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チルチルチルリット  作者: けろぽん
<番外編>恋になるかもしれなかった
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21

 エミリアが行動せざるを得なくなった出来事が起こったのはその翌日のことだった。


 夕食を済ませ、後は寝るだけになり、そろそろ着替えをと思っていたころ。

 慌ただしいノックに返事をすると、少し緊張した面持ちでシーラが入ってくる。


「どうかしたの?」

「それが……、ルータスとロック様が来られております。エミリアさまはもう休まれておりますのでとお断りしたのですが、どうしてもお会いしたいと」


 ルータスと、ロック……。

 エミリアにとってあまり馴染みはないが、昔からウリウスと共に各地を旅をしている、いわばウリウスの片腕とも評される人たちだ。


「分かりました、お会いします」


 簡単に身支度を整えてふたりが待つ部屋に急ぐ。


「失礼します」


 シーラに扉を開けてもらってエミリアが入室すると、突き刺さるような視線がエミリアに向けられ、一瞬たじろぐ。


「エミリアさま、このような夜更けに無作法な訪問、どうぞお許しください」

「しかしどうしてもお目にかかってお話ししなければならないことがありましたので」


 ルータスはウリウスよりも年が上で、蓄えられた口髭も頭髪も白い。好々爺と言った風体で、エミリアにも深く頭を下げる。その隣で厳しい表情を崩さないままそろって会釈をしてきたのはウリウスと同年代か少し下であろう、がっしりとした身体つきと見上げるほどに背の高いロックはいかめしい顔つきも相まってそれだけで威圧感を感じる。


「いいえ、お気になさらないでくださいませ。何か、緊急のご用件がおありでしたのでしょう?……ご存じだと思いますが、ウリウスは在宅しておりません」


 二人は顔を見合わせ、作ったような笑みを浮かべる。


「はい、それはもちろん存じております。少し困ったことになりまして」

「困ったこと……ですか?」

「ダガール・ヴォイドという男をご存知でしょうか」


 思いもかけずにその名を出されて、戸惑いを覚える。

 何故、この二人からその名が出てくるのか。

 内心の動揺を極力抑え込み、エミリアは頷く。


「ええ、まあ、わたくしの郷里の古い知人ですわ。その方がどうかしたのでしょうか?」

「ウリウスさまがそのダガールという男にある権利を譲渡したのですが、それが今問題になっていて」


 その件に深くかかわっているエミリアは視線を彷徨わせる。ふたりともそんなこともすべてひっくるめて事情を理解しているのか、そういったエミリアの反応には特に関心がないようだ。


「どういうことが問題になっているのでしょうか?申し訳ございませんがわたくしウリウスの仕事には一切関わってきておりませんので事情がよく分からないのです」

「権利を有するということには少なからぬ責任が伴います。権利というものはそもそも市場価格を安定させ、庶民の生活に無用な混乱を招かないためでもあるのです。富の一点集中ということでははもちろん批判もありますが、価格を安定させるにはとても効率的なのですよ。しかしこのダガールという男は責任を全うせずに結果市場が混乱した。このことが国王の耳に入り非常にまずいことになりました」

「…………」

「責任能力のないものに軽々に権利を譲渡したことに対する弁明をせよとのお達しがあったのです」


 国王を怒らせた?それはとんでもないことなのではないだろうか。

 しかもダガール・ヴォイドがしたことならその責任は自分にもある。いや、自分にこそ責任があると言った方がいいか。

  

「そのことをウリウスに?」

「もちろん伝えました。しかし……」

「エミリアさま、シオン様がどこでどうなさっているのかご存知ですか?」

「いえ……わたくしはには分かりません」


 シオンは多分チルリットと共にヴィングラーとは全く関係のないところで幸せにやっているだろう、と思いたい。その後どうしているのかもちろん気にはなっていたが、あえて調べようとはしなかった。シオンの方でも二度と関わりをもちたくないだろうと思っていることだろうから。


「シオンが、何か?」

「いえ、その……ウリウスさまが少し変わられたと言いますか……」

 

 言いにくそうなルータスの言葉尻を引き取るロック。


「ウリウスさまは弁明はしないとおっしゃられた。意味が分かりますか?このままではヴィングラーの家は潰れます。すべての権利は剥奪され、商人としても終わりです。しかしわたくしたちが何をどう言ってもウリウスさまは動かれない。それならばシオン様に出ていただければ少しはましになるかもしれません。そう思いこちらに伺った次第です。わたくしどもで居所を調べてもいいのですが時間がかかり過ぎます。三日後までに弁明の場に立たなければなりません。何かご存知なら……」

「いえ、本当に分からないのです。申し訳ないのですが」


 それにもしシオンがこのことを知ったとしてもとてもそんな場に引っ張り出すことはできない。どんな顔をしてそんなお願いをすればいいのだ。


 ふたりの男は伺うようにエミリアの様子を眺めた後、顔を見合わせ、肩をすくめた。


「分かりました。夜遅くに押しかけ、失礼いたしました」

「あ、の、ウリウスは、何故弁明をしない、と?」


 帰ろうとした二人に声を掛けると少し奇妙な表情を浮かべる。


「それはわたくしどもの口からは何とも」

「あなた方は直接ウリウスに会われたのでしょうか?」

「もちろんでございます。このように重要なことを人伝にはできません。長く説得を試みましたが、ウリウスさまの心は変わられなかった。シオン様がいらっしゃれば、あるいは……いえ、なんでもありません。申し訳ありませんがこれから行くところがありますので」


 なおも質問を続けようとしたエミリアを遮るように会話を切り上げ、


「失礼いたします」


 慌ただしく去っていく二人を茫然と見送る。


 ヴィングラーが潰れる?自分のしでかしてしまったことが改めてとんでもないことだったのだと思い知らされた。

 それにしても彼のことだから、ヴォイドに権利を渡したらどうなるかなどやすやすと想像が出来たことに違いないだろうに。そうして、なぜ、ウリウスは弁明しようとはしないのだろう。このままヴィングラーがなくなってもいいと思っているのだろうか。


 エミリアはシーラを呼ぶ。


「こんな時間ですが、アギトのところにお使いをお願いします。明日の朝、馬車で伺うと。夜遅いですからルカウドにでも頼んでもらえるかしら?」

「かしこまりました。すぐに向かわせます」


 一礼して退出しようとしたシーラを呼びとめる。


「それと、明日出かける前に、わたくしの化粧も髪も完ぺきにしてほしいの。……出来るかしら?」

「お任せください。エミリアさまは明日に備えて早くお休みになって下さい。肌の状態を整えるために。あとでオイルをお持ちいたしますのでそれをお肌に塗ってからお休みください」

「お願いします」


 気が高ぶって眠れないかと思ったが、そんなことはなかった。シーラが持ってきたオイルをたっぷり顔や首筋に塗り込む。かすかに甘い香りが優しく鼻をくすぐり、穏やかな気持ちのままベッドに横になると、たちまちのうちに眠りについた。





 翌日、アギトに教えられた店に到着したのは陽がてっぺんに差し掛かったころになっていた。身支度に時間がかかってしまったせいだ。

 馬車が店の前に停車してもエミリアは動けずにいた。腹は決めたつもりだったのにここにきて急に心細さが増した。


 店は何て事のない酒場だった。夕方からしか営業してないらしく、昼になっても店はひっそりと静まり返っている。

 ソーフヒートの隣町であるガーニャは、王都から一刻ほど馬車を走らせると到着する。街の規模としては中程度といったところだろうか。ミレア・マーダーの店は裏通りの一角にあった。裏通りには酒場ばかりが並び、中には昼間だけ食堂として営業している店もあるのか、客の出入りがある。


「アギト」

「何でしょうか」


 だいぶ時間がたってから、エミリアは口を開く。

 無言で向かい合っていたアギトはすぐに答えた。不思議な男だった。目の前にいるのに存在を感じさせない。


「わたくし、どこかおかしいところはありませんか?」

「いいえ。どこもおかしなところはございません」


 ドレスはシーラが選んでくれた、上品な深い茶系のものだ。初めて袖を通したが、シーラはとてもよく似合うと褒めてくれた。髪は巻き上げ、左に毛先を垂らし、繊細な髪飾りが添えられている。いつもよりもしっかりと化粧をし、屋敷を出るときは自分でも満足いく仕上がりだったとおもう。が、ここにきて自分が道化師になったような気がした。美しく着飾ったってミレア・マーダーの美しさには敵わないかもしれない。無駄な足掻きは滑稽だ。こんなことになるなら化粧もせずに来た方がましだったかもしれない。


「エミリアさま?よろしければ店先までご一緒しましょうか?」

「え……ええ、そうね、いつまでもこうしていてもしょうがないですわね。お願いいたします」


 アギトに連れられ、店の前に立つ。


「ここからはわたくし一人で参ります」

「何かありましたら声を掛けて下さればすぐに駆けつけますので」


 何か?あるのだろうか。しかしアギトの柔和な笑みは思いのほかエミリアに安心感をもたらした。お願いしますと小さく囁き、エミリアは店の扉を開けた。


 

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