衣装合わせと準備
夏が終わり本格的な冬が来る前にシオンの誕生日がくる。
そのパーティの準備のために屋敷の中は何となく浮足立っていた。シオンも何かと忙しそうにしていて今日も午後から仮縫いをした服を合わせに仕立て屋がきていた。
シオンの部屋のソファに座りながら仮縫いした服をシオンの身体に合わせていく作業を眺める。薄いグレーに金糸や銀糸を使って模様をつけたそれはとても豪華で見栄えのするものだった。まるで王子様のような装いに密かに心をときめかせる。
「素敵な衣装ですね」
「まるで見世物だ。まあ実際見世物になるのだが」
「良くお似合いですよ」
仕立て屋の世辞にわたしも大きく頷くがシオンはおもしろくなさそうに鼻を鳴らし、
「さっきから何をしている」
「え?シオン様の衣装合わせを眺めておりますが」
「誰が僕の衣装合わせを眺めるためだけに呼んだと思うんだ。お前のもある。着替えろ」
シオンはわたしに深紅のドレスを放り投げる。
「わたしの、ですか?」
「当たり前だ。さっさと着替えろ。僕のが終わったらお前のほうを合わせるんだからな」
「で、でも、わたしそんなパーティなんか、あの、む、無理です。しかもこれ、すごくえりぐりが開いているし…」
シオンはお針子の手を制し、つかつかとわたしのところに来ると、スカートをまくりあげる。
「ひゃ」
「い、い、か、ら、は、や、く、着替えろ。早くしないと僕が脱がせる」
「わ、分かりましたから、スカートをまくらないでくださいぃぃぃ」
スカートを押さえている間にシオンは胸元のリボンに手を伸ばし一気にほどく。
「シオン様、わたし自分でしますから」
「そこまで嫌がられると逆に脱がせたくなる」
ソファの上にひっくり返ったわたしを抱きとめるようにしながらボタンに手を掛ける。
え、え、え、えええ。
なんだかすごく慣れた手つきでボタンをするすると外していく。
「や、ちょっと、シオン様なんでそんなに手慣れているんですか」
半分脱がされかかったドレスを必死で手で押さえる。
「紳士のたしなみだ」
「そんなたしなみ聞いたことないですぅ」
シオンの身体を両手で突っ張り押し戻そうとするがびくともしない。楽しそうにほどいたリボンでわたしの髪を縛ると最後のボタンに手を掛ける。
「あのう!」
大きな声にシオンの手が止まる。
声を発したのは仕立て屋の男。
「すみませんが、衣装に針を打ってありますのでそのう、あまり激しい動きをされるとアブのうございます」
「……そうか」
涼しい顔をしてシオンは衣装合わせの作業を再開する。ようやくシオンの手が離れてくれたのでわたしはボタンをいくつかとめ直し脱げかかったドレスを押さえながら深紅のドレスを持って自分の部屋に走る。シオンの部屋を出るとちょうどルルを廊下の向こうに見かけたので呼びとめて着替えを手伝ってもらうことにした。
どっちみち自分では背中をとめられないのだし。
わたしの格好を見てルルは小さく笑う。
「またシオン様にいたずらされたのですか」
「悪戯といいますか……」
部屋に入り、手早く着つけてもらう。
「素敵なドレスですね」
「そうですか?」
「チルリットさまの白い肌にとても映えていらっしゃいますよ」
こんなにきつい色のドレスを着たのは初めてだったのでなんだか落ち着かない。しかも胸元がすごく開いているし。わたしは上から自分の少しだけ膨らみ始めた胸元に視線を落としてからルルの黒い制服に包まれた豊かな胸元に視線を向ける。
ううう、全然違う…。
鏡の前でうじうじしているとシオンがやってきた。
すでに先程までの王子様衣装を脱いでいつも通りの服を着ている。
「着替えたのか」
「まあ一応…」
情けない表情のわたしのてっぺんからつま先までを眺め、ふむ、と頷く。
「髪を上げたほうがいいな」
後ろに回りわたしの髪を両手でかきあげて。
「何か髪飾りも必要だ。ルル、適当に用意してくれ」
「かしこまりました」
「では装飾品の手配は任せた」
ルルに言い捨ててシオンはひょいとわたしを担ぎあげるとそのまま先程の仕立て屋のいる部屋に向かう。
「シオン様、わたし自分で歩けます」
「お前が自分で動くのを待っていたら日がくれる」
仕立て屋は顔色一つ変えずに担がれて登場したわたしに恭しく一礼すると身体に合わせてドレスを手早く調節していく。その様子をソファで眺めるシオン。
****
夕食後。
ルルが食器の片付けをし、わたしがお茶を入れる、いつもの光景。
お茶をシオンの前にだし、向かい合う形でお茶をいただく。
「パーティーっていつなんですか?」
「一月後だ」
「どんな人が来られるのですか」
「著名な方や貴族の方などたくさん来られますよ」
「……」
ルルの答えに、ますます気が重くなり小さくため息をつくと、それを聞きつけたシオンが、
「なんだ、ため息なんかついて」
「そんなに大勢の前にあんな派手なドレスを着て出るのが憂鬱なんです」
「似合っていたではないか」
「え、そうですか?……じゃなくて」
「髪と眼の色のことを気にしてるのか」
ズバリ当てられてわたしは視線を泳がせる。大勢人がいるならみんなわたしのことを気味の悪い子だと倦厭するだろう。わたしのせいでシオンまで奇異な目で見られると思うと憂鬱にもなる。
「そうだな……多分皆すごく羨ましがるだろうな」
「へ?」
「大体貴族とかああいうやつらは珍しいものが大好きだからな」
「…………」
シオンに手招きされ、立ちあがって近づくと、シオンの膝の上に向かい合う形で座らされ、抱きしめられて頭を撫でられる。わたしもシオンの肩に頬を乗せてその心地よい感触に身をゆだねる。
「皆にきちんとお前が僕のものだということを宣言しておかないと誰か持っていったら困るし」
「…………」
なんていうか、シオンは何か激しい勘違いをしている、と思う。
全く価値がないものをとてつもなく価値があると思い込んでいる。一体なんでそんな勘違いに至ってしまったのか定かではないが、どうか一生このまま勘違いに気付きませんように、と願うしかない。
しかし結局わたしの心配は杞憂に終わった。
三日後、国王が59歳で崩御し、一月の間まつりごとはすべて中止になり喪に服すことになったので。




