街
屋敷の周りの通り人通りも少なくはひっそりとしていたが、屋敷から離れるにつれ人が増え、歩くのが大変になってきた。
シオンは人ごみの中をすいすいと進んでいくが、後ろにいるはずのわたしが進もうとするとなぜか人にぶつかる。謝っているうちにシオンと距離が開く。何度かそんなことをしているとシオンを見失いそうになる。
「シオン様」
見かねたのかアギトがわたしの腕を取り、シオンのところまで連れて行く。
「チルリットさまはなれない様子ですので手をつながれるか腕を組まれるかされたほうがよろしいかと」
「僕がか?」
眉をひそめるシオンにアギトはにっこり笑う。
「わたくしがしてもよろしいのですか」
「……お前は普通に歩くこともできないのか」
ため息交じりにシオンはわたしの手を取ると又歩き出す。こんなときでもシオンの手はひんやりとしている。
そう言えば、わたしの手はどうなんだろう。
いつもルルにオイルを塗ってもらっているのでかさかさしていることはないと思うが逆に汗をかいてぬるぬるしているのではないだろうか。ぬるぬるした手でシオンが不快な思いをしていないか気になりだすと逆になんだか手に汗をかいてきたような感じがする。シオンの横顔が不機嫌そうなのはもしかしてわたしの手のせいではないだろうかと思うとさらに汗をかいてきたような気がして申し訳なくなる。
すれ違う人たちの中でわたしのようなドレスを着ているものは少なかったがたまに上品に着飾った女のひととすれ違った時薄い手袋をしているのを見てわたしもあれが欲しいな、と思う。あれがあれば手に触れられても汗ばんでいることを気取られずに済む。
シオンと手をつないで歩くと不思議に人にぶつからずにすいすいと進めた。ぶつかるどころか人がよけて行ってくれるかのようだ。
引っ張られるように歩きながらそれにも慣れてきて今度は目の端を流れて行く風景に意識を奪われる。
露店で雑多な商品を並べている男。店先で商品を品定めしている女。腕を組みながら楽しそうに談笑している若い男女。甘い香りのする菓子を屋台で売っている男とそれを買っている親子。楽しそうな笑顔を見ているとふと村から屋敷へと向かう道中を思い出した。トビたちは元気にしているのだろうか。トビの軽口を思い出し自然に笑みが浮かんでいたのか、
「何を笑っている?」
「いえ……あの、皆楽しそうですね」
「皆が楽しそうか。これから行くところもそうであればいいな」
大通りから細い路地に入ったところに立つわりと大きめの建物の前でシオンは立ち止まる。
「アーカリック孤児院ですか。いきなり訪問して大丈夫でしょうか」
「拒否など出来ないだろう?」
アギトの言葉に皮肉な笑みを浮かべてシオンは建物の中に入っていく。石造りの建物の中は薄暗くひんやりとしていたがどこからか子供の嬌声が聞こえてくる。
「ここはわたしが来ることになっていたはずの場所ですか?」
「そうだ。僕も何度か来ている」
勝手知ったるかのようにシオンがずんずん進んでいくと、広い中庭に出た。広いと言ってもヴィングラーの屋敷とは比べようもないし、単なる広場と言った体のものだったがたくさんの子供たちが思い思いに遊んでいて年齢もバラバラだ。大人も一人だけいて、こちらに気付いた女が怪訝そうな表情で近づいてくる。
「勝手に入ってきて誰ですか?あなたたちは」
「シオン・ルイ・ヴィングラーだ。近くまで来たので顔を出したのだが。少し見学しても?」
シオンが名乗ると女は慌てたように「お待ちください」と言い残し、建物に消える。
びっくりしてシオンを凝視しているわたしに、
「なんだ」
「シオン様もヴィングラーさまなのですか」
「当たり前だ。今さら何を言っているのだ」
「…………」
「ヴィングラーというのは苗字、いわゆる家の名前のようなものです。貴族とか王様などは当たり前にありますが、我々のような平民にはあまりなじみがないかもしれませんね」
アギトの説明に頷きながら軽くショックを受けていた。シオンもエミリアもヴィングラーならばあのヴィングラーは何と呼べばいいのだろう。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
わたしが真剣に悩んでいると建物から先ほどの女が出てきた。
「僕は院長に話をつけてくるから少しここで待っていてくれ」
「勿論わたくしもご一緒しますが」
そこでアギトはわたしに視線を向ける。
「わたしは一人で大丈夫ですからここで待っています」
久しぶりに外に出たせいか少しだけ疲れていたわたしは隅のほうで少し休もうと思い残ることにした。考えてみればほとんど身体を動かさない不健康な生活を送っていたので身体が鈍りきっているのだろう。
「すぐに戻るが……絶対にここを動くなよ」
「わかりました。ここで待っています」
しつこいくらいに念を押されてシオンはアギトを連れて建物に入っていく。




