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朝食とお披露目

 いつもなら起きて着替えも済ませている時間だったが、その日わたしはだらだらと着替えもせずにベッドの中にいた。先程ルルがきて来客の給仕をするので朝食が遅れることと、シオンとは一緒に朝食をとれないことを告げられ、半分不貞腐れた気分で布団にまるまっていた。

 ルルが朝食を持ってきてくれた時もまだ布団にまるまったまま。


「お召し替えのお手伝いをいたしましょうか?」

「いえ、大丈夫です」


 言いながらのそのそとベッドから降りる。着替えるのも後回しにしてテーブルについたはいいが、食欲もわかないのでオムレツをフォークでつつきながらぼんやりとしているとルルが香茶を淹れてくれる。


「ありがとうございます。お客様のほうは大丈夫なんですか?」

「大丈夫です。別の使用人に任せてきましたので」

「お客様というのは、貴族の方なのでしょうか?」

「はい。エイシャー家とログウッド家とギヤカーン家の皆さまがいらしております」


 昨日ウリウスが口にしていた三家が勢揃いしているらしい。

 ルルは少し躊躇した後で口を開く。


「御存知かもしれませんが……。今回シオン様の婚姻相手候補としてこちらにいらしております」

「あ、はい。昨日ちょっと聞いてしまいました。どんな方たちなのかご存じですか」

「シオン様に釣り合う年齢のお嬢様がいらっしゃってそれなりの家柄でということでその三家が招かれたのでしょう」

「あの。もし。シオン様が」


 その方と結婚したとしたら、という言葉を口にするのが怖くてわたしは途中で口をつぐむ。


「新しく即位された王様の御側室も探されているらしいのでシオン様の婚姻相手がどうなるのかちょっと不透明なところではあるのですが」

「御側室、ですか?」

「はい。新王様は三年前に御成婚なされておりますが、いまだ子を成しておりませんから王位を継いだ今、早急に跡継ぎをという声が高まっておりますし、王の御側室ともなればもちろんそれなりの家柄の方になりますでしょうし。エイシャー家は新王とも縁も深いのでもしかしたらそちらのほうにあがられるかもしれませんし」


 そういえば喪が明けてすぐに新王の戴冠式が行われ正式に王位を就任したとか何とか聞いたような気がする。どちらにしてもわたしには関係のない話なのだけれど。


 そのときドアがノックされルルが顔を上げる。

 扉が少しだけ開かれ、初めて見る使用人が顔をのぞかせ、わたしに小さく会釈をしてからルルを呼ぶ。


「どうかしたんですか?」


 歳はルルよりも上らしいその人はルルを呼び寄せ二、三言葉を交わしすぐに去っていく。

 扉を閉めてそのままルルはクローゼットから何着かドレスをだして一瞬悩んだ後で、この前新調してまだ袖を通していない焦げ茶色のドレスをベッドに出し、わたしに向き直る。


「チルリットさま、申しわけございませんがお食事を中断し、今すぐ身支度を整えてください」

「え、」

「シオン様がお呼びです」


 その一言にわたしはフォークを置いて慌てて立ち上がる。

 ドレスに着替える前にドレッサーの前に座らされ、起きてから櫛も入れていない髪を丁寧に梳られ、ドレッサーの中に入れっぱなしになっていた煌びやかな飾りのついた髪留めを付けられる。

 これもドレッサーの中に入れっぱなしだった化粧道具を取り出し頬に紅をはたかれ、唇に淡い色をのせる。それだけで顔色の悪いわたしは華やいだ雰囲気に様変わりする。

 お化粧なんて今までしたことがなかったので、不思議そうな視線をルルにむけると、


「シオン様のご要望です。見劣りのしないような装いで、とのことでしたので」


 見劣り?

 疑問を口にする間もなくルルに急きたてられながら身支度を終えるとそのまま部屋を出るとルルに案内されるまま足早にシオンのもとに向かう。


「シオン様は婚約者候補の方とお庭を散策なされているようです」

「え……わたしがそこに行くんですか?」

「はい。シオン様のご命令ですから。以前教えた挨拶の仕方は覚えておいでですか?」


 シオンの誕生パーティーの催しに一応わたしも出席する話が出ていた時、ルルに一通りのマナーは習っていたのでわたしは頷く。

 頷くが。覚えているのと実際に出来るのとでは大きく隔たりがある。頭の中で何度も礼の仕方を復習しながら。

 いつもはほとんど人気のない屋敷なのに今日はよく使用人とすれ違う。ルルの背後に隠れるようひっそりと存在を隠したかったが、すれ違うたびに会釈をされると無視するわけにもいかずに小さく頭を下げた。

 相変わらず庭はよく手入れがいきとどいており、これから冬に向かう時期だというのにいたるところに美しい花が咲いている。

 その一角が賑やかしい。上品な笑い声が聞こえてきてわたしの緊張は一気に高まる。


「シオン様、チルリットさまをお連れいたしました」


 輪になりにこやかに談笑していた人々の視線が一斉に向けられ、その場から逃げ出したくなった。いや、実際、少し後ずさりしていた。


「チルリット、こっちへ」


 シオンが呼びかけてくれてようやく視線を上げることが出来た。が、あからさまに表情をこわばらせたウリウスの顔が視界に飛び込んできて、そのまま固まってしまう。向こうにはいつもどおりに美しく装ったエミリアの姿も見える。


「おや、どちらのお嬢さんかな」


 一人の恰幅の良い中年の男がわたしを値踏みするような視線を向けてくる。背は低いが、身なりはすぐにそれと分かるようないいものを身につけていて口元にちょび髭を生やしているのがどことなく滑稽に思える。


「チルリットさま」


 ルルが一歩下がった状態で小さく囁き、はっと我に返ったわたしは習った通りのお辞儀を披露して、ぎこちない笑みを浮かべた。


「数年前から家で面倒を見ているチルリットです。おいで」


 シオンがわたしの手をとり、皆の輪に加わる。


「随分変わった髪と瞳ですな」

「身寄りのない子供でして。シオンが妹のように可愛がっているんです」


 もう一人ひょろりと背の高い男の言葉にウリウスが答えている。隣でそれを聞いたシオンが小さく鼻で笑う。

 わたしはと言えばその場にいるだけで精一杯でほとんど言葉は意味をなさず耳を素通りしている。右手のシオンのひんやりとした手の感触だけが確かなもので、離れないようにしっかりと力を込める。シオンもそれに答えるように指をからませ、握り返してくる。

 今度は別の意味でドキドキしてきて、一人あたふたと視線をさまよわせた。

 先程の背の高い男の側に隠れるように十歳くらいの女の子がこちらをじっと見ている。栗色のふわふわとした髪の可愛い子だ。わたしが視線を向けると恥ずかしそうに男の陰に隠れる。


「シオン、お嬢様がたに庭を案内して差し上げたらどうだ」

「分かりました」


 ウリウスの言葉にシオンがにこやかに頷いた。

 

 

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