悲しみの心、交わる想い
翌朝、レイドはソファーの上で目を覚ました。
「ふぅ。もう朝か…。」
「おはよう。」
レイドが起きたのを見たシリアが、コーヒーカップを両手に持ち向のソファーに座る。
「はい。コーヒー。」
レイドはありがとう、と言ってそれを受け取る。そしてコーヒーを一口飲み、シリアに目を向ける。
「…もう、大丈夫か?」
「大丈夫よ。寝たらスッキリしたわ。もう少ししたら研究所に乗り込みましょう。」
スッキリした、と言うシリアだが、レイドにはどこか無理をしているように見えた。
「シリアは此処にいていいぞ。俺一人で行くから。」
「馬鹿言わないで!私が頼んだ事なのに本人が行かなくてどうするのよ!?」
レイドの言葉に間を空けることなく、強い口調でシリアは言った。
「それに…、可能性はゼロじゃないんでしょ?」
「……ああ、そうだな!」
1時間後、レイドとシリアは準備を済ませ外へ出た。おそらく、今日は雨。暗い雲に覆われた空は今にも泣きそうだった。これがどういった意味を持つのだろう、などとレイドは考える。しかし、答えが出てくる筈はなかった。
「レイド?行くわよ。」
「あ、ああ。」
レイドはそこで思考を止め、歩き出した。
シリアの家は、海岸近くに在った為、洞窟まですぐに着いた。
「行き止まりか。どこかに隠し通路でもあるのかな?」
洞窟の奥まで入るが、道は途切れていた。二人は辺りを入念に調べ、石壁に付いていたボタンを押し、研究所までの通路を見つけると、海底へと続く長い階段を降りて行く。
「行くぞ、シリア。」
階段の先にあった扉の前で、レイドはそっと扉を開けた。海底に在る為、ジェルラード並みに広く、少し肌寒い。
レイドは奥へ進む途中、至る所に爆弾を仕掛けていった。
「何だ!お前達は!?」
不運にも、曲がり角で二人の研究員と遭遇してしまったが、レイドは瞬時に気絶させる。そして、近くにあった部屋に誰も居ない事を確認すると、二人の研究員を引きずり込み、着ていた白衣を脱がす。
「シリア、これを羽織れ。」
二人は白衣に身を包み、再び廊下へ出る。この場所がバレることは無いと思い込んでいる研究員達は、同じ白衣を着たレイドとシリアに疑問を持つ事もなかった。二人が堂々と散策していると、【幹部以外立ち入り禁止】と書かれた看板を発見する。躊躇うこと無くその先の通路を進んでいると、一際大きな扉が目に入る。
「……間違いなく、何かあるわね。」
「良い予感はしないけどな。開けるぞ。」
レイドが扉を開ける。
「これは!?」
「…人造生命体の失敗作保管場所ってとこかしらね。」
その広い部屋の中には、びっしりと並べられた液体の入ったカプセル型の装置。その中に固定されている、人とは言い難い人造生命体。
「間違いないな。一体どれだけの人を犠牲にすれば気が済むんだ!」
レイドは唇を噛み締め、怒りを隠すように言葉を出した。
「……気が済む事なんてないのよ。ここまで出来る組織なんだから。」
「狂ってやがるな。」
レイドは、何台在るのかも分からない程のその装置の所々に爆弾を仕掛けていった。
「やはり此処まで来たか…。」
「!?」
突然の声に二人は扉の方を振り返る。そこにはホスト風の男と一体の人造生命体の失敗作が立ち塞がっていた。
「お前はあの時の!」
「そういえば自己紹介がまだだったな。私はダイン。ヴァルログ様の側近だ。」
「ダイン!悪いがこの研究所は破壊させて貰う!」
レイドは、時限爆弾の装置を見せる。それを見たシリアが止める。
「ちょっと待って!父を捜すのが先よ!」
「爆破は構わない。この研究所はもう用済みだからな。それから、ヤマトの娘よ。父に会いたいか?」
「当たり前よ!本当に生きているならね。」
「生きているさ。ヴァルログ様もそう言っていただろう。」
「何処にいるの!?」
シリアはダインに銃を構える。その様子を見たダインは大声で笑う。
「何処にいる…だと?此処にいるじゃないか。私の横にな!」
「ま…さか。」
銃を構えていたシリアの腕が下がる。
「そうさ!この失敗作がヤマトなんだよ!」
ダインは面白そうに悲惨な事実をシリアに告げた。
「うそ……でしょ……?」
「嘘じゃない。これに見覚えは有るかい?」
ダインは一枚の紙切れを取り出し、シリアに投げる。シリアは、横にひらひらと落ちた紙切れを拾い、目を向ける。
「――〜〜!!」
それは一枚の写真。その古びた写真に写っているのは小さいころのシリアであった。シリアは口に手を当て涙を零す。
「モンスターになる瞬間まで握り締めていたよ。残念ながら失敗作になってしまったんでな。声を聴くことはもう出来ないがな。」
「貴様!!」
「我々を裏切ろうとするとこういう結果になる。君達も試してみたいんだがな…。じゃあヤマト君。君の娘と久々に遊んであげるといい。」
そう言ってダインはその場を後にしようとする。
「お前は殺す!」
レイドは剣を抜き、背を向けるダインに狙いを定める。しかし、今は怪物と化したヤマトが邪魔をする。それによって簡単にダインに逃げられたレイドは一度シリアの元へと戻る。
「クソッ。シリア!あれはもうお父さんじゃない!闘うんだ!!」
レイドの言葉はシリアの耳に入る事は無かった。
「シリア――」
もう一度声を掛けようとするレイドだったが、既に怪物は二人に向け、攻撃を仕掛けていた。レイドは意を決して剣を構えて、怪物に突き刺した。
「……悪く思うな。……シリアを守る為だ……。」
レイドは怪物から剣を引き抜いた。ゆっくりと倒れ込む怪物とレイドの目が合う。
「!!!」
レイドは驚いた。倒れ込む怪物が笑っているように見えた。…いや、確かに笑っていた。間違いなく笑顔だったのだ。その姿にレイドは立ち尽くす。そして、倒れ込んだ怪物にシリアが駆け寄った。
「お父さん!いや、死なないで!!」
「……シ…リ…ア……。」
「お父さん……?」
シリアにも、レイドにもはっきりと聞こえた。失敗作の人造生命体が言葉を出した。笑った。そして今、目から涙を流していた。普通なら考えられない事であった。二人の想いが科学技術の領域を超えた、としか言いようが無い。その後も何か言っているようであったが、その言葉はレイドに届かなかった。そして、そこでヤマト・マグレーナは静かに息を引き取った。
レイドは落ちていた写真を手に取り、シリアに近寄る。
「……シリア、……いくぞ。」
シリアはレイドの言葉に首を振る。
「じゃあ…どうする?」
「……私も死ぬ…。」
シリアは今にも消えそうな声でそう呟いた。それを聞いたレイドは唇を噛み締め、目をとじた。そして直ぐにシリアの腕を掴み、強引に立ち上がらせると、頬を叩いた。シリアにとって、レイドのこの行動は信じられなかったのだろう。涙が流れる目で、レイドを睨んだ。それに戸惑う事もしないレイドは大きな声を出す。
「お前が死んでどうする!お父さんの日記に何て書いてあった!?お前のお父さんの願いは何だった!?お前が死ぬ事じゃ無いだろ!お前が死ぬことを願っても……俺がさせない!!」
そう言うとレイドは、シリアの手を強制的に引っ張り、その場から走り去った。
外はやはり雨が降っていた。この雨は、俺達を冷静にさせる為、泣いている事を隠す為に降っていたんだな、と心の中で空に向かって呟いた。
シリアを洞窟の穴付近に座らせると、レイドは雨の打ち付ける海沿いに足を運ぶ。そして、ずっと続いている海を眺めながら、爆弾のスイッチを押した。海は激しく吹き上げ、大きな渦を巻いた後、何事も無かったかのように平凡な海へと戻っていった。
シリアは洞窟の壁にもたれかかり静かに寝息を立てていた。
「ごめんな……シリア。」
小さくそう呟くと、シリアを担ぎ家へと戻る。
シリアをベッドに寝かせ、毛布をかけた後、父が大事にしていた写真を顔の横にそっと置き部屋を出る。
リビングへ戻ったレイドは、コーヒーの入ったカップを持ち、雨の見える窓際へ移動すると、
「シリアの悲しみも苦しみも……、全部洗い流してくれよ。」
そう雨に願い事をかけた。
その日の夜中、レイドは僅かな物音で目を覚ます。
「シリア……」
レイドの目に入ったのは、静かに外へ出て行くシリアの姿だった。レイドもゆっくりソファーから起き上がりシリアの後を追った。
「…お父さん。……私はこれからどうしたらいいの?」
雨が降りしきる中、洞窟の在った海岸へ移動したシリアは、海を見つめ呟いた。何を考えようとも、シリアの頭の中には何も浮かばない。
「……風邪引くぞ。」
その声で、シリアはゆっくりと振り返る。レイドには泣いているのかどうかは分からなかった。
二人は見つめ合ったまま、静かな時が過ぎていく。
「俺を……恨んでいるか?」
その静けさの中、優しい声でレイドが尋ねた。
数秒後、シリアが口を開く。
「いいえ。私は……私自身を恨んでいるわ。…何故私が産まれてきたの?…私がいなかったら、お父さんはもっと幸せだったんじゃないの?…フランも、私と逢わなければ死ぬ事は無かったんじゃないの?レイドだって私と――」
シリアはそこで口を閉じた。
レイドが優しく、正面からシリアを抱き締めていた。
シリアの目から、自然と涙が零れる。
「そんなに自分を責めるなよ。お父さんは、シリアがいたから幸せだったんだ。フランもシリアを助けたかったんだよ。……シリアがそんな調子だと、二人とも更に心配するぞ。……シリアは独りじゃないから。俺がいるから。俺がずっと側に居てやるから……そんな事言うなよ。」
レイドが優しく言ったその言葉で、シリアにも久々の笑みが戻った。
「それって……プロポーズ?」
「さあ、どうだろうね……。」
「ふふ、宇宙船の時と同じ答えね。」
「そうだったか?」
「そうよ!……お父さんが最後に言った言葉、教えてあげる」
「何?」
「……いい男を見つけたな、だって。」
「見る目あるな。君のお父さん。」
「フフ、そうね。あと、フランもね。」
振りつける雨が見守る中、二人はそっと口づけを交わした。




