話合い
「久しぶりだねーシオン君に会うの」
「はい。チルリットがお世話になってます」
食卓のテーブルに4人そろって座り、アリアが蜂蜜茶を入れてくれる。
もともとルークスとアリアの使っていた二人がけ用のテーブルなので4人も座ると狭い。
「やーぜんぜん。お世話って言うかチルちゃんが来てくれてすごく助かってるよ。シオン君くるの速かったね。もうちょっと遅いかと思ってたらもう来てるっていうからさ。ごめんね。待たせちゃって」
「いえ」
アリアがクッキーを勧めてくれるが誰も手をつけない。何となく沈黙が辺りを支配する。
「…で、今日は?どうしたの?」
「チルリットをまたこちらで引き取らせていただきたいと思い…」
え、とわたしがシオンに視線を向けるのと同時にルークスが声を上げた。
「えーそれはないんじゃないの、シオン君」
「あなた」
「いーからさ、アリアはちょっと黙っててよ。一年ちょっと前にさ、君いきなり僕に頭下げに来たよね、女の子を家で預かってほしいって。まあさ、うちは子供もいないしこんなところでよかったらってことで預かったけどさ、それをまた急に引き取りたいってそれはないよ」
「こちらが身勝手なのは重々承知しています」
「そうだよ身勝手だよ」
「預かっていただいた礼は十分に」
「ちょっと見損なわないでくれる?ボクはお金が欲しいわけじゃないんだよね。なんかやだなー。シオン君もなんだかんだいって結局は金で解決するような性格になっちゃったの?大金持ちってこれだからってやつ?」
「そうではありませんが」
「チルリットちゃんはどうなの?君のこといきなり屋敷から追い出してまた気が変わったから迎えに来るようなとこに戻りたいの?」
「え……」
わたしはと言えば、結構辛辣ないい方をされて顔をこわばらせているシオンを気遣ってハラハラしていたのでいきなり話を振られて視線を泳がせる。
「チルちゃん前に言ってたよね?嫁にはいかないからずっとここでボクたちと暮らすって」
それは言った。
言ったけれど……。
「とにかく駄目だよ。僕たちはチルちゃんのことホントの娘みたいに思ってるんだからさ」
「…………」
シオンが立ち上がり、ルークスに向かって低頭する。
「お願いします。チルリットを僕に返してください」
「ちょ、シオン様、やめてください」
わたしのために頭を下げるシオンなど見たくはなかったので慌てて止めに入る。
しかしシオンは頭を下げ続ける。
「シオン様、本当に」
なんだか泣きたくなってきた。
いつもニコニコとしていて明るい話題を振りまいてくれた彼に随分心を許してきたけれど、ルークスのことが嫌いになりそうだ。いや、多分もう半分嫌いだ。アリアに助けを求めようと視線をを向けると、場違いに明るい声。
「やだな、冗談だよ、冗談。シオン君まあいいから座ってよ」
「え」
「チルちゃんも」
先程までなんだかムスッとしていたルークスが一転してにこにこと笑顔になっている。シオンもわたしも一瞬顔を見合わせた後、大人しく椅子に座り直す。
「ちょっとさー、こう、なんていうの、花嫁の父みたいなことやってみたかっただけなんだけどまさかシオン君が頭下げてくるなんてねー。いいもの見せてもらったね、アリア」
「ちょっと人が悪いですよ」
少しだけ怒ったようにアリアが言うと、ルークスはごめんねーと言いながらまた笑う。
「でもチルちゃんはどうなの?屋敷に戻りたいの?…って聞くまでもないか。あのさーシオン君、チルちゃんここにきてからずーっと朝も昼も夜も待ってるんだよね。勿論そんなこと口に出しては言わないけど分かるんだよ。ずーっと誰かが来るの待ってるの。そんなチルちゃん見てたら行くななんて言えないよね」
「そうですね」
優しくアリアが同意し、わたしは顔を赤くしてうつむく。
ああ、全部ばればれだったというわけか。
わたしの恥ずかしいことがばれてしまったとシオンを横目で見ると頬が緩んでいるように見えて不思議な敗北感を覚える。
「それにさっきはチルちゃんのこと娘みたいに思ってるって言ってたけどそれは君に対しても一緒だよ、シオン君」
「え」
「君昔毎日のように家に遊びにきてたじゃない。小さいくせになんか威張っちゃってさ。でもそれがすごい可愛くてさ。まあ悪いことしたら怒ったけどね」
ふ、と思いだしたかのようにシオンが笑う。
「おじさんには拳骨をもらったよね。僕が人に殴られたのはあれっきりだよ」
急に砕けた口調。
お、おじさん?
「だって、君のことホントに可愛くてさ。夕方になって帰って行っちゃうのが辛かったんだよ、これでも。だから今回チルちゃんのことで僕らのことを頼ってくれたのも嬉しかったよ。ありがとね、シオン君」
「そんな、僕こそ…」
虚をつかれたように声を詰まらせるシオン。そこでルークスはわたしに視線を向けて笑う。
「良かったね、チルちゃん。王子様が迎えに来てくれて」
「……はい」
ぽたりと涙が一滴零れ落ちたが、皆見ないふりをしてくれた。
シオンを見送りに外に出るとすでに陽は傾き始めて強烈な日差しは幾分和らいでいた。
「ご飯食べてけばいいのに」
つまらなそうに口をとがらせるルークスに、
「おじさん、また今度来るから。……じゃあ」
わたしに向かって。
「はい。また」
「いつでも遊びに来ていいよ。チルちゃんと一緒にね。もしヴィングラー家を勘当されたら家で一緒に養蜂やる?」
「考えとくよ」
冗談とも本気ともつかない顔でシオンが笑う。
手を上げてアギトとともに去っていくシオンの後ろ姿をルークスとアリアが家の中に戻って行ってもずっと眺めていると、シオンが1人足早に戻ってきた。
「忘れ物ですか?」
尋ねたわたしの唇に素早く自分のそれを重ねるとシオンは何も言わずに今度こそ去って行った。
ぼーっとしたまま店に戻ると、
「シオン君てなんだかんだ手が早いよねー。昔は女の子みたいな子だったのにさ」
ちゃっかり見ていたルークスにからかわれた。




