一章十二話:こだわり
エミリー「しばらく私のターン! でございます」
エミリーが食事の間に帰還すると、まず、彼女は驚かされた。
「姿形なんて何ら意味はないって、マジだったとは流石に思ってなかったよ……」
そこには、エースが居た。
いや、エース?
声は青年のものにしては甲高い。
いや、それ以前に――。
先ほどまでエースが居た場所に座っているのは、幼い少年に他ならない。
年は十歳ちょっとほどであろうか。黒髪黒目、少し気だるそうな印象を受ける。
服装は黒尽くめでも何でもない、エミリーの見たこともない格好だった。もっともそれは、筆者に言わせれば子供用のトレーナーと長ズボンに他ならないのだが。
首からは紐に通された、「しおり」とひらがなで書かれた紙がついている。
……端的に言おう。
そこにあるのは、異世界の小学五年生の姿である。
「この体格で見ると、結構俺って身長高かったんだなぁ……」
ぱん、ぱん。
二回拍手を打つと、次の瞬間そこにはエースが居た。
いや、お察しの通り、どちらもエースに他ならないのだが。
一瞬だけ驚いた顔をしたエミリーだったが、すぐさま無表情に戻りぱちぱちと拍手をした。
「おめでとうございます。もう、半精霊の力を使いこなし始めている様でございますね」
「あー、帰って来たのね。……うん、まあ、一番最初のページから延々と書かれていたからね」
テーブルの上にある手記は、既に九十ページは捲られていた。
それでもまだ全体の一割にも満たないのだが、充分読み進められている方だろう。
エミリーが部屋を出てから、帰ってくるまでわずかに五分強。
この男、どんだけ読む速度が早いんだよ。
筆者でもせいぜい、四十ページくらいが限界だぞ。
だがその速読の成果なのか、エースは自分の新しい能力をモノにし始めているようだった。
「まさかもう『変化』を体得されつつあるとは、このエミリー、驚嘆にございます」
「食事が終わった後に『お勉強でございます』って差し出された時には何かと思ったけど、流石に竜王本人が書いていただけだって、案外分かりやすいというかね。コツとか、出来ることとか」
テーブルの上に乗っている書物は、食事が終わった直後にエミリーから手渡されたものである。
書かれている内容は、竜王による日記のような、研究書のようなもの。
竜王が年齢的に少年だった頃……竜の尺度で測ったときに、少年という概念がどの程度の年数なのかエースにはよく分からなかったが、それでも年若い竜王が、破壊神の加護を受けた後。
この書物は、そんな竜王が自らの身体と、能力の使い方を書き記したものであった。
「まだ完璧には使えないんだけど、衣服くらいは自由に変えられるかな?」
再び、二度、手を打つエース。
今度は体格ではなく、格好のみが変化した。
微妙に見慣れない服装に、エミリーは頭をかしげる。
「何でございます? その、燕尾服と呼ぶには粗雑な構成の格好は」
「この服は……、まあ、燕尾服ほどじゃないけど、格式ばった場所に出席するための礼服だよ」
エースは、現代的な「ビジネススーツ」に関する説明をざっくり省いた。
「よく分かりませんが、それは、微妙に説得力がないでございます」
ただし彼のイメージしたものが「会社帰りに友人と飲んだ帰りに、美味しいものを買って帰って来た酔っ払い親父」のスーツ姿であったため、ネクタイを額に巻いていたり、ジャケットがよれよれだったりしていたりするのだが。
顔も思い出せないくせに、そういう微妙なことばかり覚えているのが子供というものである。
もっとも、現在の彼の年齢は既に子供ではないのだが。
指摘されてバツが悪かったのか、エースも頭にひっかけたネクタイを解き、シャツのボタンやジャケット共々、きちんと着なおした。
「で、あったの?」
「こちらに、でございます」
多少はまともになった格好のエースに一瞬だけ目をにこっと細めると、エミリーはどこからともなく拳大の水晶玉を取り出した。
「これを持って、相手の顔を頭に思い浮かべれば、おおよその場所を映してくれます。持ち主の魔力を消費して動作するものでございますので、深く考えずにどうぞ、でございます」
「そうか。んー、じゃあまずは……」
水晶に映し出されたのは、砂漠であった。
いや砂漠かは分からないが、水晶に映った映像が砂嵐である以上、草が生い茂っている場所とは考えがたい。
「ニアリー、いきなり砂漠地帯で死体探しとか頑張りすぎだろ……」
王国を南西に進むと、巨大な大河を隔てた砂漠地帯がある。
その大きさはあまりに広大であり、大国がすっぽり入ろうかと言う地域に砂嵐が吹き荒れている。
その砂嵐を行った先に、かつて戦争の時に戦場となった「遺跡」が眠るのだが、おそらくそこにニアリーは向かったのだろう。
青年は、肩をすくめて確認する。
「……エミリー、砂漠地帯に一人で行けって言ったら、出来る?」
「生存率さえ考えなければ、でございます。……いくら竜でも、高頻度で起こる竜巻を何度も喰らいたくはないでございます」
「まあ、そうだよね……」
エースは、ニアリーと連絡をとるのをすぐ諦めた。
この切り替えの速さこそ、我等が主人公である。
次に、彼はカノンをイメージした。
「…………………………………………………………………………あれ?」
しかし、水晶には何も映らない。
訝しげな目を向けるエミリーと、何かを考えるようなエース。
やがて「あー、そうか、こういうのも駄目なのか」と彼は唸った。
「どうしたでございますか?」
「ん~。カノンってさ、自分が『味方』と認めた相手以外が放った魔法を受け付けない体質なんだよねぇ、確か。魔法具だろうが何だろうが関係なしに」
エミリーは、目を見開いた。
「それは……、どういうことでございます?」
「だから、えっと……。例えば、味方が回復魔法を使えば、彼女を回復させることは出来る。でも、敵が彼女に呪いをかけたとしても、それをあっさり無視することが出来るって感じ」
「……は?」
「んー、まあ、その唖然とする気持ちは分かる。俺だって最初、仲間になる前に出会った時は口があんぐりだったから」
エースの説明には、いくつか情報が欠けている。
カノンから聞いた話しでは、彼女が精霊の長と剣を交えた仲であり、その際に得た加護こそが「マジックキャンセル」である。
しかし、それを省いて事情だけ説明した。
ほぼ全ての魔法無効化などという、とんでもない能力の所在を明らかにしたくなかったのではない。確かにエースは、まだエミリーを完全に信じきっているわけではないのだが。
カノン曰く『あれは、まあ、身の程知らずの子供がやった恥だ……。あまり広めないでくれ』という約束なのだった。
本人の意向どおり、身内の恥をさらさない程度には紳士なのである。
だが、その省かれた情報を除いていても、エミリーの頭の回転は速かった。
「……ならば、貴方様の捜索なら受け付けるのでは? でございます」
「俺もそう思ってやってみたんだけどね。そうなると、原因は俺の側にあるんじゃないのかな……?」
両者の話し合いの結果、考えられる可能性は二つ。
一つは、勇者の能力が奪われていること。エースの魔法は「聖剣」に依存している。「聖剣」を持たない頃の彼は、剣術と無縁などころか魔術の才能すら欠片もなかったのだ。それでも彼が魔法を使えていたのは、「聖剣」による能力の補助効果によるものであった。
もう一つは、彼の体が既に人間のものではないこと。「聖剣」を使っていた頃の彼は、あくまでも人間でしかない。対して現在の彼は、既に半分は精霊の魔力を持っている。
どちらにせよ、彼女と一緒に居た頃の彼の魔力と、状態が異なるのだ。
「あるいは、両方かもしれません、でございます」
「そうなると打つ手なしだなぁ……」
頭を抱えるエースを横目に、エミリーは食器の片づけを再開した。
「……というか君、魔法無効化については信じるんだね。疑わず」
「お父様から『勇者の仲間に、自分が放った上位魔術を刀でぶった切った女が居た』と笑いながら説明されたことがある、でございます」
「嗚呼、間違いなくカノンだね」
「……その上位魔術、私がやっとの思いで最近取得したものなのでございます」
「んー、それはまあ、ドンマイということで」
けっ、と、彼女らしくもなく、ふてくされた顔をした。
どうやら何かが彼女的に気に入らなかったらしい。
まとめた食器を持ちあげながら(!)、再び瞬間移動のように部屋を後にしたエミリー。
しばらく帰ってこないだろう彼女のことは置いておいて、エースは椅子に思考を練った。
「連絡が取れないとなると……。一応、王城付近の情報とかは欲しいかな?」
勇者であった自分と、その仲間の少女が殺されたのだ。
普通に考えて、何も起きないとは思っていない。
自分を殺した相手が、何某か事を画策しているのだとすれば、もう、手遅れでさえあるかもしれなかった。
「……流石にカノンを手篭めにとか、考えているヤツの行動ではないだろうしなぁ」
自暴自棄になったカノンが王城を破壊している映像をイメージしてしまい、思わず彼は、王城の安否を確認した。
「……じじぃ、――」ちなみに水晶に映したのは、国王様の姿である。「――食べろとちゃんと言ってるのに、何故豆スープしか取ってないんだ。肉を食べろ、肉」
何か思索に耽りつつ食事をとる王様の姿に、とりあえず、自分の考えていたとんでもない事態にはなってないことをエースは確認した。
ちなみにだが。この「セイレーンの瞳」を使うためには、膨大な魔力と「破壊神の加護」が必要だったりする。エース本人にとっては「ちょっと眠くなる」程度しか魔力を消費していないのだが、その程度の疲労感で済んでいる段階で、もう既に、彼の身は人の領域を逸脱していた。
「でもまぁ王城が無事だったからと言って、国内がどうなっているかとかはねぇ……」
ない頭と知恵をしぼって、エースは考える。
国内でもある程度の人気があった英雄が暗殺されたのだ。流石に隠しきれるわけはないだろう。その悲しみと怒り(?)の矛先を、どこに向けるのが一番効率的か。
「……やっぱり、魔族とかかな? 亜人相手に大義名分立てたりするメリットが低いし。あと何より、俺が竜王を殺しているわけだから、表向き、魔族側に動機があるようにも見えるか」
竜王と話して魔族の実情を知っている彼からすれば、見当違いも甚だしいところだったが。
情報を権力者が小出しにするだけの今現在にあっては、国内の世論は踊らされるばかりだろう。
「まあ、じじいとかアスターとか、一部の連中は気付いているかもだけどね。でも、戦争ムードとかになったら流石に収拾つけられないだろうよな……。いや、もしかしてそれが狙いか? う~ん、今一読めないなぁ……。元々、考えるのはセイラ担当だったし」
自分を殺した相手の思惑、その一つにエースは思い至ったが、流石に全部までは理解できなかった。自分の立場や存在、思想を危険視されている、ということにまで頭は回らないらしい。
何度も言うが、彼の基本的な考え方は現代の小学五年生レベルなのである。
「……まあでも、このままやられっぱなしという訳でもないさ」
「何が、でございますか?」
いつの間にか戻ってきていたエミリーに、エースは一瞬驚く。しかしすぐ体勢を立て直し、彼女にミッションを与えた。
「出来ればなんだけど、王城付近の町々で情報収集とか頼めない? 長くなってもいいからさ」
「構いませんが……、それは何ゆえでございますか?」
「報復と復讐……あ、いや違うな。おイタをした奴等に、せいぜい御仕置きをするための準備さ」
そう言いつつ、エースは良い笑顔になった。とんでもなく良い笑顔である。カノンが見たら、思わずキュンときて抱きついてしまうかもしれない。そういう笑顔だ。
しかしその裏側に潜むは、勇者として振舞ってきた青年ではなく、一人の青年エースとしての憤りに違いない。
「殺しはしないけどね。勇者やってる時に、嫌ってくらい殺しはやってきたから。でも、対決するにしても情報は必要でしょ?」
エミリーは。頭を下げて了解を示した。
そして最後に、彼はようやく、いまさらながら彼女に対して聞くことにした。
「……そういえば、君、エプロンドレスの格好のまま行くつもりだったり?」
「おしゃれは、乙女の嗜みでございますことよ?」
ふりふりのメイド服めいたそれを翻しながら、口調をやや崩し、表情すら一変させて彼女は微笑んだ。
それは何と言うか、無駄に可憐な微笑みだった。
ここで調べ上げた情報を、エースが利用するのが結構先になるという事実を、この時のエミリーはまだ知る由もなかったのだ・・・。
続きは、一週間以内に投稿できると幸せでございます。




