三章十七話:大きい、ですね
今回ちょっと短めです。
表の市場、店と店の中間にある通りのあたり。邪魔にならない程度の位置取りで、アスターたちはころんだ少女を介抱していた。
「えっと……大丈夫?」
「い、いたいぜ……、ぐすっ、でもがまんだぜ! がまんすれば、立派なめいどになれるんだぜ!」
「な、なんでメイド……?」
「ほら、おいもですよ? 食べます?」
「おんにきるぜ……、じゃなくて、ありがとうございます!」
涙目ながらも、エリザベートの差し出すふかし芋にかぶりつく少女である。
大事あるといけないからと、一体どこに持っていたのか知れない簡易救急箱から小ボトルを取り出し、エリザベートはアルコールをにじませたふきんで傷口を一瞬なぜた。「ひゃっ!?」と驚かれたものの、そのまま泣き続けることもなく、案外少女は消毒慣れしていた。
まあ、そうだろうなとアスターは苦笑い。「やすっちいけどうまいな!」と叫びながら、傷ついたばかりだというのにじたばたしていた。幼児でも多少は警戒して、もっと怯えるものだろう。
彼の脳裏には、うっすらと“黒の勇者”パーティーに居た天才金髪幼女の姿が幻視される。年齢は同じ位なのに、どうしてここまで違いが出た。片や年齢以上の知性と物腰(ただしちょっと短気)、片や年齢以上の幼さと無邪気さ。
ただ立ち上がると頭を下げる辺り、しつけは行き届いて居るらしかった。
「ありがとう、おにーさん、あねご!」
「どういたしまして。えっと……、お、お嬢様?」
「……何故、私が姉御などというけったいな呼ばれ方をされているのです……?」
珍しく仏頂面で、くてんと頭をかしげるエリザベート。特にその語調に問題があったわけでもないが、謎の威圧感を感じるアスター。
もっとも、それは社交的な非言語コミュニケーションに他ならない。十歳くらいの少女といえど、中身が実年齢以下っぽい彼女にはいまいち理解されていなかった。
むしろ、くてんと頭を傾け返されて、エリザベートの方が苦笑したくらいだった。
「あねご、どうした? ぐあいでも、わるいか?」
「……いえ、何でもありませんわ? あ、傷口に少し魔法をかけるので、動かないでください?」
ただ、ちびっ子に対するエリザベートの対応は、一応年長者らしいものであった。
それでも確認はするようだが。
「どうして私が姉御なんですか?」
「へ? だって、おにーさん、舎弟だろ?」
「えっと……え、えっと、へ?」
二度見するアスター。エリザベートは横目で確認できる範囲でニコニコしていたが、やっぱり色々とまずいオーラを漂わせている。
何とかせねば。
「えっと、僕はアース。こちらのエリザお嬢様の、まあ……、小間使いのようなものです。えっと、だから舎弟というよりは、雇い主と使用人ってところだね」
「しよーにん……? メイドか、おにーさん!? おにーさんメイドなのか!!」
「メイドは女のヒト限定ですよ?」
さとすエリザベート。まあフォローというか、言ってることはボケボケの少女に対して的確であるものの、なんとも頭の悪いやりとりが続く。真っ青な顔で両者を見比べる少女と、わけもわからず困惑するアスター。ほんのり微笑みながら、メイドの定義というか呼び方とかについてレクチャーするエリザベートという状態だ。時折彼女がアスターを見て、くすっと噴き出すという謎の行動もみられたが。
まあそう言う彼女の頭の中には、何故かふりふりメイド姿のアスターが浮かんでいたという事実は彼女以外あまり幸せにならない事実であるのは、少しだけ付け加えておこう。
さて。
「メイドじゃないんだな、おにーさん……。イシュリーは、イシュリーなんだぜ! よろしく、あねーさんたち!」
「姉御でなくなっただけ、マシととらえるべきでしょうかアース?」
「えっと……」
オリジナリティのある積極的な意見回答を求められる、日和見主義者には辛い環境であった。
「イシュリーちゃんは、どうしたの? 今日は」
「お、そうだ! 大変なんだぜ、イシュリーのお父さまとお母さまが、迷子なんだぜ! さっきまでいっしょにいたんだけど、『ててん』さんが出てきたら、みんないなくなっちゃったぜ」
ちなみに聡い読者諸兄ならお気づきかと思われるが、この少女は間章に出てきたイシュリー・コールに相違ない。その両親も押して知るべしであるが、残念なことにアスターとイシュリーとに面識はなく、対象が誰かを想像するのは難しい。
が、まあそう言ってる本人が迷子なことは、第三者的に容易に想像がついた。
当の本人にその自覚はないだろうが。
「えっと……、どうしましょうお嬢様?」
「憲兵に渡してしまっても良いですが……、難しいところですね」
アスターとエリザベートの会話に、にこにこしながら疑問符を浮かべる少女。
実際、この問題は色々な要素を孕む。
この国の憲兵隊はイコールで警察組織だが、同時に治安維持的な活動も行っている。
ある程度安定しているとはいえど、オルバニアでも食べるのに困る地域は大小存在している。そんな場所からの捨て子が、一定数王都に集められるのも事実。単なる迷子であったとしても、厳格な応対ができない子の場合は捨て子扱いされて、すぐさま孤児院に回される可能性も高い。
憲兵が保護している段階で保護者が問い合わせれば、無論すぐ再会となるだろうが……、子供の応対が弱すぎる場合、すぐに孤児院行きとされる可能性も、なくはない。
この判断の弱さは現在、教育大臣を中心に対策が議論されている問題である。
エリザベートもこの話をアスター経由で耳にはしているので、すぐさま憲兵に突き出すという発想にはなれない。なぜならば、
「どこではぐれたんですか?」
「そこだぜ!」
指差す場所は、壁である。
まあ、こんな具合の彼女だ。放逐して人浚いにあうのも、預けて孤児院行きになるのも後味が割る過ぎる。この場合問題はイシュリーが色々奔放すぎることなのだが、残念ながら嘆いても解決に結びつかない案件であった。
「……とりあえず、同行してもらいましょう。もしかしたら、はぐれた場所を思い出せるかもしれませんし」
「……ここら辺り近辺でうろつくってことで、良いですね。そのうちに見つかるといいですけど」
「?」
無邪気に頭をかしげる少女に、アスターとエリザベートはそろってため息をついた。
「……えっと、ちなみに『ててん』さんって何かな? いまいち正体がつかめないんだけど」
「? あれだぜ?」
イシュリーが指差す先。
そこには、巨大な風車があった。
「……大きい、ですねアース」
そりゃ大きい。全長で二階建ての建物の屋根近くいってる高さ、地面からある程度離れた位置がタイフーンの最低高度であるといっても、そりゃそれなりの大きさである。
大きなそれは、寒気にあおられ結構早く回転している。
丁度その軸の根元のあたりがぐらぐら揺れており、「ててん、ててん」と確かに聞こえなくもない。
こういう珍妙なものは、初めてみるエリザベート。風車は彼女の父親が小さい頃につくってくれたものがあったが、こう大掛かりなものは初めて見た。
ちょっとした感動を味わっているエリザベートであったが、だからこそ、気付くのが遅れた。
「……アース? あれ?」
気が付けば、彼女が両肩を置いているイシュリーを除き。
周囲からはヒトの姿が消えていた。
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