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クローゼットとかくれんぼ

 屋敷は広いが、わたしの行動範囲は狭い。シオンがいない間の暇つぶしとしてルルに断ってから探索したことがある。とはいっても人目につかないよう自室のある階のみに限って。この階はシオンもいるので限られた使用人しか入ってこれなくなっているとルルに教えてもらった。自室にいようが廊下にいようが誰とも会うことはない。聞くところによるとルル以外の使用人がここの掃除をしているらしいがわたしがここにきてからは誰とも会ったことがない。この階にはルルの部屋もあり、階段の側の一室がそれだ。そのほかにシオンとわたしの部屋、書庫として使われている部屋と空き部屋が三つ。空き部屋と言っても応接室になっており、服を新調するときの採寸などで使われることもある。

 わたしの部屋からは屋敷の正門が見えないが、応接室の一室から見ることが出来るので、夕刻近くになってからわたしは応接室の窓に張り付いていた。


 正門から見える景色をぼんやりと眺めていると、馬車が次々と入って来るのが見えた。

 庭園の手前の広場のようなところに停まり、使用人たちが駆け付けている。なんだかいやに馬車の数が多い。そのうちの一台からシオンとウリウスが出てきたのでおでこを窓にくっつけて目を凝らす。

 残りの馬車からも立派な身なりをした人たちが次々と出てきた。色鮮やかなドレスを着た女の人も見えるが、わたしの視力ではその人たちの年代までは分からない。

 ルルは言っていなかったけれど何かあるのかしら?

 人や荷物が屋敷の中に吸い込まれていくのをぼんやりと眺めていたわたしははっと我に返り、周りを見渡す。

 ここは応接室として使われているのでベッドなどは置かれておらず大きなソファセットが中央に置かれているのみ。

 壁面に作りつけられたドレッサーをそっと開けてみると中には何も入っておらずがらんとしていた。わたしはそこに身をひそませて扉を閉める。扉の隙間からほんの少しだけ光が入ってくる薄闇の中膝を抱えてしゃがむ。

 多分シオンは帰ってきたら自室に直行して着替えたらわたしのもとに来てくれるだろうけれど、わたしの姿が見えなかったらどうなるのか、ちょっとした意地悪というか悪戯をしたくなったのだ。心配して探しまわってくれるかも、と思ったら思わず含み笑いが漏れてしまう。

 胸を高鳴らせながらそのときを待つ。


「…………」


 遅いな。

 少しだけ気持ちが盛り下がる。


「…………」


 もしかしてシオンはわたしの部屋に来てないのだろうか。帰ってきたら真っ先に会いに来てくれると思い込んでいただけで自分の部屋でゆっくり寛いでいるのかもしれない。わたしが思っているほどシオンはわたしに関心がないのかも。いなくなっても気付かないくらいに。

 先程までのわくわくした気持ちは霧散して後には鉛でものみこんでしまったかのように暗い気持ちだけが残る。こんなことしなくちゃ良かった。所有物の分際で。普通に自分から会いに行っていればシオンはわたしを見て笑いかけて抱きしめてくれたかもしれないのに。

 暗い気持ちのままその場に倒れ込み、存分に落ち込むことにする。クローゼットはわたしが足を伸ばして横たわることが出来るほど広い。わたしの部屋に作りつけられているものと同じくらいか。

 うつ伏せになりうじうじしていると、廊下で何やら声がしたと思ったら、この部屋のドアが開けられた音がした。


「いないではないか」


 シオンの声がしてわたしは嬉しくなって音をたてないように飛び起きそっと隙間から覗こうとしたが、角度が悪くて顔が見えない。見えるのは膝から下だけだ。


「ルル、チルリットはどこに行ったんだ?部屋にもいなかったぞ」


 ドアを閉めずに廊下にいるらしいルルに呼びかけている声がする。

 シオンがわたしを探している。

 ぐふふ、と声が漏れそうになるのを必死でこらえる。つくづく顔が見えないのが残念だ。


「この部屋にもいない。何か言っていたか?」


 ルルと喋っているようだが、廊下にいるルルの声はよく聞き取れない。


「腹でも下してるのか」


 舌うちとともにシオンが言う。

 いや、お腹なんか壊してないですから!気配でシオンが行ってしまいそうだったのでここで姿を見せるかどうか迷っていると、いきなりウリウスの声が聞こえてきたのでそのまま身を隠していることにする。何となくエミリアに言われていたことが引っ掛かっていた。


「シオン、早く支度を済ませて来るんだ」

「なんだか体調がすぐれないので会食は欠席にさせてください」

「何を言っている。皆、お前のために集まってくれたのだぞ」

「僕はそんなこと望んでいませんが」


  二人はそのまま応接室に入ってきてドアを閉める。ウリウスが初めて見る難しい表情でソファに腰かけ、シオンがそれに対峙するように向かいに立つ。ちょうどクローゼットからは二人の横顔が見える位置だ。


「何が気に入らない。今日来てもらったのは皆それなりの貴族のご令嬢ばかりだ」

「婚姻関係を結ぶのはヴィングラー家にとっても都合がいいと」

「そうだ。それ以外に何がある?本来ならお前の誕生パーティー前に許嫁は決まっていたことだが思いがけない不幸で先延ばしになった。まあそれならそれでいい。時間をかけてゆっくりと伴侶を選べばいい」

「時間をかけずとも僕の伴侶はもう決めてあります」

「……ほう。念のために聞くがそれはどちらのご令嬢だ?エイシャー家?ログウッド?ギヤカーン?」

「チルリットです」


 すうっとウリウスの顔から表情が消える。

 たぶんわたしがこの場にいたら恐ろしくて何も言えなくなってしまうに違いないほどの変化。クローゼットの中にいても思わず息をのんでしまう。

 シオンはというとそんなウリウスの変化を気にした様子もなくウリウスを静かに見下ろしている。


 長い沈黙の後、ウリウスはゆっくりと立ち上がる。


「身支度をして会食に出席するんだ」


 有無を言わさない口調でそれだけ言うとウリウスは部屋を出ていった。

 しばらくその場で何事か考え込んでいるように見えたシオンだったが、顔を上げ、部屋から出るのであろう、ドアに向かう。

 クローゼットは出入り口のそばにあるので、わたしは息をひそめる。この状態で出られるわけがない。ほとぼりが冷めたころこっそり何喰わない顔で出ていこう。ドアに手を掛けようとしたシオンの足がなぜかピタリと止まる。


「そんなところで何をしている?」


 声とともにクローゼットが開かれ、シオンが冷ややかにわたしを見下ろした。


「は……あの、かくれんぼうを少々」


 

 

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