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抱擁と鷲掴み

 それにしてもなぜわたしがここにいることが分かったのだろうと思ったら、スカートの端のレースが隙間から出ていた。気付かれたのがシオンで良かったと思うべきなのか。


「シ、シオン様、お帰りなさいませ」


 とりあえず愛想笑いを浮かべるわたしにシオンはしゃがみ込んで視線の高さを同じにするとにっこりと笑う。


「かくれんぼか。で、鬼は誰だ?」

「い、いえ、鬼と言いますか、なんていうか。とりあえず出ますね」


 言って立ち上がろうとしたわたしをクローゼットの奥に押し込んでシオンは自分も入ると扉を閉める。


「ふうん。中から見るとこうなるのか」


 興味深そうに周りを見回すシオン。広いので二人並んで入っても息苦しくはない。


「シオン様、身支度をしなくてよろしいのですか?」

「かくれんぼだ」

「え?」


 わたしに静かにするよう合図をするシオン。同時に扉がノックされ、誰かが入ってくる。隙間から足元を見るとルルのようだ。


「シオン様?いらっしゃらないのですか?」


 戸惑ったようなルルの声。どちらに行かれたのかしら、と小さなつぶやきが聞こえて扉は閉められる。


「うまくいった」


 シオンがわたしの耳元でささやくとそのまま耳たぶに口付けする。思わずシオンにしがみつくと、優しく身体を抱きとめてくれる。久しぶりのシオンの匂い。わたしの大好きな。シオンは自分の胸に顔をうずめていたわたしの顎に手を添えて上を向かせると唇を寄せる。

 ちゅ。

 軽く。

 ちゅう。

 吸いつき。

 ちゅうう。

 絡ませる。

 息を継ぎ。

 すぐそばにある金茶色の瞳がわたしだけを見ている。わたしの瞳にもシオンだけが映っているだろう。

 世界がクローゼットのように狭かったら、わたしたちはお互いだけを見ていられるのに。


 さっき話していたのは何のことですか。

 聞きたいのに聞けない。


「……そんな目で僕を見るな」

「え、どんな目で見てますか?」

「どうぞ何でもしてくださいという目だ」

「してませんよ、そんな目」

「いやしている。言っておくが僕はまだお前を抱かない」

「はあ」


 抱かないって抱いてるではないかと内心思うわたしの心の声が聞こえたかのように、


「お前、何か勘違いをしているな」

「はあ」

「抱くというのは男女の営みというか愛を確かめ合うというかつまりそういうことだ」

「愛を確かめ合う……ですか?」


 なんと世の中にはそんなに簡単に愛を確かめ合うことが出来ることがあるのか。


「それはどういうものなのですか?」

「どういうって……まあ、なんだな、産まれたままの姿でだな」

「産まれたまま?」

「つまり御互い裸になるわけだ」

「ああ、そういうことですか……えっ、それって恥ずかしくないのですか」

「そんなことで恥ずかしいとか言ってては先に進めん」

「そこからまだ先があるのですか」

「ある。まだまだあるが、その先はルルにでも聞け」

「わ、分かりました」


 ごくりとわたしは唾を飲み込む。そんな儀式があったとは知らなかった。さっそく後でルルに聞いてみよう。

 ん?でも何故シオンはわたしを抱いてくれないのか。確かめ合うほどの愛がわたしにはないということなのか?


「シオン様はどうしてわたしを抱いてくれないのですか」

「お前はまだ女ではない」

「え。そ、それはわたしの胸が小さいから、ですか」

「ふむ」


 シオンはいきなり両手でわたしの胸をわしづかみにする。


「ぎゃっ!な、何を……!」

「まあ、小さいな」


 がああああああん。

 そ、そりゃあルルと比べると小さいけれど、これでも少しは大きくなっている……はず。


「小さい、ですけど、いきなり鷲掴みにしなくても……」

「鷲掴みにできるほどなかったが」

「あ、ありますよっ!」

「そーか、そーか。まあ胸が小さいのはどうでもいい。とりあえずお前を抱くのは女になった後だ」

「女になるってどういうことですか」


 身を乗り出すわたしにどう答えようかとシオンは視線を泳がせてから、投げやりに言った。


「そう何でもかんでも僕に聞くな。ルルに聞け」

「はい」


 シオンは素直に頷くわたしの頭を撫で、クローゼットを開ける。

 急に視界が明るくなったので目に痛みを覚えて瞼を閉じ光から目をそらす。


「おいで」


 シオンの声に薄目をあけて、屈みこんでいるシオンの首に手を回す。

 そのままシオンに抱きあげられて、立たされる。


「今日僕はお前と食事をともにできない」

「はい」

「明日の朝食は一緒にとれると思う」

「はい」

「まあ、そういうわけだから、とりあえず離してくれ」


 わたしは無言のままシオンの首筋に頬をこすりつけてからゆっくり手を離す。そんなわたしをなだめるように軽く頬を撫で、シオンは部屋を出ていく。


 エミリアもルルもわたしにシオンのことを頼むけれど、わたしが出来ることなんて一体何があるというのだろう。貴族と結婚させたいウリウスとしたくないシオン。その原因であるわたしをウリウスは疎ましく思っているに違いない。

 自分がひどく場違いな場所にいるような気持ちになってわたしは急いで自室に戻り、ベッドにもぐりこむ。先程会ったばかりなのに早く明日の朝になりシオンに会いたかった。


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