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一章十一話:破壊神様が見ているかは知らない

おっかしいなぁ、毎日投稿するつもりじゃないはずなのに・・・。

 物を口に入れながら会話をするのは、実際、行儀が悪いことなので控えなさい。

 そういう風にしつけられて来たエースである。

 小学五年生までの人生で。

 それゆえ、最低限のマナーを守っていれば大丈夫だろうと考えながら常日頃、食事をとっていたのだが、しかしその考えは甘かったと理解させられる。まあ何に対して甘かったのかは知らないけど……。

 竜王の娘。

 金色の角が生えた赤毛の少女。

 無表情な彼女のテーブルマナーは、まさに完璧だった。

 別にエースは、そういったことに詳しいわけではない。

 しかしエミリーの一挙手一投足からは、どことなく気品があふれ出ていた。

 それはつまり、マナーを守ることが常態である証。

 意識してやっている、といった挙措が見受けられないのだ。

「……一つ聞くけど、竜王もテーブルマナーとかは、そんな感じだったの?」

「もごもご……、ごくん。いえ、でございます。むしろお父様がしっちゃかめっちゃかに食べるのを見て、こうなってはいけないと色々頑張ったでございます」

「それは、ご愁傷様」

「……?」

「いや、何故そこで頭を傾げたし」

 いまいち、少女との会話がつかめないでいるエースであった。

 王女と会話した時にも、微妙な齟齬のようなものは感じて居たが。

 この少女との会話は、もう何というか、種族だとか身分だとかとは全然別な部分で何かが決定的に異なっていると、エースは感じたのだった。

 世間では、それを天然ボケと言うのかもしれない。

 さて。

 食事をしながら、少女エミリーと色々現状確認につとめたエースである。

 色々と波長がずれている相手から情報を引き出すのに苦労したエースであったが、それでも最低限、自分の置かれている状況を把握できた。

 第一に、ここはかつて竜王が住まっていた城であること。それはもう分かっていたことだが……。

 第二に、自分は少女の助力で復活できたこと。彼女が自分の死体を回収し、再生させるための魔法陣を使って復活させたのだということ。

 第三に、己の身体は既に人のものではないこと。

「……まあ、確かに一度死んでるからねぇ。でもアンデッド化したならしたで、案外普通なんだね。もっと本能に忠実な化け物にでもなるかと思いきや」

「いえ、それは違うでございます。貴方様は、お父様と同じく『破壊神様の加護』を受けた身でございます」

「……ん、どういうこと?」

「今の貴方様は、お父様に近しい存在だということでございます。常識的な生物のカテゴリーにとらわれず、一般的な魔力の縛りをなんなく突破し、世界に破滅を唱えることができる――今の貴方様は、そういった存在でございます」

「つまり?」

「半分精霊ということでございます」

 エースは、ずっこけた。

 座っていた椅子から転げてしまった。

「どうされましたか大丈夫でございますか?」

「早口になってるのが、動揺してるってことなのかは知らないけど……、まあ大丈夫、大丈夫」

 とりあえず、座りなおしたエースであった。

 ただその表情は、引きつった笑いに相違ない。

「えっと……、半分精霊? 人間と精霊の、あいのこってこと?」

「微妙に違うでございますが、理解しがたいのならそれでも構わないでございます」

「いや、半精霊って存在は竜王から聞いてはいたからそこは別にいいんだけど……。えー? 全然実感ないんだけど」

 コーラ片手に飲みながら交わした会話を思い出しつつ、エースは自分の体を見た。

 胸元に風穴の開いた服。その下からは、以前の自分より妙につやつやした肌が覗く。

 しかしそんな微妙な点を除けば、身体は一律、以前となんら変わりないのだ。

 魔力が増えたという実感もない。

 そんなエースの様子を見つつ、エミリーは驚きの声を上げた。

「お父様と……、話した?」

「あー、うん。何というのかな……、死後の世界? じゃないとは思うけど、そこでちょっとね」

「そうでございましたか……。元気にしていらっしゃいましたか?」

「死んでいるのに元気っていうのも変だけど、まあ元気だったよ。無駄に若い人間の姿で現れたりしてね。結局、あの精神世界みたいなのについて一言も説明なかったし」

「相変わらずのようでございます。ごういんぐまいうぇい」

「そっか、それは相変わらずなのか……って、えっと、一つ聞いていいかな?」

「何を、でございます?」

「君、俺に対して恨みとかはないわけ?」

 その時、エミリーのとった表情を何と形容すべきだろうか――。

 しばしの沈黙の後、彼女は口を開いた。

「私は、お父様から常に『王の補佐』として育てられ続けました。自分亡き後、次世代の『王』を補佐する存在として、私は育成され続けました」

 その声音は、普段と変わらぬ無感情。

「ですから、お父様が心底気に入り、破壊神様の加護さえ授かれた方に、私的な感情を持ち込むことはありません」

 しかし、それはどこか先ほどまで以上に無感情のように聞こえた。

 まるで、何かを誤魔化すか、覆い隠そうとしているかのように。

 その言い回しと態度に、己と竜王との姿を重ねたエースは、

「……そっか」

 他の言葉を、見つけられなかった。



※   ※    ※    ※



「さて、これからどうしたものか……」

 頭を抱えるエースに、食器を片付けつつエミリーは無表情に頭をかしげる。

「ん~、食べながら説明したけどさ。俺、勇者の能力を盗まれてるんだよ。そう考えると、いくら半分精霊だとは言ったところでなぁ……」

「それでしたら、心配ないでございます。今の貴方様は、事実上不死身ですので」

「……は?」

 気が付くと。

 エースの胸板に、ナイフが一つ。

 しかしそこから血が噴き出すことはない。

 赤い魔力で出来た繊維状の何かが、うねうねと傷口に揺らめいているだけだった。

「……何、このキモいの」

「キモ……?」

「気持ち悪いってこと。何この気持ち悪いの……、というか、え? え? え? 何これ、心臓に突き刺さってない!?」

 驚くのが遅いエースであった。

 だが、驚嘆すべきことに痛みを全く感じない。

 エミリーが右手を「くいっ」と動かすと、それに合わせてナイフが彼女の手元に戻った。

 そして、赤い繊維が縫製していく。

 傷跡など、どこにもなかった。

「つまり、そういうことでございます」

「いや、説明にも何にもなっていないんだけど……」

「ご覧の通り、普通の攻撃では貴方様を殺すに至らないのでございます。お父様の時はそれが炎だったのですが、貴方様は繊維のようになるのでしょう、でございます。破壊神様の加護により、貴方様はそう易々と死にはしないのでございます」

「ビンタは何でダメージ入ったの?」

「私限定の裏技でございます」

「いや、知らないけど……。とにかくその説明のために、実際に人の心臓破壊に乗り出す辺り、君も大概だよ。流石、竜王の娘ってところかな。人間の尺度に合わせろとは言わないけど、せめて亜人とか、一般的な魔族くらいの尺度に合わせようよ、考え方をさ」

「いえ、他の魔族でも貴方様のようにはならないでございます」

「……もしかしてこの能力、精霊を除けば、俺と竜王限定?」

「この国では無論、にございます」

「竜王以上に厄介だこの娘……」

 まだ一日と会話していないが、エースは理解した。

 竜王は基本的に一般的な竜の尺度で物事を測っていたが。

 どうやらその娘は、自分の父親を基準に物事を考えているらしかった。

 通りで会話がズレズレな訳である。人間尺度の勇者と竜尺度の竜王とで、微妙に会話がズレていたのだ。その上をいく領域に至っては、もはや想定外どころではない。

 眉間をつまんで唸るエースに、エミリーは不思議そうに頭をかしげるばかりだ。

 どうも本人には、そういったズレに関する自覚がないのであろう。

 筆者的にも、書いていてちょっと大変である。

「……まあ、その話は後日に回そう。それはともかく、少し頼みたいことがあるんだけど……」

「何でございます?」

「俺のパーティーメンバーと、連絡を取りたい」

 エースの言葉に一瞬だけ嫌そうな顔をすると、エミリーは無表情で続きを促した。

「簡単に言うと、俺の能力を奪った魔法具なんだけどさ。その警告と、彼らの安否確認もかねて。確か魔族には、特定の人間を調べ上げたりする魔法具があったと思ったんだけど……、えっと――」

「セイレーンの瞳、にございます」

「ああ、それね。それを使って、場所とか探したり出来ない?」

「おそらく可能でございます。少々お待ち下さい、でございます」

 部屋の奥にある扉まで一瞬で移動し(!)、この部屋を少女は一度、後にした。

「……あの移動方法、確か縮地とか言ったっけ?」

 それは、かつてセイラが彼に語った、魔術の極地の一つである。

 この世界の魔法は、「火」「水」「土」「風」の四大元素を基本とするものである。これらの要素を二つ、三つ足し、他の現象を引き起こすのだ。例えば「火」と「風」で「雷」、「土」と「火」で「金属」といった具合である。ただし、「火」と「水」、「土」と「風」同士は上手に作用しあわない。

 これらは、二つ足せる者は逸材、三つ足せれば天才とまで呼ばれる。

 だが、彼女はさらに上があると語った。

『相対する属性同士、四つの元素をまぜたら、何がおこると思う?』

 エースはよく分からなかったが、それにセイラは呆れつつもこう答えた。

『四つの元素で世界はできてるんだから、四つともいっしょに使えるなら、世界そのものを使えるってことよッ!』

 早い話が、「空間支配」である。「空間」属性と言い換えても良いかもしれない。

 当然だが、そんな理屈を示した魔導書など何処にもありはしない。

 しかし、セイラは確信して断言した。

 それに曰く――魔族の使う「闇」の属性魔法は、その出来損ない、低級のものだと。

「『御伽噺に出てくる魔族たちは、一瞬で海を渡ったりしていたんだから、昔は使えたのよ、きっとッ!』だったっけか。あの時はまあ話半分に聞いていたけど……。もしかすると、もしかしてなのか?」

 エミリーが帰ってきたら聞くことが出来たエースは、とりあえず、自分の目の前に置かれた書物を一瞥した。

 分厚い手記である。

 城同様にわざわざ人間サイズに調整されたのか、それとも元から人間サイズのものなのか、エースはいまいち理解していない。

 ただ、確実に言えることがある。

 とんでもなく量がある。とてもじゃないが一日とかで見終わる感じではない。

 本の表紙には、こんな風にタイトルが書かれていた。


――破壊神の加護の使い方研究書――


「若い頃、書いたっていってたけど……」

 ページをめくると、一番最初に書かれたページでさえ六百年ほど前である。

「……まあ、エミリーには読んでおいた方がいいって言われたし、試しに目を通すか。暇だし」


 こうして元勇者は――本人の自覚も薄いままに、魔王への道を一歩踏み出したのだった。


人は彼女を、メイドテレポーターと呼ぶ(ただし一人だけ)。

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