中庭と候補者
「では中庭でお茶でも?ルル、用意を」
「かしこまりました」
「オデット、わたしの側に張り付いていないでお前も行っておいで」
長身の男がオデットと呼ばれたふわふわの髪の少女を押し出すと、オデットは不安そうにしながらも前に出てくる。
「中庭があるんですの?」
オデットの横で声を上げた少女はシオンと同じ位の背丈で、すらりとした長身に紺色のドレスがよく似合っている。白いレースの優雅な扇子を手にし、口元を隠してはいるが切れ長の瞳が容貌の美しさを想像させる。
「あら、うちにだってあるわよ、中庭くらい」
深い緑色のドレスの少女が一歩進みでてツンと顎をそらしながら言う。わたしと同じ位の背で、大きな瞳は勝気そうな光を放ち、一瞬視線をからませたと思ったらすぐに逸らされる。
「うちの中庭などログウッド家のものに比べようもないでしょうが、どうぞ」
口調の柔らかさとは対照的に冷たい光を瞳に宿したままシオンは言うと後ろも振り返らずに歩き出す。
「あ、待って」
オデットかちょこちょこ駆けてくるとわたしと手をつないだままのシオンの反対の手を握るとシオンに向かってにっこり笑みを浮かべる。思わずつられて笑みを浮かべるほどに愛らしい笑顔に、慌てる様子もなくシオンはその手を振り払う。そんな風に拒絶されたことなどこれまでになかったのだろう、びっくりしたように大きな瞳を見開いた後目を潤ませているオデットを気にもとめずにわたしだけの手を引いていく。
「あ、あの、よろしいのですか?泣いてますけど」
「餓鬼も年増も生意気な女にも興味がない」
その声が後ろの三人の婚約者候補に聞こえてはいないかとわたしは気が気ではない。
中庭に用意されたテーブルには洒落た器に用意された様々なケーキやクッキーがすでに並べられて甘い匂いを放っていた。先程まで半泣きだったオデットが嬉しそうにちいさな歓声を上げている。
「まあどうぞお好きな場所に」
投げやりな調子でシオンが言い、わたしを座らせ、自分もさっさとその隣に座る。
「あなたって、ずいぶんな態度ですわね」
緑色のドレスの少女が怒りをあらわにしながらもルルにひいてもらって椅子に座る。
「まあ、正直な方だといいほうに解釈いたしましょうよ、レイティ」
紺色のドレスの少女とオデットは自分で椅子を引き、座る。紺色のドレスの少女はそれまで口元を覆っていたセンスをたたみ、テーブルに置く。薄い唇には艶やかな紅をさしてあり、紺色のドレスに映えている。想像通りの美人だった。
おや、とシオンが少し意外そうな表情見せる。
「お二人とも知り合いですか?」
「まあ、わたくしたちのことにも一応興味はございますのかしら?」
唇をゆがめてシオンに吐き捨てるレイティ。そんな彼女を宥めるように紺色のドレスの少女は穏やかな笑みを浮かべ、
「わたしとレイティは幼馴染のようなものですわ。仲のいい友人の一人です。オデットとも顔見知りですし」
「この世界は案外狭いものですのよ?商人のご子息にはお分かりになられないかもしれませんが」
「ああ、そうでしたか。まあ父上はともかくわたしはそういう上流階級のことにはまったく興味がないので」
「今のところもっぱら興味がおありになるのはお隣のチルリットさんにだけということかしら?はじめまして。わたしはサティア・ヴィロッド・エイシャー。一応許嫁の第一候補ということになってます」
紺色のドレスのサテイアがわたしに向かって優しく微笑みかけてきたので、慌ててわたしも自己紹介をと口を開きかけたところで、レイティが口をはさんでくる。
「あら、サティア。まだあなたが第一候補だと決まっているわけではなくてよ?わたくしはレイティ・ボア・ヴィロッド。イースターン地方を治めておりますの。今年14になります」
澄ました表情で心持顎をそらせてレイティが名乗る。自然に皆の視線がオデットに注がれ、テーブルのお菓子をじっと見ていたオデットはしばらくしてようやくその視線に気付いて、はっと顔を上げ、小さな声で言う。
「オデット・シイ・ギヤカーン、10歳です」
「オデット、そんなにお菓子が気になるのでしたら召しあがったら?」
レイティの言葉に少し逡巡していたオデットだったが、目の前の焼き菓子を一つ取ると、嬉しそうに口にしている。その様子を見てわたしは今さらながらに朝食を食べていないことを思い出してお腹が鳴らないように必死で息を止める。皆の視線がわたしに向いているので、
「チルリットです。12歳です」
「では16歳のサティアがこの場では一番年上ということですわね。結婚に焦るのも分かりますけど」
サティアがその言葉にピクリと反応する。
「レイティ、わたしは全く結婚に焦ってなどいませんよ?まだ十六になったばかりですしね」
「そうですわね。大抵成人前に嫁ぎ先が決まるものですけれどまだ成人して一年が過ぎただけですものね」
「まあ、それならレイティももうそろそろ決まっていなければおかしいですわね。あなたの場合いろいろと難があってなかなか決まらないのでしょうけれど」
サティアは一見穏やかで優しい雰囲気に見えるが、先程からの話を聞いていると外見通りの人柄ではないようだ。レイティがサティアの言葉に唇をひきつらせている。
緊張感に満ち溢れた会話は聞いているだけでお腹が痛くなりそうだ。オデットは全く会話に加わろうとせずに一心にお菓子を口に頬張っているし、シオンは素知らぬ顔で香茶をすすっている。
ホントにこの二人仲がいいのだろうかと疑問に思っているとルルが焼き立ての菓子を運んできて二人の言い合いが中断されたのでほっとする。
一人一人に小分けしてくれた焼き菓子にはたっぷりとクリームがのせられてまだ湯気が上っている。
「どうぞ温かいうちにお召し上がりください」
ルルの声にわたしは早速フォークをとって焼き菓子を一口大に切り分けクリームを付けて口に入れる。サクサクしながらもしっとりと温かな焼き菓子に甘くてふんわりとしたクリームがとてもよく合っていて思わず目が潤むくらいに美味しい。
頬に手をやりゆっくりと味わっていると同じく焼き菓子を口にして目を潤ませているオデットと目があった。お互いになんとなく気恥ずかしく思いながらも微笑みを交わし合った。
オデットはどう見てもシオンよりもお菓子のほうが気になるらしい。そんな幼い少女がシオンの結婚相手候補となっているのか。
「チルリットさん……とお呼びしてよろしいかしら?」
「は、はい」
レイティから声を掛けられて慌てて口に含んだ菓子を飲み下す。
「出自はどちらですの?」
「出自、ですか。ええとトゥルーイートから東に向かったところにある小さな村です」
地理に疎いわたしだったが自分が産まれた村がどこらへんだったのかくらいは知りたくて少し前にシオンに教えてもらった。大きな地図を広げてくれたのだが、村はその地図には載ってすらいなかった。たぶんこの辺りだろうとシオンがさしてくれた場所には何もなかった。名前すらない村がわたしが産まれたところ。シオンの話では名前のない村というのは結構あるらしいが、不思議な話だ。今この時その村が消滅したとしても何の問題もないのだから。
「出身地を聞いているのではなくてよ?どちらの土地を治めていらしたの?」
「え?」
意味が分からなくて首を傾げたわたしに代わって、
「チルリットはチルリットです。何の後ろだても家柄もありませんよ。ヴィロッド家のお嬢様」
揶揄するようにシオンが言い、わたしの口元を右親指でぬぐってぺろりと舐める。
「クリームがついてる」
「は……すみません」
慌ててナフキンで口元をぬぐうとせっかくルルがさしてくれた紅が取れてしまい白いナフキンにつく。
「…………」
「…………」
なんとなく白けたような雰囲気が辺りを漂う。




