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貴族の娘はたいてい13歳になると夜会デビューを果たす。成人になる15までに成婚するために、2年間の間に何度か夜会に出てめぼしい結婚相手を探すのだ。そのほかにも産まれたころから結婚相手が決まっていることもあるが、エミリアのような没落間近の貴族は地道に夜会に顔を出し、自分の力で相手を探すしかない。
15を超えた途端に嫁き遅れの烙印を押され、どんどん相手に求めれるレベルが下がってしまう。
もともと条件的に厳しいエミリアだったが、初めて夜会に出られたのは14歳間近になってから。
というのも夜会に出るためのお金がなかった。夜会に行くにはそれなりにお金がかかる。ドレスもいる。装飾品もいる。
たいてい盛大な夜会は首都で行われる。出席者も多く、出会いも多い。しかし辺境に住む貴族にとっては首都に向かこと自体金がかかる。わざわざ一夜の夜会のために何日もかけて首都に向かうのが大変なのでひと月ほど首都周辺に滞在し集中して夜会に向かうことになる。
エミリアも遠い親せきの家に頼み込み、二週間だけの約束で滞在させてもらい、ようやく夜会に出席できる準備が整った。二週間のうちで催される夜会は三回。エミリアの家の経済状況では多分15歳になるまでにもう一度首都で催される夜会に出席できる機会はないだろう。あとは知人の紹介や近隣で催される規模も出席者も少ないこじんまりとした夜会に出るしか道はない。
「頑張っていい人見つけてきて。姉ちゃんの人生がかかってるんだからさ」
実家を発つときにエンリに励ましなのか脅しなのか分からない言葉をもらい、エミリア自身も珍しくやる気になっていた。それなりの成果を見せなければ、かなり無理をして送り出してくれた両親に申し訳が立たない。
その日。エミリアは初めて箱馬車に乗り、夜の帳が下りてきたころ、たった一人で夜会が催されるという会場に向かった。一人ではあったが、はじめて身を包む絹のドレスの感触と、首元で控えめに輝きを放つネックレスの感触に心は浮きたつ。
薄闇の中輝くように存在感を示していたその建物も、どこかお伽噺めいていて小娘の自尊心をくすぐった。
ここに、未来の旦那様がいる。
深紅の絨毯の上を歩くエミリアは主人公になりきっていた。
会場に足を踏み入れるまでは。
まるで、世界が違っていた。
夜会は結婚相手を探す場でもあるが、貴族同士の社交場でもある。そこにいる老若男女、すべての人たちは、目にもまばゆい宝石を身につけ、流行りのドレスに身を包み、美しく化粧をし、楽しそうに談笑していた。
対してエミリアといえば着ているのはところどころ手直しはしていたが母親のお古のドレス。首元を飾る宝石も見落としそうなほど小さい。滞在先の使用人にしてもらった化粧も今となってはひどく野暮ったく見えた。
「あら、初めての方?」
壁際で出来るだけ目立たぬように息を殺していると同じくらいの年頃の女の子が声をかけてきた。
「は、はい」
痩せた少女は空色のふわりとした美しいドレスに身を包み、笑いかけてきた。隣には少しふっくらとした同じくらいの年頃の少女がこれも流行りのものなのだろう、幾重にも薄い生地を重ねて仕立てたような淡い黄色のドレスを着て小さな笑みを浮かべている。
「どちらの?」
「あ、あのエミリア=マイスキーと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
エミリアが名乗ると、二人の少女は小さく笑みを浮かべる。
「あら、わたくし不勉強なせいか、マイスキー家というものを存じておりませんわ。申し訳ありません。アイーシャはどうですの?」
「わたくしもちょっと。ああ、でもビュータ地方にそういったおうちがあるのを聞いたことがあるようなないような」
「まあ、あんな辺境から。わざわざご苦労様」
空色の少女は勝ち誇った笑みを浮かべたまま、エミリアの頭からつま先まで眺める。
「そのドレスはどちらでお仕立てされたのかしら?」
「え……」
「辺境ではろくな仕立て屋はいらっしゃらないでしょうからよろしかったらわたくしが使っているところ紹介しましょうか?」
「羨ましいわ。イートゥール家御用達のところを紹介していただけるなんて。確かそこは王族の方も使っていらっしゃるとか。でもお高いんでしょう?」
「あら、お金のことなんて無粋なことを。まあ、そうですわね。どうせ紹介しても無駄になるでしょうからやめておいたほうがいいかしら」
いい香りのするきれいな少女に囲まれ、エミリアは頬を紅潮させてうつむくしかなかった。早くこの拷問のような時間が終わってくれないかと願っていた時、会場がざわめいた。
それはたった今夜会に到着した一人の背の高い青年に向けられていた。
背筋を伸ばし、一目で高価なものだとわかるほど仕立てのいい夜会服に身を包んだ青年は、小さな歓声に少し照れくさそうに笑みを浮かべながら中央の華やかな一団に迎えられている。
「あら、まあ、無粋を絵にかいたような方がまた現れましたわ」
水色の少女が忌々しげに吐き捨てる。
「何の家柄もない庶民が来るところではありませんのに、ねえ?」
黄色のドレスの少女は意地悪く同意し、ぼんやりと和やかに談笑する青年に視線を向けているエミリアに小さくささやく。
「あなた、初めてですから気をつけたほうがいいですわよ?あの方、貴族との縁が欲しくて片っ端から声を掛けているらしいですから。卑しい商人風情が滑稽ですわ」
「まあ、でも?あなたほど地味ならば目につくこともありませんでしょうからそんな心配はないでしょうが。行きましょう、フィオリッツェ」
「では失礼」
つんと顎をそらし去っていく二人に心から安堵し、小さくため息をつく。
安堵したはいいが、何もすることもなく、手持無沙汰に壁に寄りかかり、見るとはなしに先程入ってきた青年に視線を向けた。会場の中でひときわ賑やかできらびやかな集団なので自然に目がいく。
商人風情と、黄色の服の少女、フィオリッツェは言っていたが、堂々たる様で輪の中心で話をしている姿はとてもそうは見えない。名のある貴族の一人と紹介されても何の違和感も感じないだろう。
「エミリア?エミリアじゃないか?」
名を呼びかけられ、視線を向けると、そこには見知った懐かしい少年が立っていた。




