来店
ぼんやりとわたしは店番をしながら通りを眺める。
昼下がりの通りは強い日差しが降り注いでいて屋内から見ているだけで眩暈がしそうになる。
カーニバルのあの日から三日がたっていた。
わたしの生活は相変わらず変化がない。朝起きて洗濯を済ませ店に出すケーキを焼き、アリアと一緒に食事をこしらえて三人そろって食卓を囲む。カーニバル翌日にあまりにも普通な一日が始まったのでもしかしたら夢でも見たのかと思ったくらいだ。夕食時にルークスに「チルちゃん、広場で濃厚な口づけを交わしたそうだねー」と言われるまでは。顔を真っ赤にして挙動不審に陥るわたしに愉快そうに畑に向かう途中町の人たちから噂を聞いたのだと笑っていた。
それ以降わたしは洗濯をしにいく以外店を出ていない。出たとしても直接わたしに話しかけてくるような知り合いもいないのだけれど。
ぼんやりしていたわたしは店にはいってくる人の気配に顔をあげるとそこにはヒリトが立っていた。彼と会うのもカーニバル以来である。
「あ、いらっしゃい」
「おう」
ヒリトはなんだか気まずそうにわたしが焼いたケーキをひとつ買い求める。
「そういえばごめんね、こないだ心配してもらってたらしいってルークスさんから聞いてたんだけど」
「いや、俺こそごめん、ちゃんと送ってってれば良かった」
「ううん。わたしがいいって言ったんだし。そんなこと気にしないで」
「そうじゃなくてやっぱり俺、送っていくべきだった。多分ずっと後悔すると思う」
大袈裟だなと笑うわたしにヒリトは真剣な表情のまま、
「シオン様が助けてくれたんだって?」
「あ、うん、いろんな人に迷惑かけちゃった」
「屋敷に戻るのか?」
「え?分かんないけど.....」
「こないだ広場で」
「えっっひ、広場?広場がどうか、した?」
我ながら顔が真っ赤になっているのを自覚し用もないのに商品をいじりまわす。
「いや、何でもない。もしかしたらこのケーキ食べれるのも最後かもな」
「ヒリトどっかいくの?」
「俺じゃなくてさ。まあいいや。じゃあ元気でな」
何かを吹っ切るかのようにヒリトはにっかり笑うと手をあげて店を出ていく。
その後ろ姿を何とはなしに見送る。
はあ。
おでこをカウンターにつけて突っ伏す。
別にずっと店番をする必要はないのだが他にやることもやる気もないのでただここに座っている。わたしは今までいったいどうやって時間を潰してきたんだっけ。
シオンは今何をしているんだろう。このまままた会えなくなるのだろうか。
はあ。
ぽす。
頭に何かのせられて慌てて顔をあげる。
あ......。
「シ、オン様」
「やる気のない店番だな」
金茶色の瞳がわたしを見下ろしていて慌てて立ち上がる。見るとシオンから一歩離れたところにはアギトも立っている。
いったいいつの間に?
「え、え?あー、ど、どうしたんですか。いえ、いつもはもっとちゃんと店番してるんですけど」
「これをもらおう」
シオンは手に持っていたケーキのお金をわたしに押し付けるとその場で袋から出して食べ出す。
先程頭にのせられたのはこれらしい。
「お前が焼いたのか」
「へ、は、はい、あの、今日のはちょっともしかしていつもより美味しくないかもー…」
「美味い」
「ホントですか?」
先程までのだらけた気持ちはどこへやら、むくむくやる気がわき出てきた。
「あ、あの、良かったらお茶でも」
「ルークスとアリアはいるか?」
答える前に声を聞き付けて奥からアリアが出てくる。
「シオン様。ごめんなさい、あの人出掛けてるの。今日シオン様が来るって言っておいたんですけど。そのうち帰ってくると思いますから良かったら中でお待ちになって?」
「ではそうしよう。アギトはもう帰っていいぞ」
「そういうわけには。ではわたくしがチルリットさまに代わって店番をいたしましょう」
「でも」
「チルリットさまはシオン様のお相手をお願いします」
「はい」
慌ててシオンの後を追うと食卓でアリアがお茶を入れているところだった。
「ルークスは畑へ行っているのか」
「ええ。多分逃げたんですよ。シオン様が来られるって聞いて。逃げたってしょうがないのに」
そう言ってコロコロ笑うアリア。
「ところでお前はどこで生活しているんだ?」
「そうね、チルちゃんのお部屋を見せてあげれば?」
「はい、こちらです」
シオンを伴って台所のさきにあるわたしの個室に案内する。
「ふうん」
ベッドと棚を置いただけでいっぱいの部屋なので二人も入るとベッドの上に並んで座るスペースしかない。
シオンとの距離が近いので何となくどぎまぎしてベッドに座るシオンから離れた位置に立つ。
「何もない部屋だな」
ぐるりと部屋を見渡し棚に置かれた絵本をぱらぱらとめくる。
「毎日何をしている」
「そうですね、朝起きて洗濯をした後朝食を食べてからお店に出すケーキを焼きます。あとは店番をしたりアリアさんと一緒に食事の支度をしたりして過ごしています」
「楽しいのか、その生活は」
「はい、思っていたより。ええと、でも…」
「なんだ」
「シオン様の側にいられないのが、さ、さー…、びしい、かなー、なんてちょっとだけ…」
無言で立っているわたしを見上げるシオン。不意に手を引っ張られて前につんのめるような体制になったところ、シオンに抱きとめられた。わたしの腰に手を回し腹部に顔をうずめるような形で。
「僕もだ」
顔をうずめたままくぐもった声でシオンが言う。
「僕はもっと自分は冷徹な人間だと思っていた。感情に振り回されて自分を見失うなど馬鹿のする事だと思っていたし今でも思っているが、お前のことになると僕はバカになる」
「…………」
シオンの耳が真っ赤になっている。
そうっとシオンの髪に触れてみる。良く手入れされた茶色の髪は思ってたより柔らかい。小さな子供にするようになでていると愛しい思いが溢れてくる。
「あー、また馬鹿なことを口走ってしまった。僕はなんだかものすごく恥ずかしいぞ」
「わたしは馬鹿なことを口走るシオン様をもっと見たいです」
表情がゆるみきっているのが自分で分かる。
どうしよう。
自分の中に溢れてくるこの想いをどうしたらいいのか分からない。
「駄目だ」
いきなりシオンが立ち上がるとわたしごと身体をくるりと反転させてそのままベッドに押し倒される。
「僕ばっかりずるい。非常に負けた気分だ。お前のそのゆるんだ表情を見ると敗北感でいっぱいだ」
「そ、そう言われましても」
「お前も何か恥ずかしいことを言え」
「恥ずかしいしいこと…ですか?」
「僕の顔がゆるむくらいの、だからな」
恥ずかしいことって、なんだろう?
至近距離にあるシオンの表情があまりにも真剣なのでわたしも真剣に考える。
「た、例えば?シオン様が好き、とか?」
「いや、それくらいでは僕の顔は緩まない」
そういいながらもシオンの唇の端がにやけているように見えるのはわたしの気のせいだろうか。
「えーと、えーと、」
考えていると頬をなめられた。
「シ、シオン様、そんなことをされると考えがまとまりません」
「じゃあもう考えるな」
シオンの吐息がかかる。
「チルちゃん、シオン君そこにいるのー」
ドアの外からルークスの声が聞こえてきて慌ててベッドから起き上がる。
「はい、ここにいます」
背後でシオンが舌打ちをしていたのは聞かなかったことにした。
シオンていつもチルリットのこと押し倒しているなーと、ふと。




