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謝罪と想い

 ルルが訪ねてきてくれたのは翌日だった。手を付けていない昼食がさげられてしばらくして、部屋に顔ををだしたルルを見て、張りつめていたものが緩み涙がにじむ。


「チルリットさま、お食事をとられていないとお聞きしております。顔色もすぐれませんし何か口にしてください」

「いいんです、あんまりほしくないので」

「何もお召し上がりにならないと言われるならわたくしはこのまま部屋を出ます」

「…………分かりました」


 イリヤに頼んでお菓子を持ってきてもらい、ソファに向い合って座る。ルルがじっと見ているので仕方なく口にするが、丸一日以上何も口にしていなかったせいか吐き気をもよおしたがどうにかこらえて淹れてもらったお茶で飲み下す。

 いつもは用事がすむとさっさと下がるイリヤが珍しくそのまま部屋にいるので不思議に思っていると、そんなわたしの視線に気付いたのがルルが、


「あとはわたくしがやりますので下がってください」

「ですが」

「わたくしはもうシオン様付きの使用人ではありませんし、雇用主の意思に反することをするつもりはありませんので」


 きっぱりと言い切ったルルの言葉に渋々と言った体でイリヤは部屋を出ていく。


「あの、シオン様は…」

「あと二つ焼き菓子を召し上がってください。お話はそれからにいたしましょう」

「…………」


 無理矢理口の中に焼き菓子を押し込み、茶で飲み下すことを二回繰り返し、もう一度先程の質問を繰り返す。


「シオン様は今どうされているのですか」

「先程イリヤに申した通りわたくしはシオン様付きではなくなりました。故にチルリット様にシオン様の様子を伝えたくとも分からないのですが、聞いたところによると必要以上に使用人を寄せ付けずに部屋に閉じこもっておいでのようです」

「…………」


 シオンもどうやらわたしと似たような生活を送っているらしいと思うと、嬉しいような悲しいような複雑な感情が湧きあがる。今何を思っているのだろう。ここに来る直前のシオンとのやり取りを思い起こすと胸が痛くなる。


「前にルルさんにシオン様のことを支えてあげてくださいと頼まれたことがありましたが出来なくなりそうです。すみません」


 そういえばエミリアからもシオンの味方になっていてあげてと頼まれていたのに、結局わたしには何もできないままシオンの前から去ることになった。


「わたくしのほうこそチルリットさまに謝罪しなければいけないことがあります」

「謝罪……ですか?」

「側室にあがるにはいくつかの条件があります。その中の一つに生娘であるというものがあります」

「生娘って、なんですか」

「処女ということです。それはつまり男性と契りを結んでいない娘のことで、チルリットさまがそうであることを御館様にお伝えしたのはわたくしです。それでシオン様の怒りを買ったわけですが」

「……それは愛を確かめ合うという行為のことですか?」


 わたしの言葉にルルは何とも言えない妙な顔になる。


「愛を確かめ合う……シオン様がおっしゃったのですか」

「はい。わたしが女になっていないからしてくれないそうです。女になっていないというのはどういうことなのですか?」


 ルルは優しそうな悲しそうな笑みをわたしに向ける。


「シオン様は……案外ロマンチストなのですね。女になるというのは子供が産める準備が整うということで、月に一度経血があるようになります。わたくしも初めて月のものが来たのは十二歳になった頃でしたからチルリットさまもそろそろではないでしょうか」


 子供を産む準備……。そんなもの整ったからと言ってなんになるのだろう。この先わたしに求められるのは王の子を産むことだけなのだというのなら月のものとやらが来ようが来まいがどうでもいい。


「申し訳ございません。チルリットさま。御館様にそのことを尋ねられた時にわたくしには選択肢は二つありました。正直に言うのか言わないのか。わたくしは、ここに雇用されるときに雇用主に忠誠を誓いました。それに背くことを是とせずに御館様には正直に申し上げましたがシオン様付きの使用人としては失格です」


 ルルの話を聞いてもわたしの心は少しもささくれ立ちはせずに静かなままだった。

 たとえルルが何をどう言おうと、ウリウスの中ではわたしは何かに使えるかもしれない駒に変わりがなく、今王宮にあがらなくてもいずれ近いうちにシオンとは引き離すことを考えていたに違いない。


「いいんです。御館様に言われました。わたしを引き取ったのは何かに利用できると思ったからだと。もともとわたしは孤児院に行く予定でシオン様がここに引き留めてくださって、とても幸せな生活でした。シオン様と、ルルさんと、アギトさんに良くしていただいて、感謝しています」


 ルルのことは全く恨む気にもなれないし、わたしが側室にあがることになったのはそれを画策したウリウスのせいだしそれにしたって恨むのも筋違いのような気がする。ウリウスがあの底辺の生活から救い出してくれたのも確かなのだから。


「わたしがもしこの先世継ぎを生むことになったらそれはシオン様のためになることなのでしょうか」


 つぶやいた言葉にルルが顔を上げる。 

 ウリウスに言われてからずっと頭から離れない言葉。

 正直わたしにはヴングラー家のことなどどうでもよかった。この何不自由のない生活が送れるのはヴィングラーの財力によるものだとは理解しているが、こんな生活でなくてもかまわない。多くを望みすぎて罰があたったのだろうか。ルークスとアリアのところであのまま暮らしていて、たまにシオンが訪ねてきてくれるだけで満足していればこんなことにはならなかったのだろうか。

 何もかもが今さらなのだけれど。

 まだ見たこともない王の側室になることがどんなにおぞましいことであろうと、シオンのためになるというのなら我慢できる。

 

「それは……」


 口ごもるルルの返答をわたしは求めてはいなかった。ここでそんなことはシオンのためにはならないなどと言われてはわたしは一体これからの人生で起こることをどう自分の中で処理していけばいいのか分からなくなる。 


「ルルさん、わたしのことで責任を感じたりしないでください。シオン様も本当は分かっておられると思います。アギトさんにもよろしくお伝えください」

「チルリットさま……。なにか、シオン様に言伝はありますか?すぐには無理かもしれませんが、必ずお伝えします」


 言伝……。

 人に対する思いを簡単に言葉に表せるのならば、わたしは喜んでルルに感謝と愛しい気持ちを言伝したであろうが、わたしのシオンに対する想いはそれでは到底無理なくらいにわたしの大部分を占めていたのでわたしは首を振る。


「いえ。なにも」


 わたしがこの屋敷から出ていくときは見送りには来させてはもらえないだろうというルルに別れの言葉を告げる。わたしがいつ出立することになっているのか誰も知らされていないようで、そのまま秘密裏の内に出立させられるだろうとのことだった。


 ルルがいなくなってからもわたしは抜け殻のようにソファにぼんやりと座っていた。

 涙があふれているので視界はゆがんでいる。暗くなってきてもそのままの状態でいるとイリヤがランプに灯りをともしにきてぎょっとしたように立ちすくんだ後で何事もなかったように出ていく。


 イリヤに泣き顔を見られたくなくてわたしはドレスのままベッドにもぐりこみ涙を流し続けた。


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