三章十八話:ない物ねだりはしたくないけど
アスターは、困惑した。
「えっと、大きいですね。……お嬢様?」
突如視界から消えたエリザベート。
目を見開き、周囲を見回す。そこかしこ人の出入りこそあれど、エリザベートやイシュリーの姿はない。
人攫いかと思って見ても、どこにも急いで走る人間やら何やらは、発見できなかった。
「あれ、おかしいな――っ!」
そして、気付いた。
さきほどの大きな風車が、消えていたのだ。
「魔法だろうか?」
否、と首を左右に振りたい気持ちこそあったものの、しかし現実として、少女とエリザベートの姿が見えない。さきほどまで風車も自分は確認していた。それらの同時消失について、彼なりに結論を出すことができない以上、その発想は早計とは言えまい。
ぬかった。
しかし、突如大声を上げて騒ぎ出せば周囲から不審がられる上に、自分の正体が露見してしまう。そうなった場合の自分や自分の家、エリザベートの立場などが、脳内でリスク計算としてはじき出されるあたり彼も貴族といえば貴族であった。
が、それ以上にアスターは拳を握る。
実力に対する過信もあった。
自分に対するふがいなさもあった。
だがそれ以上に。
「……何をやった?」
彼の脳内は、日和見主義者としては珍しい激情に支配された。
わかりやすく喚きはしない。逆に感情が振り切れ、クールダウンしているくらいだ。
その冷静な怒発天はどこかエースの戦闘モードを思い起させるものであるあたり、彼等はやはり師弟関係といえば師弟関係なのだろう。もっともエースほど合理効率に支配されてるわけでもないあたりに、人間性の違いは出ていたが。
怒りで我を失いはしない。そうすれば、肝心の彼女の居場所の特定すらままならないのだから。
だとすればまず、やることは一つだ。
首にぶら下げた魔法石を握りつつ、エイトラインの柄を取り出す。
「持って居れば、付与効果は使えるから――リキ・アナラ・フリド」
風と水の元素が彼の周囲にまとわりつく。
水の元素で作られたヴェールの内側に風の元素が入りこみ、二種類の効果が内部で発生。
加速度的に空気の運動にもまれる水元素と、その逆で一切の運動から解放される水元素。
二種類の相反する状態が彼の体表面で発生する。
第二段階合成属性「氷蒸」の元素状態である。
アスターが獣王との戦い時にようやく使えるようになった、新しい魔法属性だ。
「相手の人生のために、自分の人生を使いつぶす覚悟でしたっけ――っ」
組み合わさった元素が、徐々に、徐々に周囲に煙のように分散していく。
魔術の属性としては、現象を引き起こす形で元素を集めて居ないため、それらは別に水蒸気になったり、あるいは霜のように拡散していくわけではない。
氷蒸の特性は、状態推移。
状態の変容、停止、拡散などを司る。
これを応用し、周囲に魔術の使われた元素の形跡がないかを調べようというのだ。
魔術を使うということは、元素を用いるということ。
必然、術を使えばその周囲の元素が多少乱れる。
例えるなら、水彩色鉛筆の絵に水滴を落して滲ませたような感じだろうか。
人間は基本的に元素そのものを直接察知することが叶わない。
ゆえに、こうして間に別な元素を介入させることで、視覚に頼らない感知を行おうと言うのだ。
だがしかし、使い慣れて居ないことや取得してまだそこまで時間が経過していないこともあり、代償はいくらかある。
「えっと、流石にこれは……」
なれない事をしてるから精神力=魔力を削っている、というわけではない。
合成属性というのは、当然二つ以上の元素を何某かの形で組み合わせることで、新しい現象を引き起こす魔法に相違ない。
それは、当然ただ元素を寄せ集めているというわけではない。
魔力を用いて何某かの動作を元素同士に行わせ、別な事象を引き起こしているということだ。
第一段階合成こと、四大元素の魔法以外の取得が難しい理由がここにある。
新しい現象を引き起こすための自然法則を理解し、なおかつそれを魔力のみで再現しなければならないからだ。
もともと元素や魔力自体、魔法を使える人間にとってすら感知が曖昧であり、どれくらい元素を集められているか、きちんと意図した通りに運用できているかすらちょっと怪しいのだ。だからこそ魔法石という補助具を使い、その魔法を行使するための動作を補助したりするわけである。
つまるところ、現在のアスターは「使い慣れて、使用するのに最適化されていない魔法」を、無理やり使っているのだ。
集めている元素や、使っている魔力の無駄な消費は当然ある。
「……っ、カノンさんやっぱすごいな……」
しかし、それでもアスターは耐える。
エイトラインの補助により魔法の効果は多少増強されているが、かかる負担や付加は通常時とさほど変わらない。辛い。頭ががんがんに痛い。目の奥が焼けるような錯覚を覚える。
しかし、それでもアスターは引けなかった。
「ここで引いたら、嘘っぱちじゃないか――っ!」
果たして、そのモチベーションに答えるがごとく、魔法は周囲に浸透した。
やはりというべきか、元素の乱れはさきほど、「ててんさん」の建っていた場所にあるようだ。
足を進めて、周囲を観察する。
より細かい部分の分析を続けるアスター。エイトラインによる補助のお陰で、普通の魔術師や憲兵では気付き難い細かさで行えるのは、擬似とはいえ勇者の役得というべきだろうか。
「……あった」
果たして、アスターは見つけた。
それは、爪跡のようなものだった。
一見して動物の引っ掻き傷のようなものが、奥の建物の壁に残されていた。
唯一、それ以外に違和感は発見できない。
アスターは、近づき確認する。
「……何だこれ?」
近くで見て、その違和感に気付いた。
傷としてはそこそこに深い。深いのだが……、周囲のシミにそって掘られているため、気付き難い。獣の爪跡のようであるにもかかわらず、明らかに作為的な、隠そうという意志が感じられた。
「これが、魔法の発動の起点?」
そしてもう一つが、その傷跡そのものについてだ。
魔法をまとって放たれた一撃、というわけでもあるまい。その場合、もっと尋常でない違和感が出ていることだろう。さきほどのアスターの感知とて、エイトラインを使ったから捕捉できたようなものだ。だというのに、見つかったものは傷跡一つ。
つまり、これは、どういうことだ?
「……どうしようもないな」
エイトラインを仕舞い、アスターはその傷跡を指でなぜる。
と、その時である。
彼の目の前に、暗黒色の壁が現れた
「っ!」
ばちん、と弾かれるアスター。
受身もとれず、そのまま地面に転がる少年。路地から大通りに飛ばされたので、多少目立つ。「だ、大丈夫か?」と道行く、疲れた顔をした男(ローブやら腰に巻いた道具からして、錬金術師だろうか)が駆け寄る。
「……えっと、大丈夫、です」
「そうか? なんか大分酷い感じの転がり方だったが」
「いえ、本当に大丈夫ですから。……あれ?」
「このカツラ、坊主のか? ……変わった趣味してるな、変装か?」
「い、いえ、まあ、そんなものです」
ちょっと見当違いな一言に苦笑し立ち上がりながら、アスターはさきほどの場所を見る。
わずかに黒い壁が残っていたが、数秒もかからず霧散した。
「……結界か?」
アスターの出した結論は、単純なものであった。
懐から再びエイトラインを取り出す。
「……ありがとうございました。では」
「お、おい坊主?」
すたすたと歩き、路地の間へ向かうアスターを、男は呼びとめようとする。明らかに何かあった人間の顔と挙動であることは、第三者が見て一発だろう。
事実、今度は「黄金色した」剣持ちながら、再度弾かれた彼を見れば、状況は確定的である。
「……ない物ねだりは、したくなんだけどな」
エイトラインを見ながら、苦笑するアスター。
精霊剣は、使用者の腕次第で魔術すら切り裂くという。
しかしそれは当然、使用者の腕以外に依存しないということであり――実力が足りなければ、当然相手に対してナマクラ同然ということでもあるのだ。
もう一度立ち上がり、今度は元素をまとわせ、走りながら特攻をかける。
否、特攻だけではない。
「雷咆! わっしょい!」
完全回復してるかすら怪しいというのに、けっこうな大技を使うアスター。
と、流石に今度は剣が黒い壁にめり込んだ。腕のぶんを、技の威力と元素の膜で乱せたのだろう。
だが、やはりモノを言うのは実力なわけであって。
「……どうしたらいいんだ?」
再度跳ね飛ばされた彼の声には、わずかに涙が含まれて居るようであった。
アスターがやったのは、魔力を用いた反響定位のようなもんです




