三章二十九話:何だと思ってるんだ
ちょっとまだ不定期ですが、とりあえず一話
オルバニアの各所、王国が把握している箇所とすれば五箇所だが、それらに同時に新たなダンジョンは現れた。
たとえば、交易都市オルバルの真上。まるで空中都市のような、下方にプロペラのついた浮かぶそれは、ややスチームパンクなデザインでオルバルの上空を漂う。オルバル圏内を外れる事のないそれは、太陽の傾きに合わせて徐々に位置をかえるものだ。
たとえば、リリトシャに現れた建築物。怨嗟こそ欠片も残さず消え去っているが、あまりに元素が乱れたため草一つ生えて居なかったその土地全体を覆い尽くすように現れた、コロッセオのようなそれは、一見してわかるほど余りに大きい。
例えばアケロマルバスに現れた、縦方向に長い塔。外観は直方体の立方体で、壁面に内部がうっすらすけるような加工がほどこされている。というか、知識さえあればそれはどう見ても高層ビルに電波塔が合体したようなそれだった。
たとえばトトラントに現れた、横に広いオシャレな外観の巨大な建物。建物の周囲には綺麗な花が飾られており、また流れる音楽と宣伝たる人間と魔族とが、注意を引く。
そして、ガンドレイの森の一角と引き換えに現れた、水の都。砂漠にほどちかい場所だと言うのに、まるでここだけ海を切り取ってきたような、そんな斬新さがある。
「……何がしたいのでしょうかな」
ハボック・ハボック法務大臣は、己の顎をなぜながら頭をかしげる。
老紳士という言葉が似合いそうな、貴族らしい派手さと、国王やら王妃やらの私服同様の質素さを併せ持つような奇跡的なバランスの服装だ。
相対的にその場で一番偉そうに見えるが、しかし実際国王は彼の横にいる、銀色の王冠を頭に乗せた三十代くらいの男性である。
数日前、突如出現した五つのダンジョン。騎士や憲兵、冒険者らの報告書を閲覧して、外観と施設の目的がさっぱり理解できないハボック。彼にとって魔族とは単なる敵であり、このようなわけのわからないことの裏には、何某かの策があるものと見ていた。
しかし、そのハボックが認めた国王たるセラストは、彼らしくもなく笑いながら報告書に目を通していた。
「そうかの、割合簡単な目的じゃと思うが」
「それは、いかなるものでございましょう」
「商売じゃろ」
は? と頭を傾げるハボック。肩を震わせながら、セラストは頭をひっかき、思い出すように言った。
「確か、移動サーカスと言ったか。……オルバニアでは一般的なものではないかもしれないが、大道芸の一座が、キャンプをはって、己等の芸を見せる施設をつくり、入場料で捻りを受け取るというものがあっての。傾向としてはそれに近いのではないか?」
「魔族が何故そんなことを今更……。何か罠でしょな」
「いや、何も考えていないやも知れぬ。下手すれば、自分達が遊びたいからということかもしれんのぉ」
その王の言葉でどこぞの支配人がくしゃみをしながらベッドから飛び起きたかは定かではないが、しかし、王国側はそのダンジョンの出現にたいそう混乱した。
まず未知のダンジョンが発見された場合、王国では憲兵たちが様子を伺い、場合によっては騎士団が中に入って制圧する。その後、ある程度の安全が確保された状態で冒険者らが入るのが、常とはいわないまでも、人間が暮らす領域に現れたダンジョンの扱いである。
だが、今回のダンジョンはその対応が果てしなく謎であった。騎士団たちからは「入るまでも泣く、おそらく入ったところで無意味」と言わしめたそのダンジョン。この世界で生きてきた人間でも、頭の硬い人間ほどそのカルチャーギャップを理解できまい。
詳細な報告書の欄を読みつつ、セラストは微笑む。「マグちゃん、どんな反応するかな」とつぶやきつつ、資料を机の上に置いた。
報告書に描かれた、それらのダンジョンの入り口の図。憲兵達の画力の差が歴然と出るその絵であったが、しかしいずれにも、共通した要件が存在した。
すなわち、いずれの出入り口もアーチ状であること。
もう一つはその上の看板に、次のようなことが書かれていたことだ。
「――“りゅーおーらんど”へようこそ!――」
そう、察しの通り?
つまるところそれは、“黒の勇者”にして、魔王“娯楽主義者”の計画の、ほんの序章に過ぎなかったのだッ!
※
アスター・リックスの拘束がとけると、エリザベート・オルバニアは彼にかけだし、ひしと抱きついた。
「あ、あの、エリザベート様?」
彼としては彼女から漂うフルーティーな香りやら、体温やら、発育未来志向中な身体の接触やらにドギマギしてしまうが、エリザベートの表情は真剣なものであった。少なくとも、母親のそれよりは豪奢なドレスが、独房まで続く廊下で泥まみれになっても気にしないくらいに、必死さが伝わってくる表情だ。
「大丈夫でしたか、アスター! ダリアさんに、酷い目に合わされたりしませんでしたか?」
「えっと………………………………、まあ、大丈夫です」
「何なのです、その間は!」
「えっと、あはは……」
お茶を濁すアスターと、そんな彼をぐわんぐわん揺さぶるエリザベート。
「……てめぇらは、オレを何だと思ってるんだ」
そんな二人に敬意の欠片も感じさせない言葉を飛ばすのは、長身の美女である。
長い髪を頭の後ろでまとめぐるぐる捲きにしており、帽子を軽く被るその顔は美しい。目のきつさや厚めな唇にはえもいわれぬ色気があった。
着衣はゆったりとした看守服であるが、下にあるスタイルの良さを一切隠せていない。すらっとした足はだぼついたズボンであっても足のラインをある程度想像させる張り方をしており、胸元の意図しないボリューム強調など含め、着衣しているはずなのに壮絶な、何とも言えない「いやらしさ」がそこにはあった。
エリザベートは、アスターを庇うように彼の前に出て、彼女に頭を下げた。
「おつとめご苦労様です、ロシュロール看守。それでは、監獄へおかえり下さい」
「別にオレは、あっちが根城って訳でもねぇよ。ダグナのあんちくしょうが元気やってるかの確認もあるし。大体てめぇ様の親父から仕事を回されて、このとっちゃん坊やのお守をしてたんだ。いつも通りと言えばいつも通りだが、お嬢ちゃんは礼儀を弁えていねぇ」
「でしたら、ロシュロール看守も私やお父様に敬意を払うべきです。最低限、口調だけでも直してはいかがでしょうか?」
「はんっ、それこそ阿呆だ。オレとダグナは、てめぇ様の親父に頭を下げられたから来たんだ。いわば契約上、本来なら俺等は対当ってことだ。やっこさんから言われたら直すが、その娘であるてめぇ様に、その対当であるという立場を引っ張るまでもねぇぞ小娘」
エリザベートとなぜかいがみ合う彼女は、ダリア・ロシュロール。
現王国の看守筆頭であり、かの騎士団長、ダグナの実姉であった。
「でしたら、なおのこと私には敬語を使いなさってください。私は、王女ですよ? そのことを傘に着るつもりもありませんが、やはり育ちの悪さでしょうかねぇ」
「はんっ、王女であっても、てめぇ様は王妃ではない。そして王位継承権も下の方だ。どこにオレが敬意を払う必要がある? 王族ってだけなら、五年前に首切られた財務大臣だってだろ」
ダリアの言ってることは、実際は結構ギリギリな台詞である。下手すれば首が飛び兼ねないというものであったが、しかし彼女は一切引けをとらない。まるで、そうすることを極端に拒否するかのように、エリザベートの棘のある言葉に元気につっかかっていっていた。
両者は、いつもこれである。少なくともアスターがエースに戦い方を習っていた時、エリザベートがエースの下にきたのと同時にダリアがダグナ共々現れた際、この光景を目撃している。その後何度か両者の遭遇は起こったが、しかしなぜかこの両者は常に仲が悪かった。
一体何があったのだろうと思いつつも、しかしアスターは日和る。
「ま、まあ二人とも。えっと……、とりあえず、セノを出してあげてください」
「あん? はっ、まあ構いやしねーけどよ」
鼻で笑いながら、アスターの頭をぽんぽんと叩くダリア。それを見ながらエリザベートは、何故かこう、両手を握って彼女を可愛らしく睨む。
まるで、小動物が大型肉食獣に警戒するかのごとき有様だった。
「おらよ。じゃな――」
セノの檻を開け、奥から引きずり出して投げるダリア。エリザベートに向かったそれを、アスターがそれとなく受け取る。その際、ちょっと顔面がセノの胸元にうずもれたりもしたが、魔力≒精神力を駆使してなんとかノーリアクションをつらぬいた。
テキトーに手を振りながら立ち去るダリア。真っ赤とまではいかないまでも、エリザベートは顔を赤くしている。羞恥ではなく怒気である。
去り行く背中に、エリザベートは呟く。
「……何故あんな品性の欠片もないクソ女が、エース様と仲よかったのでしょうか」
「あはは……」
こういうところは悪癖だろうな、とアスターは密かに思った。
「でもエリザベート様、クソ女は言葉きたないですよ?」
「何か聞こえまして?」(にっこり)
ダリアが王女にため口なのは、ホントはもっと別な理由があったり……