三章十六話:ててんててんの、ててんててんで、ててんててんなんだぜ!
送ればせながら。
城下町。
建物としての煌びやかさこそあまりないものの、王都マグノリリスはやはり王都。
経済包囲状態に近いオルバニアにおける数少ない交流都市たるオルバルについで、人口も商売の数も多い。
必然それは人々の活気にも繋がり、賑わいと活力を盛り上げていた。
とはいっても、まあ、無駄にハイテンションに騒ぐ国風ではないのだが。
宗教的に質素倹約を宗とするといっても、やはり人は多少贅沢をしたがるもの。わいのわいの集れば飯を食べたり酒を飲んだり歌劇を見たり、とにかく色々ということだ。
冬場において、それはより一層増している。
寒さなんて吹き飛ばせ! というのが、やはりどこも共通しているのだろう。
「……で、そんな冬場でも食材が多く並ぶ市場というのは、やはりセラスト王が積極的に推奨した魔法併用の農業が身を結んで居るんでしょう。実際、リックス領でも収穫高は倍を超えるそうです」
「そうですか、アース。……実際に目で見ると、やはり不思議に思えますね。だって、冬場はほとんどの作物は育たないでしょう? 雪も降りますし」
「えっと、育つ作物もあるにはあるようですけどね。しかし雪は、王都はまだです、お嬢様」
互いに若干ぎこちなさの残るしゃべり方の少年少女。
オルバニア的には成人ちょっと前の少年と、大して年の離れて居なさそうな少女。
黒髪のくしゃっとした、なんだかキノコの傘のように盛られたふわっとした頭の少年である。服装は黒いチョハコート。丸首シャツに長いパンツとブーツで、その上から羽織っているようだ。
黒色のツインテールな髪型の少女は、地味な色合いのディアンドル姿。ポイントポイントにきらびやかさの入ったスカートは、当たり前のように丈の長いもの。ただブーツに引っかからない程度には、気を使った長さである。首に巻かれた魔法石つきチョーカーは、サイズ的に護身用か。
アースと呼ばれた少年が、少女の手を引きエスコート。
周囲を見回す少年に反し、少女は少し頬を赤く染めていた。
決して寒さからだけが理由ではあるまい。
「お、お熱いねぇ。その熱気、少しでもウチの亭主にわけてやってくれよぅ!」
「えっと、あはは……」
苦笑いするアースと、そんな彼に不満そうな少女。ちょっとふくよかな出店のおばちゃんは、がははと勇ましく笑いながら愚痴を零す。
「ここんところ朝方冷え込むからって、なかなか起きないんだよぅ。全く商売にならないだろっての! 呼びこみも料理も亭主がやるのが一番美味しいってのに。アタシは、大したの出来ないって言ってるってのに全く」
「えっと……、でしたら、直射日光にあてると良いかもしれません」
「え、どうしてだい? 確かにウチの人は部屋、寒いって言って締め切ってるけど」
「僕の先生みたいなヒトの話なんですけど、農作物みたいに人間も、日に当ると身体が朝が来たと認識して起きやすくなるのだとか。あとは布団を重ねるとか、とにかく温度を上げるのが良いと」
「そんなもんかねぇ。私なんかは一発で起きれるのだけれど。」
「僕も多少は気を付けてますね。でも、暗い部屋より明るい部屋の方が、気分も盛り上がりませんか? ……あ、そのじゃがいも蒸したやつ、もらえますか?」
「あいよ! 銅貨二十さ」
「……あれ? 張り紙と値段――」
「おまけしてあげるよっ! ほら、いいかっこ見せてあげなさいっ」
ばしっとアースの背を叩くおばちゃん。そして暖めなおした芋三つが入った袋を両者の手に渡し、二人を送り出した。
苦笑いしつつ、少年は案外丁寧に芋を頬張る。
「胡椒が効いてますね、うん」
「……アース、何だか食べ歩きが手馴れて居ますね」
「へ? えっと、いえいえ。お嬢様は初体験ですか?」
「食べながら歩くのは行儀が悪いとしつけられています。けれど……」
見渡す限り、老若男女どれもこれもが、肉だったり何だったりを食べ歩きしていた。
「……挑戦します。んっ」
ちょっと足取りが不安定になりながらも、少女は芋を頬張る。
くしゅん、と一瞬咽るが、口の中のものを吐き出さないのは家の教育のたまものか。
背中をさする少年に何ら疑問も持たず受け入れる少女という絵面は、なんとも微笑ましいものがあった。
と無理やり飲み込んだ後、少女が少年にしか聞こえない程度の声で、質問する。
「……さっき言った先生のような人というのは、エース様のことですか?」
「えっと、まあ、はい。雑談という程度でしたが、軽くしてもらいました。僕もうろ覚えなんですが……、確か医学書か何かの話だったかな?」
困ったように頬をかく少年。その動作に合わせて、黒髪のなかからちょっとだけ栗色の毛先が見え隠れしていた。
と、いうわけで。
お察しの通りこの少年少女、アスター・リックスとエリザベート・オルバニアである。
エリザベートの発案による、突発的なお出かけである。
「やはり知識が広いのですね、あの方は……」
「本人は趣味みたいに言ってましたっけ。……あ、そういえば現在、エースさんのギルド宅にある本とかは?」
「部屋ごとお父様が管理を引き継いでいるようです。……供養なさらないあたり、私にはよくわかりませんが」
「へぇ……」
おや? と、エリザベートはアスターの顔を見る。
彼女は何か違和感を感じ取ったのだが、それが何とは断言できない。
エルフは上位種になれば「魔力で相手の精神性を理解する」感性や「状況からその状態に至るまでの過去と未来を高い精度で予想できる」洞察力を発揮することができる。その大本となるエルフは感受性や五感が鋭く、必然第六感もそれなりである。
ハーフエルフとしての血が母親より強く出えているエリザベートゆえ、その六感はなかなかに鋭いのだが、それはあくまで本人が自覚してこそ。
アスターの反応に対する違和感は、具体的な予想もなにもあったものではない。
それゆえ、彼女は疑問に思いはしたものの、とりあえずは気にしないことにした。
事実としては、アスターはカノンから「エースが生きているかもしれない」可能性を聞かされていたということだが。まあその根拠自体かなりアレなのは一章十七話を参照していただくとして。
曖昧な笑みを浮かべる彼の予想としては、国王もまたエースが生きていると考えているのではないか、というものであった。
「しかし――」
もっとも、それを表に出すようなアスターではないが。
「お嬢様、案外ばれないものですね」
「へ? ああ、そうですねアース。……やはり髪色が大きいでしょうか」
アスターはあからさまなほどにカツラであるが、エリザベートに関しては、実は地毛である。
透き通るような金髪を漆色に染めているわけではない。これが本来の彼女の髪色である。
首に巻かれたチョーカーこそが、その現象を引き起こしている正体だ。
「ある程度“理の手”を抑えていますから。髪型や容姿だけでなく、魔法使いでもすぐには見破られないと思いますよ?」
ころころと笑うエリザベートはたいそう愛らしく、アスターは赤面する。
髪色一つで雰囲気がずいぶんと違う。こうして見れば、顔立ちにどこかオリエンタルな血が混じって居ることがわかるだろう。母方の血か父方の血か。どちらにせよ普段との違いによる新鮮さは、少年にとってリアクションを返し辛い。
理の手――すなわち魔力。
エルフの中でも、とくに魔力の強いエルフなどはその髪の毛に元素の性質が現れる。
万能色たる白を中心として、様々な系統の色合いが髪色に直接現れるのだ。
彼女の母マグノリアも、戦闘時一時的な魔術強化をはかった場合、その頭の色を大きく変化させる。ゆえに、とくに普段から何をせずとも髪色が変化してるエリザベートは、普段から多く元素をまとっている状態にあり、かつ人間よりエルフの血が濃く出ているとも言えた。
それはともかく。
「私としても、上手に護衛をまけているならそれで良しなんですけどね。お母様が本気になったら私の位置など、数秒とかからず補足されるでしょうし」
「いや、それはどうなのかと……」
「私が死んでも、継承権は兄様の方が高いですし。両方死んだ場合でも、他国に居る親類から回されることでしょうね。お父様もお母様も、二号三号は一切つくっていませんし」
オルバニアの今後が心配になる話であるが、これは先王の時代、子供があまりに多く継承問題でごたごたがあったという事実も踏まえての反動もあるので、一概に彼女の両親を責めることもできない。そもそも兄であるマウリッドが生まれた段階が、未だクーデター終了前であったこと、エリザベートの出産がオルバニアでは高齢出産に入る段階だったことを考えても、一考の余地はあるかもしれない(あくまでオルバニアにおいて、という意味でだが)。
「という冗談は置いて置いて。私も知らないのですが、普段から監視が数人ついているようなのです。それに、今はアスターが居ますし」
「えっと……、頼っていただけるのは大変ありがたいことなんですが、過信するのもどうかという……」
「それを言い出せば、トラブルの種などそこかしこですよ? ……アスター、さっきから否定ばかりですが、私とお出かけするのはそんなにつまらないです?」
「ええ!? いや、えっと……」
かなりの無茶ぶりをされて狼狽するアスター。
と、そんな二人が歩いている時である。
「ててんててんの、ててんててんで、ててんててんなんだぜ!――きゃんっ」
そんな風に歌いながら、十歳くらいの少女が彼等の目の前ですっ転んだのは。
ちなみに髪の毛について言うなら、セノ→影魔法ゆえ元素を集めず黒、ギャラクティカ→四大元素どれが秀でることもなく魔力が極端に強いため白、みたいな感じです。




