一章十三話: 混沌迷宮製作講座と書いてダンジョンメイクチュートリアルと読む(前)
エース「あっ、そういえばエミリー居ない間の食事はどうしよう。キッチンは扉が封鎖されていて入れないし……」
さて、時系列としては数日後。
エミリーが王城周辺で情報収集を終えた辺りの頃である。
ちなみに彼女が帰ってくる間、エースの食料は城に備え付けられていた非常食だった。送り出してからそのことに気付いた彼だったが、既に後の祭りだったことは言うまでもない。
さて、一方のエミリーである。廃棄された瓦版を何枚かバッグに敷き詰め、空間転移を行使し竜王城へ帰還したエミリー。服装は案の定エプロンドレスのままであり、街中では無駄に目立っていたのだが、本人はさして気にする素振りもなかった。
ちなみにこめかみから生えている角は、術を使って隠していた。
なので幸運なことに、都に魔族の娘が出没するという噂は流れないで済んでいた。
これは、エミリーが周囲の視線を全く気にしない――魔族が恐れられる人里であっても、平気で竜の姿で闊歩したことがあったりする彼女にしてみれば、まさに奇跡的な行動であると言えた。
「……面倒くさいでございます」
もっとも、それは別に気を遣ったとか、そういう理由からではないのだが。
街中で情報収集をするためには、人間の姿で対応するのが一番だったというだけである。
さて、そんなエミリーが竜王城の広間にたどり着いた時である。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!』
変な叫び声をあげる何かが、そこに鎮座していた。
その何かは、半透明な液体のような、ジェル丈のような、ゼリーのような形をしていた。
一見すれば単なるスライム(ダンジョンに発生させるモンスターとしては初級。半液体生物)のようであるが、しかしそこには、人間の目と口が造形されている。それが痙攣しつつ目をぐるんぐるんさせ、口から雄たけびを上げているのだ。
はっきり言って、気色悪い。
しかしエミリーの感性的にはそうでもないのかリアクション一つせず、彼女はそれを足蹴にして、下敷きにされていた青年を引っ張り出した。
「一体何をしている、でございますか?」
「い、いや、ははは……」
困ったように半笑いのエースであった。
ちなみに服装は、黒いスーツ固定になっている。その所々があのスライムっぽい何かに融かされていたのか、ぼろぼろであった。
そんな主の姿にため息もつかず、彼女はスライムっぽい何かに目を向ける。
「アレは何でございますか?」
「えっと……、研究書の後半に入ったんだけどさ、あの、モンスターを作ったりするやつ? で、それを試してみたわけ」
「それでまた、けったいなものを作ってしまったということでございますか」
「そんなところです、はい……」
ため息をつくエース。
エミリーは何らリアクションも見せず、スライムもどきに向けて口から炎を放った(!)。竜なのだからおかしな光景ではないのだが、実際目の前でやられたエースは仰天した。
蒸発するスライムを一瞥もせず、驚く彼を持ち上げ、視線を合わせて一言。
「後半というと、ダンジョンメイクでございますね。宜しいでしょう、不肖この私めが、お父様から教わったダンジョンメイクについて多少レクチャーしようかと思う、でございます」
相変わらずの無表情であったが。
なんだかエースには、その表情が張り切っているように見えたとかなんだとか。
※ ※ ※ ※
破壊神の加護とは、本来のところは空間を操作する魔法である。
例えば、エミリーが使っている空間転移もその一つである。
四大元素全てを動員し、直接空間に干渉し、事象をいじくりまわすというのが闇魔法の本質だ。
もっとも、その闇魔法をほとんどの魔族が扱いきれていないのだが。
自力でその領域に達した魔術師が居ないわけではないものの、それはごくごく少数だ。
だからこそ、破壊神による加護を用いて補助することにより、その領域にいたることが出来るのである。
竜王自身の姿形が自由自在だというのも、主にそれが理由なのである。
では、その空間操作を突き詰めていくと一体何が出来るようになるのであろうか?
竜王が伝承をもとに研究したのは、そこである。
特定の空間と空間を繋いだり、はたまた特定の空間を外部から遮断したり。
もっというと、そもそも最初から現実に存在しない空間を構築したり――。
そうしたものを駆使して作り出される、ある画期的システム。
それが迷宮、ダンジョンである。
この世界においては、すなわち混沌迷宮と呼ばれる一連のシステムのことだ。
特定の場所に、普通ではありえない現象を引き起こすシステム。
財宝などを隠し、それを守るためモンスターを配備したりするというアレである。
エースのように現代日本の知識(主にゲームやファンタジー知識)があるものからすれば、ダンジョンといったところでそれの何が画期的なのかということは理解できなかった。しかし、エミリーのレクチャーを受けるにつれ、その本質を理解しはじめた。
「つまるところ、ダンジョンモンスターこそが重要なのでございます」
かつてエースたちと竜王が決戦を繰り広げた大広間にて、どこから取り出したのか不明な黒板に魔力で文字や図を描くエミリー。それを見ながら、これまたどこから取り出したのか分からない机と椅子を配備して彼女の授業を受けているエース。
黒板に書かれている授業のタイトルは、こうである。
――竜王のドクトリンにおけるダンジョンの重要性――
「このダンジョンモンスターは、ダンジョンのシステムが生きている限り一定期間で復活し、なおかつ生息域が変わらないのでございます。ダンジョン外部に出現することもなく、人里 (魔族里?)を襲うこともないのでございます」
「えーっと、つまりは、育てるのに手の懸からない家畜ってことかな?」
「満点でございます」
魔族が人間を襲う理由の大半は、資源目的だ。
食料しかり鉱石しかり、中には珍しくも貨幣を求めるものもいる。
もともと王国と魔族たちの戦争のきっかけでさえ、魔族側が人間側の土地を欲しがり強奪したことが切欠なのである(農耕するにも土地は居る)。
まあでも、当然の話かもしれない。資源は有限なのである。異なる種族同士が、相手のことを良く思っていなければ、共産共栄は実現するに難しいのだ。
そこで竜王が、人間との戦争をやめる際に魔族に提示したものこそ、ダンジョンモンスターなのである。
ダンジョンモンスターは、その名の通りダンジョンに生息する――というより、ダンジョンに発生するモンスターのことだ。普通のモンスターより総じて凶暴で、戦うのが大変というのが人間側から見たモンスターの感想。
では、魔族側からすればどうであろうか?
答えは、否である。
なぜならば、彼らは魔族が入ってきた場合は、そこまで凶暴ではないのだから。
つまるところ、竜王はダンジョンモンスターを家畜のように設定して創造したのである。
「……例えば、俺の仲間いわく『ギルド連中がさんざんアイツに手痛い反撃を食らったから気をつけろ!』と言われたモンスターが居るんだけど……、まあトレインボア(列車のように連結して突進してくるイノシシ)なんだけど、そいつとかも基本は食料なわけね」
「ネギと一緒にお酒とみりんとソイソースで煮込むと、美味しいのでございます」
「角煮だなぁ……」
どうやら、恐ろしく凶暴なモンスターでさえ所詮は豚扱いでしかないらしかった。
「でも、もちろんそれだけじゃないんだろうけどさ」
「ええ、当然でございます。緊急時には集落や街そのものをダンジョンの内部に格納し、全てのモンスターを動員して戦ったりといった具合でございます」
「通りで旅の道中、魔族の村とかが少なかったわけだよ……。そもそも隠されていたんじゃなぁ」
ちなみに王国付近にあるダンジョン百八のうち、エースたちが攻略したものはわずかに四つである。彼いわく「あんなに時間とられるのを延々とやらされるくらいなら、野性の強力なモンスターと戦ったほうがまだマシ」とのこと。ダンジョンの深部に侵入を繰り返していけば、魔族の集落との激突も合った可能性を鑑みれば、エースのその発想は、あながち間違っていなかったということでもあった。
「さて、ダンジョンの内容について、ここで重要なのがお分かりになられるでございます?」
「えっと……、ダンジョンが壊されないこと?」
「それも重要でございますが、まず創造者が殺されない限りは問題にしなくても良いことでございます。それよりも重要なのは――ダンジョンのクリア条件でございます」
「クリア条件ねぇ……」
「例えば宝物を内部に秘蔵しているものの場合、トラップをすべて攻略されて宝を奪われたらそれでオシマイでございます。いざとなればダンジョンを崩壊させてしまえばよいという発想もあるでございますが……、女神の加護を受けている人間には、意味がないのでございます」
「大半の冒険者に適応できる条件だけどね、それだと……」
「だからこそ、どの条件でクリアするかが重要なのでございます。ボスを倒すか、一定数のモンスターを討伐したら終了とするか。つまり、ダンジョンから出て行ってもらうための条件でございます。いくら無限に湧くモンスターでも、一日の稼働率においては限度があるでございます」
「稼働率……、まあ、モンスターの出現率ってことね」
ちなみに当然だが、ダンジョンマスターたる竜王が殺されれば、全てのダンジョンはその機能を停止することとなる。その代わり、新にダンジョンマスターをたてることが出来れば再度稼動するのだ。
全てのダンジョンは、エースやエミリーが居るこの竜王城と、システム的に繋がっている。
城が稼動していれば、その信号を受けて他のダンジョンも動き始める。
だからこそ、竜王城にエースが主として君臨しているため、王国周辺全てのダンジョンは現在、滞りなく動いているのだった。
「……あー、とすると王城の周りで『竜王討伐!』とか言って人が乗っ取っていたダンジョンとか、大変なことになってるんじゃ――」
「ご心配には及ばないでございます。そちらも対処済みでございます」
「優秀だなぁ……」
言いながら、エミリーはどこからともなく掌サイズの装置を取り出した。両手に一つずつ。それをテーブルの上に置くと、再び両手に二つ。置いては増やし置いては増やし……エースが「ちょっと待って!」と言い終わる前に、彼の目の前には大量の装置が山になっていた。
「……こんなにダンジョンスイッチ出されても、意味がわかんない」
「おや、ダンジョンスイッチだというのは分かるでございますか」
「ちゃんと読んだからね。ほら、さっきスライムもどき作ったスイッチ」
そう言って、エースはエミリーが出したものと同系統の装置を取り出した。……といっても装置のビジュアルについて言及していなかったので、ここで説明を入れておく。造形としては「手よりも大きいサイズのチェスの駒」の上に、スマートフォンが乗っかっているような形だ。それが約三十個ほど、エースの前でピラミッドに積み上げられている。エースが取り出したのは、そんな黒い山とは違い、白い色をしたものだった。
「しかし何でまた、ダンジョンの管理装置がこんな妙な形状なのか……」
「管理するための操作はしやすいと思う、でございます」
「いや、そりゃそうだけどさ……」
エースが言いたいのは「何で自分が生まれ変わる前の世界にあったもののような形状をした装置が存在しているのか」というようなことなのだが、いかんせんエミリー的には「そういうもんだ」という認識なのである。暖簾に腕押しだと予想できたため、エースは深く追求することをしなかった。考えれば、竜王は臨死体験(?)中のエースにコーラを振舞ったりしているのだ。そういう疑問も今更である。筆者としても、出来れば回収したい伏線だ。
「さて、以上の講義をもとにこれから、本格的なダンジョン構築のためのポイントを説明していくでございます」
「ポイント?」
「どういう風に罠を張ったら良いかや、ダンジョンモンスターのライフサイクルなどでございます」
「より本格的な講義に映っていくわけね。なるほど……。でさ、提案なんだけど、一度休憩にしない? 少し自分なりに整理したいし」
エミリーによる授業時間は、こちらの感覚で換算すると約五十分。根っこの感覚が未だ小学五年生のエースからすれば至極妥当な提案(要求?)だったのだが、
「駄目でございます」
あっさりと棄却された。
「緊張状態を持続しないと、こういった『生物として生きていく上で全く必要のない情報』は、身に付かないのでございます」
「いや、でも長時間同じ作業だけやらせれてると、ほら、作業能率が――」
「下がるようなら、叩いて潰して引き伸ばして無理やり戻すでございます」
「その発言、君、本当に従者!?」
「当然でございます。さあ、しまっていくでございますよ~」
無表情にそう言いながら、エミリーは黒板の文字を魔法で掻き消したのだった。
モンスターやトラップとかについてのエミリー先生講座は、書き出したら膨大になりそうで挫折しましたので、細かい部分は追々説明されることと思います。
次回は一週間以内の投稿だと幸せです。
※2015/1 重要部分の設定を現在設定に合わせました




