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お茶会とケーキ

 西棟に足を踏み入れるのは初めてで、緊張しながらルルの選んでくれた淡い黄色のドレスに身を包み、ルルの後をついて行く。手には昨日焼いたケーキを綺麗にルルに包んでもらって持ってきた。もちろんルルにも味見してもらっている。

 西棟には茶褐色の絨毯が敷かれている。長い廊下をくねくねと歩き、通された部屋は何とも変わった部屋だった。通常窓がある部分に壁はなく大きく開放されていてそのまま庭に出入りできるようになっている。部屋の半分がテラスのようになっていて、雨が降ったり嵐が来たときはどうするのか気になった。テラスになっているそこにテーブルといすが置かれていてすでにエミリアが座っていた。


「お待たせして申し訳ございません」


 ルルが頭を下げるとエミリアは座ったまま頷く。


「あなたたちは下がっていいわ」


 エミリアは後ろに控えていた使用人とルルに声をかける。ここから一人で自室に戻れる自信のないわたしが不安そうにルルを見上げると、心得ていますとばかりにルルが小さく囁く。


「あとでお迎えにあがります」


 使用人たちは皆静かにその場を去り、わたしとエミリアだけになる。


「あ、あのう、遅くなって申し訳ありません」

「いえ、時間どおりです。大体わたくしはいつもここで過ごしているので。どうぞ座って?」

「はい」


 テーブルの上にはたくさんの美味しそうなお菓子が並べられていてケーキを持ってきたことを悔やんだ。並べられたお菓子は見目もよく、わたしが焼いたケーキなどとても恥ずかしくて出せない。こっそり隠すように椅子に座るとエミリアは無言でわたしの顔を眺めた後で、はじめて気がついたように眉を寄せる。


「……皆下がらせたらお茶を淹れる人がいなくなってしまいましたね」

「で、ではわたしが淹れさせていただきます」


 まさかここでわたしの数すくない特技が生かせるとは!わたしは張り切って身を乗り出す。


「あなたが?」


 意外そうに首をかしげながらもお茶の用意をしだしたわたしの所作を見つめている。

 シオンに入れるときよりも数倍緊張しながらどうにか失敗なくお茶を淹れ終えるとエミリアは早速一口口にする。


「あら美味しいわ」

「ありがとうございます。シオン様に飲んでもらうために練習したんです」


 嬉しくなって口元をほころばせるわたしの顔をまたエミリアはまじまじと眺める。あまりに見られているのでわたしもエミリアから視線をそらすことが出来ない。

 今日のエミリアは藤色のドレスを着用している。ほっそりとした手に繊細なカップがとてもよく似合っている。シミも皺もなく美しく化粧されたその顔は少女のようにも見える。


「あなた、歳は?」

「この前12歳になりました」

「で、その後ろに持っているものは何?」

「え、いえ、これは。その」


 どうやら最初からばればれだったようでわたしは観念して包みごとエミリアに差し出す。


「わたしが昨日焼いたケーキです。多分お口に合わないとは思いますけれど良かったら……」


 するするとリボンをほどき、中から何の変哲もない蜂蜜ケーキを取り出す。


「これを?あなたが焼いたの?」

「はい。あの、街にいる間にアリアさんに教えてもらったのです」


 エミリアはしばらく蜂蜜ケーキをじっくりと眺めた後で端のほうをちぎり無造作に口に入れる。


「……なんだか懐かしい味がするわ」


 懐かしい味、とは褒められているのだろうか。返答に困り、それでも忘れないうちに、と口を開く。


「あ、あのう、わたしが屋敷に戻れるようにヴィングラーさんに口添えしてくださったとルルさんに聞きました。ありがとうございます」


 頭を下げるわたしにしばらく視線をさまよわせ何かを考えているエミリア。


「ヴィングラー……ああ、ウリウスのことね。いいのよ、別にあなたのためにやったのではないのだから」


 ウリウス…ヴィングラーの名前はウリウスというのか。初めて知った。


「シオンがわたくしに何かを頼みに来ることなんて初めてだったのよ。ものすごくびっくりしたわ」


 そのときのことを思い出したのか優しい眼差しで微笑む。その表情がとてもシオンに似ていたのでわたしはどぎまぎしてしまう。


「そういえばいつかはあなたに失礼なことを言いましたね。お詫びします」

「いえ、そんな」


 エミリアにそんなことを言われるとこちらが平伏してしまいそうになる。


「あなた、御両親は?」

「わたしが六歳のころに揃って亡くなりました」

「そう。あなたもここで生活しているから分かっていると思いますが、わたくしとシオンはほとんど他人のような母子です。シオンを産んだ後しばらく肥立ちが悪くて床に伏せっていたのですがその間にウリウスはすべてをわたくしから取りあげてしまって、あの子には母親らしいことは何一つできませんでした」


 うん?なんだかシオンから聞いた話とは微妙に齟齬を感じる。


「シオン様から乳母二人に育てられたと聞きました」

「アリアとローサのことですね。シオンをわたくしから離すためにウリウスが手配したのです。わたくしが回復してもろくに会わせてもらえなかったせいで、赤子だったシオンはわたしが抱くと泣くようになってしまいました。ショックでした。死ぬ思いをして出産した我が子に拒絶されたのですからね。今思うとそのときにでも無理やりわたくしの手元に引き取っておけばよかったですわ。そのときのわたくしは単なる小娘でしたからウリウスの言いなりでわたくしに全く懐いていないシオンが怖かったせいもあって手を離してしまった。そのことを今はとても後悔しています。あの子はわたくしのことを母とは思っていないでしょうが、わたくしにとってあの子はただ一人お腹を痛めて産んだ血のつながった子供です。

 ……あなたをここに戻すことにしたのはシオンのためです。あの子の味方はこの屋敷にはいません」

「え……で、でもルルさんとかアギトさんとか……」


 エミリアは戸惑ったようなわたしの言葉に皮肉な笑みを浮かべる。


「ルルもアギトもシオン付きの使用人というだけの話。わたくしの周りにいる使用人たちと同様に。ここの主はウリウスです。たとえ碌にいない主でも。それに気付かされた時、あの子は一人になってしまう。だから、あなたは何があってもシオンの味方でいてあげてほしいのです。それがわたくしがあなたを屋敷に戻すよう口添えした一番の理由です」

「わたしなんか……それこそ何もありません」

「それでいいのです。たった一人でもシオンの味方がいれば」

「あの、わたしはヴィングラー様、いえウリウス様のお気に障るようなことをしてしまったのでしょうか」


 数えるほどしかあったことがないのだけれど、いつも優しそうな眼差しを向けてくれたのあの人がなぜわたしを屋敷に戻すことを拒んだのかが分からない。知らない間に不興をかっていたということなのだろうか。


「……あなたを拾ったのはウリウス?」

「はい。両親が亡くなった後村で厄介者として生かされていたわたしをウリウス様は連れて帰ってくださいました」

「あの人の考えていることはわたくしには分かりませんが、単なる優しさだけであなたを拾ったのではないことだけは分かります。ウリウスは良くも悪くも商売人ですから」


 突き放すような物言いに疑問が浮かぶが、それを口にしていいものかどうか迷う。


「わたくしとウリウスのことを聞きたいのですか?」

「は……あの……」


 視線を泳がせるわたし。そんなにわたしの顔は思っていることが顔に出るのだろうか。頬を撫でる。


「わたくしの実家は没落貴族で明日の食べ物を心配するほどの体たらくでしたがヴィングラー家に嫁ぎ、援助を受け実家共々人並み以上の暮らしをさせていただいてます。そのことに感謝はしています。わたくしたちの結婚は契約でした。彼が欲しかったのはわたくしの家柄と、それなりの血筋の跡継ぎ」

 

 エミリアはそこですべてを諦念したかのような深いため息をつく。その様子は若く美しい彼女をひどく年老いたものに見せた。

 

「つまらないことを話してしまったわね。このお菓子、あなたのために用意させたの。どうぞ食べてちょうだい」

「はい、ありがとうございます」


 緊張であまり食べたい気持ではなかったが勧められたので目の前にあるクッキーに手を伸ばす。

 クッキーはとても美味しかった。何を話していいのか分からずに間が持たなくてお菓子を食べ続けていると、その様子を眺めてエミリアが少しだけ笑う。


「せっかく用意したのだし良かったらお菓子を持って帰ってちょうだい。今日は突然お呼び立てしてごめんなさい。あなたと一度お話ししてみたかったの」

「いえ、呼んでいただいて嬉しかったです」

「実際にお話できてわたくしも安心しました。シオンが不在のときでないと難しかったでしょうから。……あの子はわたくしを嫌ってますから」


 寂しそうなエミリアを見てわたしも少し心が痛む。わたしは子供を持ったことがないから母親の気持ちというものはたぶん分からないだろうけれど、子供の気持ちというのは分かる。その上でシオンは心の根っこの部分ではエミリアを嫌ってなどいないように思うのだが。

 エミリアがテーブルの上にある鈴を鳴らすと間をおかずに使用人がやってきた。適当にお菓子を包ませてわたしに持たせてくれる。


「あ、あの、今度またシオン様と三人でお茶会しませんか?わたし、またお茶を入れますから」


 わたしの言葉にエミリアが少し驚いたようにわたしを見つめた後、ふわりと優しく微笑む。


「そうですね。是非」

「はい。では失礼いたします」


 部屋を出た廊下のところにルルの姿を見つけほっとする。


「いかがでしたか?」

「楽しかったです」

 

 自室に戻りながらわたしは半歩先を行くルルを見上げる。

 いつも通りのルル。というか彼女が取り乱したり感情をあらわにしたところを見たことがない。ルルはシオンに敬意をもって従っていたし、アギトにしても同じことだと思っていた。けれどエミリアから言われた言葉が頭から離れない。ルルもアギトも味方ではないってどういうことなのだろう。


「どうかなさいましたか?」

 

 視線を感じたのかルルがこちらを見て小さく首をかしげる。わたしは表情を悟られないように慌てて目をそらす。


「いえ。シオン様は今日帰られるのですか?」

「夕刻には戻られると連絡がありました」


 ルルの言葉にわたしは口元をほころばせた。



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