父の日記
レイドとシリアは、街の奥にある一軒の家の前で足を止めた。
「ここよ、私の家は。」
「良いところに住んでたんだなぁ。」
周りには他に家は無く、裏は青く続いた海が広がっている。
「ええ。私と父の…思い出の場所よ。入りましょう。」
家の中は二年間空き家だった事もあり少し埃っぽかったが、当時の生活が解るかのように片付いていた。
「お父さんの部屋は?」
「その前に、そこに座って。傷の治療してあげる。」
レイドをリビングのソファーに座らせると、シリアは救急箱を取り出し、簡単な治療をしていった。
「綺麗に片付いてるな。」
「私は綺麗好きなの!」
「見た目そんな感じだもんな。本当に手掛かりは何もなかったのか?」
「ええ。それなりに家中探したけどね。はい、これでいいわ。」
「サンキューな。」
「父の部屋はこっちよ。」
部屋に入ると、シリアはビッシリ詰まった本棚。レイドはタンスの中や、机の引き出しを中心に調べ始めた。
調べ始めて1時間。これといった手掛かりは無く、シリアの周りには調べ済みの本が大量に積み上げられていた。これほど調べても、本棚の半分程だ。
「なんもねぇーな。」
レイドも本棚の本をパラパラ捲っている。
「少し休憩しましょう。お茶を入れるわ。」
「そうだな!」
二人は立ち上がり、部屋を出ようとする。が、レイドの踏んだ床が僅かに音を鳴らす。
「ん!?」
レイドがその場所を2、3度踏みつけると、ギィィ、ギィィ、と音が出る。
「シリア、なんかあるぞ。」
「え?」
レイドはその場所を調べた。すると、ガコッ、とスライドし、その場所の板が外れた。
「本?」
レイドはその本を手に取ると、汚れを払い、シリアに渡した。シリアはそっと表紙を捲った。
――10月24日――
「10月24日っていったら、父がいなくなる2日前だわ!」
それは父の残した日記だった。シリアは次ね頁を捲る。
そこにはこう書かれていた。
――私の娘、シリアへ――
本当は、これを私がジェルラードへ伝えるのが一番だろうが、それが出来ない為、ここに記す。
シリア。私がいなくなればお前は必死で捜そうとするだろう。だが、シリアには幸せになって欲しい。だから、直ぐにでもこれをジェルラードへ持って行ってくれ。絶対に独りで何とかしようなどと思うな。それだけが心配だ。
私はバージルーズの研究員だった。研究所はグザリスの海底に存在する。東の海岸にある洞窟と繋がっている。何故そんな場所にあるかは、研究が失敗した時、街に被害を出さない為、と教えられていた。でもそれは違った。
私が研究していたのは、モンスターの細胞を調べ、人々の病気を治すための実験をしていた。いや、その為の実験をしていた筈だった、と言った方がいいだろう。私はある時、偶然にも極秘実験の様子を目撃してしまった。そこでは、人とモンスターの力を融合し、人造生命体を造っていた。そのモンスターの力は、間違いなく私が完成させたものであった。
私の理論から言うと、モンスターの力との融合は極限られた人物しか合わない。逆に言えば、合う人物が現れた時、人並み外れた力を持つ最強の人造生命体が出来上がる。感情や痛みは無いが言葉を喋る事はでき、命令を忠実にこなす生物兵器だ。
既に、私には止めることさえ出来ない。だから私は、研究員を辞めることを決心した。しかし、奴らがそう簡単に辞めさせてくれるとは思えない。今日記を読んでいるということが物語っているだろう。
最後にシリア。お前は私にとって唯一の宝物だ。私の分まで幸せに生き続けて欲しい。
ヤマト・マグレーナ
シリアは涙を流し、本を閉じた。予想はしていた。だが、感情には勝てなかった。レイドもただ俯くだけ。
しばらく沈黙が続くが、シリアが口を開く。
「ごめんなさい。出発は明日でいいかしら?気持ちの整理をつけたいの。」
レイドに背を向けたまま、そう口に出す。
「ああ。でもシリア。ヴァルログも言っていた。君のお父さんはまだ生きてるって。…だから、可能性はゼロじゃない。」
「そうね。……でも、ヴァルログが本当の事を言うとは思えないわ。」
そう言ってシリアは自分の部屋に駆け込んだ。
重い空気が支配する中、ゆっくりと夜は更けていった。




