世に毛が生えた」程度でしかなかった。

 例え「科学技術」がない代わりに、「魔法技術」が存在していたとしても。

「テレビがない、ゲームもない、漫画もなければゲームもない……」

 インドアな都会っ子の小学五年生をベースに考えれば、なかなかに大変な環境である。

 本を読むのもエースは嫌いでかったが、ゲーム等はそれらとは別種の娯楽に違いはない。

 ほとほと、参るしかなかった。

「……せめて、あのジェットコースターくらい感動できるものがあればなぁ」

 桑を振り下ろしながら、青年は思わずそう呟いた。


 そんな彼が聖剣に選ばれ「黒の勇者」と呼ばれるようになるまで、実はそう時間は掛からない。

 もうすぐ「楽しみが少ねぇ!」とか考えていられる日々が強制的に終わらせられるということを、彼はまだ知る良しもなかった。



異世界転生における知識や技術チート防止。

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