一章十八話:待ちわびたぞ、ジェットコースター!(前)
サブタイトル通りに誰が待ちわびたのかと言えば、主に筆者がでありますが。
そして見覚えのあるヒトたちの姿がチラホラ・・・。
どうしてこうなった。
今現在ケティの心境は、まさにそんな感じだった。
シャルパンの街に出稼ぎに来ている彼女からすれば、文字通り面倒ごとでしかない。
竜王の根城にほどほど近く、海も大きくあれることが少ない。災害にも多くみまわれず、治安もほどほど(魔族にとってのほどほどではあるが)悪くない。ゆえに、シャルパンは貿易都市として、そこそこの発展をしていた。
近隣の村に住んでいたケティ。苦しい家計を支えるためには、当然出稼ぎに出なければならない。しかし獣人族の中でも、特に力仕事に向かないウサギの獣人である彼女だ。働ける場所は、必然、限られてくる。
そんな彼女にとって、シャルパンでの仕事の募集は、かなりの好条件に思えた。獣人の採用、女性であれば尚よし、若ければ申し分なし。住み込みで給料もそれなりに高く、我々こっち側の世界で言うところの福利厚生にも申し分なしとくれば、飛びつかないわけがない。
だがしかし。
採用されたその場所は、なんというか、あんまりにもあんまりだった。
彼女の採用された場所は、いわゆる賭博場……ギャンブル施設だったのだ。といっても、そこまで華々しいものではない。せいぜい丁半賭博とかみたいな、そんな感じのものが大半である。
さて、あまねく紳士諸君の皆様方ならば、ギャンブル+頭にウサギ耳と聞いて、ピンと来るものがあるだろう。もっともこの世界にはタイツだのポリエスチルンだのといった、合成繊維といったような工業化学製品の類が九割方存在しない。結果的にその服装は、なんだろうね、所々下着のような水着のような、露出度がそこそこあるデザインだ。そんな専用ユニフォームを、彼女はまとうこととなった。
いくら戦闘力の低いウサギの獣人であろうとも、彼女とて誇り高き獣人族が一人である。抵抗がないわけじゃない。というか、採用されるまで知らされていなかった条件だ。思わず蹴ろうとしたのだが、そこで賭博場の支配人から軽く脅迫されたのだった。
どういった脅迫があったのかは、彼女の家の名誉にかけてここでは記述を控えようと思う。しかし少なくとも、獣人族にとっての誇りを捻じ曲げざるを得ないほどの事情がそこにあったということだけは、読者の胸に留めておいて貰いたい。
……別に、考えていないわけじゃないんだからねッ!
さて、そんなストレスを抱えている少女である。その容姿は、採用条件に書かれていなかった「美人大歓迎」の部分に沿うくらいには美少女である。本人にはあまり自覚がないかもしれないが、クラスに居たら三番目くらいには可愛いビジュアルをしているといえばいいだろうか。一見地味目なのだが、磨けば光るとか、そういう系統である。
そして、そんな娘が恥らいながら、苦悶を胸に秘めつつ露出度の高い服で賭博場をせかせか動き回っているのだった。無論彼女一人ではなく、幾人もの獣人の美少女、美女が働いていた。野郎どもからすれば、なかなかに眼福な光景であることだろう。
勿論彼女が確認した範囲の通り、仕事はあくまで従業員だけであった。掃除をし、飲食物を運び、片づけをし、時に金庫管理をし……、服装や周囲の下卑たる視線さえなければ、まあそれなりの職場であったことにも違いはない。
だが場所が場所である以上、トラブルも当然多かった。
客によるセクハラの数もそれなりである。何が面倒なのかというと、そういう面では契約書により、彼女達の身がカバーされていないのだ。あくまでも、店の方針としていかがわしい系統のものがないだけであって、客側との対応においては、なかなか難しいところがあった。下手に追い払いすぎても客入りが遠退いてしまうため、バランス感覚と自制心だけは、二年の雇用でも充分鍛えられた。
さて、そんな彼女だが。近所では、魔力だけなら誰にも負けないほどの保有量を誇っていたものの、それを扱う術、要するに魔法の才能はあまりない。だからといって肉体的に強いわけでもなく、この手の問題には色々と弱い部分があった。
この手も問題、というのは。
要するに、力任せに迫られたり、という類の事柄だ。
普段ならば、行き過ぎたオイタは先輩の最強格バニー先生(メガネのお姉様風)による雷魔法で折檻されるのが常なのだが、この日、このタイミングにおいては、それが叶わない。
絡まれたのは、平日の定休日である。
珍しく休みが平日に入ったということもあり、生活品の買物に出向いたケティ。だがそんな時、他の賭博場から出てきた冒険者たちに絡まれた。
「ちょっと、やめてくださいッ!」
手を掴まれるのを振りほどこうとするが、結局効果はあまりない。
なにしろ、その相手がハーフトロールだからだ。おそらく力鬼族と鬼族のハーフなのだろう。体躯と腕力の比率や、魔角が額に一本であることなどから推測できた。
ゴブリンにしてはやや高い身長に、見た目以上に強い腕力の腕。魔族の中でもとりわけか弱い彼女のような存在からすれば、まさに天敵の相手でもあるといえた。他にいるゴブリンの連中に混じって、自分とは違う猛獣系の獣人が無言でこちらを眺めていたりする。
助けを求めようと周囲を見ても、あまり人通りが多くない上、わずかにこちらを見るのはひ弱そうな人間の奴隷たちばかりだ。これは、彼らから逃げようと足を進めた際、回りこまれまんまと誘導されたということでもある。冒険者の中でも、こういった誘導作業に手馴れているものたちは、それなりに歴が長い冒険者であるといえた。
そんな彼らからは、ほんのりと酒の臭いがした。顔を近づけてくる数人のゴブリンたちのそれを掴まれていない左手で押しのけつつ、ケティは頭を回転させる。どうにか脱出できないかと考えてはみたものの、実現性の低さに思わず頭をかかえた。
とにかく、相手はギャンブル帰りで気分が高揚しているらしい。おまけにアルコールに飲まれている節があり、若干タカが外れているようだ。なにぶん、ここシャルパンは貿易都市である。治安の安定よりも上客を求める街の傾向からして、こういう柄があまり良くない冒険者でも、問題なく受け入れていることだろう。そして、そんな彼らが正常な判断をしていないとはいえ、まんまとこちらを誘導したのだ。しかも、力量はどう考えてもこちらの分が悪い。
うん、どう考えても詰みだった。
詰み以外の何ものでもなかった
「水と流通の都、いいかげんにしろよ……? これじゃ観光客ほとんど来ないわけじゃない」
シャルパンの別名に悪態をついているあたり余裕に見えるかもしれないが、実際のところ一杯一杯である。ともかく、ケティはいよいよピンチなのであった。
「おいリック、あまり大声は立てるなよ」
「わあってるってリーダー。とりあえず、金は出すから。一人えっと――」
「待て待て、お前に金勘定させたらロクなことにならない。俺がやる」
「いや、お前この間、報酬滅茶苦茶にしたじゃないか。だから俺がやる」
「いや、俺が」「俺が」「俺が」「俺が」「俺が」「俺が」「俺が」「俺が」「俺が――」
対する冒険者たちの、この余裕っぷり。
ちなみに、魔族たちに警察機構など存在していないのだが、自警組織くらいは一応ある。もっともそれがきちんと機能しているかは別問題だが。
そんな時――、そう、そんな時である。
ケティにとっての救世主……、救世主? まあ、救世主が現れたのは。
「やーやー、そこに居る凄腕の冒険者さんたち! ちょっとお話しませんか?」
この場の雰囲気、薄暗い路地裏に似つかわしくないほど軽妙な声だった。
五人は、声の方を振り向いた。酔っている頭でも、声を掛けられたことくらいは判断できたらしい。長身の影から、ケティもその声の主を見る。
そこに居たのは、にこにこ笑顔の青年であった。
格好は黒尽くめ……とまではいかないが、なかなかに黒い格好だ。まずオールバックの黒髪。目には半透明の遮光メガネ(サングラス的な何かである)。燕尾服を簡略化したような黒い服装をした、なんとも身軽そうな男だった。そんな男が、ちょっと嫌な感じの笑顔を浮かべているのである。
胡散くさっ。
自分の救い主になるかもしれない男だというのに、ケティが抱いた第一印象は容赦なかった。
当然、冒険者たちも怪訝な目を向ける。そんな視線をものともせず、青年はハイテンションな様子で近寄ってきた。
「先ほどから、そこの女の子を追い回す姿、ずっと拝見しておりました! 多少大人げない行動な気がしないでもないですが、その手腕はすばらしいものだと思いました! 道の進路に先回りするだけではなく、心理的な誘導や物理的な誘導、時に幻術も重ねたその妨害手腕に、周囲の観察力、索敵能力! これで女の子の尻を追い回してなければ、もっと沢山の賛辞を浴びせてもらえることでしょう!」
「おい兄ちゃん、ケンカ売ってるのか?」
ハーフトロールの男が、すごんで青年を睨む。それでもケティの手を離さない。むしろ苛立ちが追加されて、力強くなったくらいだった。
そんな彼女の様子を軽く見て見ぬふりして、青年は続ける。
「さて、そんなあなた方に朗報です! こちらを、ご覧下さいッ」
青年がどこからともなく取り出した(!)地図を、獣人の男が受け取る。
リーダーらしいその男の手招きにより、他の男達もその地図に近寄る。必然、持ち上げられていたケティもそれを見ることになった。
一見すれば、ここら周辺の地図とそう変わりはない。付近の山まで網羅しているが、ざっくり、大雑把な形状をした地図だった。
書かれているのは、シャルパンを含めた周辺の街。ダンジョン二つと、山奥に置かれた赤い謎のマーク。
「これが何だっていうんだよ、兄ちゃん」
「あー、そうですね、名乗り遅れました。私、竜王様の元で使えておりました、シャルベスターと申します」
「「「「「ッ!!?」」」」」
青年の言葉に、男達は息を呑む。
ケティも、思わず青年を二度見した。
シャルベスターとは、竜王に使えている魔族の個人名に他ならない。が、その名前は様々な意味で特別なものだ。四天王に属していない、竜王の僕の名前。であるにもかかわらず、竜王の勅命を受けた魔族の名前。しかも噂が正しければ、それを名乗る魔族は一定していない。ある時は太った貴婦人が、ある時は漆黒のゴブリンが、またある時は小さな少年が。様々な魔族がその名を名乗り、しかも必ず竜王の仕事に関係している。
いつしかシャルベスターという名前は、竜王に使える諜報員……、というより、まあある種の「ニンジャ」のような扱いを受けているのだった。
そのシャルベスターを名乗るこの男。手渡された地図を、五人は見る。と、右下に竜王の所有物を示す文様と、強い魔力で刻まれたサインが書かれていた。男の胡散くさい見てくれはともかくとして、この地図が竜王由来の一品だということを彼らは理解した。
青年は続ける。
「この地図の赤い部分、そこが問題なのでございます! 私、シャルベスターは竜王様から、その場所にある隠しダンジョンの秘密厳守を任されていたのですが、先日、竜王様の愛娘様がその任をお解きになられたッ! そして新に与えられた任務が、このダンジョンを早いところ攻略してもらうことなのでございます!」
「何故攻略なんだ?」
「早いところ、開きダンジョンを作れとのことです。未見のダンジョン攻略が一番危険なのだということは、皆様方の職種ならばご存知でしょう? ですから、腕利きを探していたのでございます!」
「なるほど……。話はわかったが、俺達にそれを信頼させることは出来るのか? これが竜王様の記したものだってのは分かったが、アンタが信用ならない。横からクリア報酬を掠め取る気じゃないよな兄ちゃん」
「そりゃもう、私の見てくれが自称以上に胡散臭いことくらい、百も二百も承知していたのでございます! しかし我が新たなる主は、任務を強行せよとおっしゃられたのです。……まあそこで、このようなものを預かっているのです」
青年が手に握っていた代物は、彼らにとって見慣れない物体だった。描写が面倒なのでざっくり省くと、黒いダンジョンスイッチである。
そのスイッチを押すと、青年の背後に輝く色の渦が出現した。それは大きさを変化させ、まるで扉のようなサイズへと姿を変化させた。
そして、渦の奥から尋常ではないほどの魔力が放たれた。
ケティの全身から力が抜け、男達は思わず身構える。
放たれている魔力の圧は、攻撃的な意志を持つそれではなかったが、それでも彼らを畏縮させるに足るほどの威力を兼ね備えていた。
彼らは皆、知っている。そこにあるのが、竜族特有の魔力の色であることを。
彼らは知っている。その魔力が、彼らが未だ遭遇したことのない化け物じみたものであることを。
そして、彼らは知っている。
そんなものを放つことが出来る存在は――。
「さ、いらっしゃいませ、我が主」
「――ご苦労、である」
光の向こうから現れ出たのは、一人の少女だった。神々しいまでの生命力を感じさせる赤毛に、洗練された美しさを持つ容姿。年齢は一見してケティより少し上くらいのようだが、プロポーション、立ち居振る舞い、薔薇のように鮮烈な印象を与えるドレスという格好が、他者にものを言わせない。
その頭、両方のこめかみのあたりから、角が二本――人型になっている竜族に特有の、魔角の位置である。おまけに金色の色とくれば、竜王を連想させるものに違いない。
一目で彼らは、少女の素姓を理解させられた。
平伏する男達と、ようやく手が離されたケティ。もっとも彼女の方は腰が抜けてしまっていた。
竜王の娘は、彼らの頭を上げさせた。
「細かい作法は要らない、である。……我は、我が父の残したダンジョンの攻略を望む、である」
「ははぁ。……恐れ多いことなのですが、何故、それを我々に?」
「シャルベスターが認めたならば、大丈夫であろう、である。問題ないであろう? なに、クリア報酬はそなたらに授けよう、である」
「も、勿体なきお言葉っ」
こうして、青年の言葉に信用が保証された。男達は青年にも再度、頭を下げる。そして、口々に言った。
「必ずや、その任務を果たしてごらんに入れましょう」
「一両日中に、挑戦せよ、である」
「無論のこと。いくぞお前等!」
獣人の男の言葉に、四人は一斉に声を上げた。それにニヤリと笑みを浮かべた青年を、彼らは見ていない。無表情に下された命令に、男達は嬉々としてダンジョン攻略のための準備をはじめた。
そして、残されたケティと三人。
周囲に人が居なくなったのを確認すると、竜王の娘は、
「ふぅ、上手くいった、でございます」
そういいながら、ドレスの右肩を手でつかみとり、一気に脱ぎ捨てた! 驚いて目を見張るケティ。そこに居たのは、まあ、いつも通りの格好のエミリーに他ならない。肩とか胸元とかの露出はどこにいった。
「こういった演技など初めてでしたが、案外上手くいくものだった、でございます。魔王様」
「ノン、ノン、ノン。その呼び方の訂正はもう諦めたけど、今は止めろん? そう、今は特に」
軽妙なテンションで指を左右に振ったり、自分の左腕を指差す青年。テンションはかなりおかしなことになっているが、顔立ちや声共に、間違いなく我等が主人公、エースに他ならない。
そしてその左腕には、いつのまにか腕章がされていた。書かれている文字は、エスメラ語で「支配人」という意味の言葉だった。
「さって、後は彼らがとっとと入ってくれればいいんだけど、どうする? 一旦城に帰る?」
「その前に、でございます。……大丈夫でございます? 貴女」
すっかり呆然としていたケティに、無表情のまま手を差し伸べるエミリーであった。
エミリー「そういえばこの娘、訓練しているわけでもないのに、私の放った魔力の圧で気絶しないとは……。ふむ、使えるかもでございます」
ケティ「へっ」
次は三日以内に投稿できるかもしれない、でございます。




