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外出

 わたしは一日のほとんどを自室で過ごす。シオンの部屋とは比べようもないがわたしの部屋もベッド、鏡台と簡単なソファセットが置いてあり、快適に過ごせるようになっている。

 シオンはわたしに屋敷の中を歩き回ることに対して何の制限もしなかったがいつ呼びだされるのか分からないのと一度迷いかけてからは不用意にうろつくことはやめた。だいぶ文字が読めるようになった今は子供向けの簡単な本をルルから借りてソファで読む。


 食事は最初のころは自室まで運んできてもらっていたのだが少し前からはシオンに呼ばれ一緒に食事をすることが多くなった。食事のマナーをルルに教えてもらい、一緒に食事を取っても見苦しくない程度にはなれたということらしい。

 その日もシオンと朝食をとりおえ、食後のお茶を入れていた。

 食事の給仕はルルがすべてしてくれるがお茶だけはわたしが入れるようになっている。いつかの夜の一件以来、ルルからシオンの好みのお茶の淹れ方を徹底的に習った。ルルにお墨付きをもらい、シオンにお茶を出したときはドキドキしたが、何も言わずに飲み干してくれた。褒められたわけではなかったが、それから食後のお茶を入れるのはわたしの役目になり、嬉しかった。役に立っていないわたしが不相応な暮らしをしていることに心苦しくもあったので、お茶を入れるという役割を与えられたことでここにいてもよいという許可をもらえたような気がしたのだ。

 わたしの仕事と言えばシオンから呼ばれたらすぐに行くことなだけで、あとは好きに過ごせばいいという信じられないほど楽なものだ。日光が苦手なので屋外に出る必要もなく、そのことについて苦言を言われることもなく、身の回りの世話はルルが完ぺきにこなしてくれる。唯一苦言や嫌味を言うシオンもそれはわたしが何か失敗したりした時だけだ。


「いつもと違う香りだな」


 差し出されたカップを持ち上げてシオンが言う。


「ルルさんが持ってこられました。とても珍しいお茶だそうで」

「ふうん」


 シオンが口に入れるその瞬間いつも緊張するが、今日も合格だったのか何も言わずにカップをソーサーに置いた。

 ホッとして自分の分を持ちシオンの向かいに腰掛ける。


 食事の間わたしたちに会話はほとんどない。

 食事はとても美味しく豪華なものだったが、シオンが無言でわたしに視線を向けることがあるとなんだか胸が詰まったようになり食が進まなくなることもある。本音を言うと一人で食事を取るほうが気楽だったがこれもわたしに与えられた役割だと割り切ることにした。



「今日出かける。昼過ぎになると思うがお前も支度をしておくんだな」

「あ、はい」


 思わず窓の外を見ると幸いなことに空には厚い雲がかかっている。このくらいなら服装に気をつければ何とかなりそうだ。


「どちらに行かれるのですか」

「街だ」

 そっけない返事に街で何をするのかなど到底聞けるわけではなかったが、街へ行くという響きに少しだけ心が躍った。



 少し汗ばむくらいの気候だったが出来るだけ肌をさらさないようない服をルルに選んでもらい、つばのある帽子もかぶる。暑苦しく見えないように淡い空色の薄い生地を重ねたドレスと同色の帽子といういでたちで現れたわたしを見て何も言わなかったところを見るとこの服装で大丈夫だったらしい。


「はじめまして。わたくし今日行動を共にさせていただきますアギトと申します」

 

 シオンの横には肩まである黒髪を一つにまとめた細身の男が立っている。柔和な笑みを浮かべた男にわたしも慌てて頭を下げる。


「はじめまして。チルリットです」

「別に街へ行くだけだから必要ないが、護衛だ」

「万が一ということもありますから。お二人のお邪魔にならないよう出来るだけ気配を殺して付いていきますのでどうぞお気になさらずに楽しんでください」

「別に楽しむために出かけるのではない」


 なぜかシオンが慌てたように否定する。

 そんな彼を思わずじっと見ていると、シオンはひとつ咳払いをして、


「まあいい、行くぞ」

 

 屋敷に来て以来窓から外を眺めたりすることはあっても外に出たのは初めてのことで、わたしはやはりわくわくしていた。屋敷から門まで行くのもかなりの距離があり、広大な庭は色とりどりの花が咲いている。大きな木も何本もあって、木陰でなら日のある間も過ごせそうで、帰ってきたらシオンに庭に出てもいいか許可をもらおうなど思いながら歩いてようやく門を抜けた。


 シオン、わたし、アギトの順に歩いていたのだが不思議なことに門を抜けた途端後ろにいたはずのアギトの気配が消えた。思わず振り返ると、アギトはきちんとそこにいて笑みを返してくる。何度かそれを繰り返していると、


「わたくしはきちんと後ろにおりますからご心配なく。チルリット様はシオン様だけを見ていてあげてください」


 言われてはっと気づく。確かにわたしの主人はシオンで、ここは屋敷ではない。予想外のことが起こる可能性も無きにしも非ずということでわたしもシオンを守る立場なのだ。

 わたしは足を速めてシオンとの距離をできるだけ縮めてぴたりと後ろに付く。


「?」


 シオンは一瞬けげんそうな表情でわたしを見たが何も言わなかった。



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