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再会

「とりあえず先程の男は警備兵に突き出しておきました。あとはチルリットさまをお送りするだけです」

「あ、あの、アギトさんが助けてくださったのですか、ありがとうございます」


 シオンの下から這い出てわたしは上気した頬のままきちんと座りなおして頭を下げる。


「いえ、わたくしではありませんよ。お礼なら御家族での会食中にチルリットさまが帰られないと報告を受け会食を途中ですっぽかしてなおかつ屋敷中の使用人を総動員させて街道に出る出入り口を虱潰しにしたシオン様にお願いいたします」

「え」


 思わずシオンを見ると、シオンもようやく起き上がり隣に座り直すと思い出したかのようにわたしに文句をつける。


「大体お前は!何故ルークスとの約束を守らない。日暮れ前に帰るよう言われていたはずだ」

「すみません。あの、でもなぜそのことを御存じなのですか」


 立て膝のままムスッとして口を開かないシオンに代わってアギトが答える。


「カーニバルには昔から噂があったのですよ。カーニバルが終わると子供が何人か消えていると。大抵は貧しい家の子供たちでそんなに大事にはならなかったのですが。それをシオン様は心配なされてルークスにもそう伝えていたんです」

「そうなんですか。御心配をおかけしました」

「心配など…」


 何となくもごもごしているシオンにアギトは柔らかい笑みを浮かべながら、


「まあ我が主は心配するのがお好きなようで。チルリットさまが街へ出られてからというもの何かというとわたくしを街へ向かわせてチルリットさまの動向を見守らせていただいておりました」


 だからわたしが学校へ行っていないこととかも知っているのか。

 ふうん。シオンがわたしのことを心配して。

 ふうん。


「気が回らないくせに口はよく回るな。で、お前は何をニヤニヤしている」


 シオンに鼻をつままれてわたしは緩み切った表情を引き締めた。


「今日はもうお帰りになられてはどうですか?御館様とエミリア様もお待ちです」

「……言い訳を考えるのが面倒だな」


 大きくため息をついてちらりとわたしに視線を向ける。


「これ持って帰っていいか?」

「勿論駄目です」

「じゃあやだ」


 シオンは不貞腐れたようにだらしなく頬づえをつきながらもう片方の手でわたしの髪をもてあそぶ。


「シオン様」


 びくりと髪を触っていたシオンの手が止まる。


「ルル、お前まで来たのか」

「シオン様ともあろうお方がお忘れですか?先程ご自分が屋敷の者総動員されたことを。チルリットさまは救出されたようですし屋敷の者たちは各自仕事に戻らせました。御館様がお待ちです。チルリットさまはわたくしがお送りいたしますのでアギトと屋敷にお戻りください」


 久しぶりに見るルルは一年前と全く変わらないように見える。


「チルリットさま、お久しぶりです」

「あ……はい、お久しぶりです」


 ルルはわたしに小さく微笑む。


「帰りましょう。ルークスとアリアが心配しております」

「ええ、と…」


 手を差し出されわたしはシオンを気にしながらも立ち上がるとルルにとられた反対の手をシオンが掴んだ。


「シオン様来年あなたは成人なされて今以上に権力と責任ある立場に立たされます」


 面白くもなさそうにシオンが鼻を鳴らす。


「ふん。立場を考えろということか」

「さしでがましいことを申し上げますがほしいものがあるならばそれなりの手段を経て手に入れますようにということです。ではチルリットさま、行きましょうか」


 シオンはしばらくわたしを見上げていたが、やがて立ち上がる。


「では僕も帰っていろいろ言い訳を並べてくるとしよう」


 そういうとわたしからするりと手を離し振り返りもせずに行ってしまう。そっけなく感じる態度に寂しいような気持ちでわたしもルルに連れられて広場をあとにした。


 並んで歩いているときにルルが小さく笑ったので視線で問いかけると、


「失礼いたしました。あのようにシオン様が駄々をこねるのをわたくし初めて見たものですから」


 そういうとまた優しい笑みを浮かべる。母が子に向けるような、姉が弟に向けるような、優しい笑み。


「ルルさんや屋敷の皆さんはお変わりありませんか?」

「ええ、チルリットさまもお元気そうで。とは言いましても逐一アギトから報告を受けていましたのであまり離れていた感じはしませんが。それでもやはり背が伸びられて身体も丸くなられましたね」

「え、そ、それは肥えた、ということでしょうか」


 屋敷で着ていたドレスのように身体の線に合わせて作られた服を着ているわけではないのであまり自分の体形に頓着していなかったので焦る。


「いえ、そうではなくて女らしくなられたということです」

「はあ」


 何となく先程のシオンとの口づけを思い出し勝手に頬に血が上る。


「チルちゃん!」


 店が見えるところまでくるとルークスとアリアが駆け寄ってきた。


「良かった。無事だとは聞いていたけど、良かったわ」


 アリアがわたしを優しく包容し、ルークスが頭を撫でる。


「心配かけてごめんなさい」

「ルルもご苦労様。お茶でも飲んでいかない?」

「いえ、わたくしも屋敷に戻ります。早めに連絡いただいて助かりました」

「ホントにそうだね。ちょっと帰りが遅れてるくらいで大袈裟かとも思ったんだけどね。とにかく良かったよ」

「チルリットさまもお疲れでしょう。今日はゆっくりお休みになってください」

「はい。今日はありがとうございました」

「失礼いたします」


  ルルが見えなくなるまで三人で見送ってから家にはいる。


「あの、本当に今日は心配かけてごめんなさい」

「まあ無事だったから良かったよ。ヒリトくんも心配してたから明日元気な顔を見せてあげるといいよ」


  いつものようににこにこと笑顔を浮かべながらルークスはわたしの頬をつつく。


「やっぱりボクがついてけばよかったねー」

「今日に限ってはあなたの言うことが正しかったようですけど。チルちゃん、お腹は?何か食べる?」

「大丈夫です。すみません、やっぱり疲れたので先に休みます」

「そりゃあそうだよね。早くやすんだ方がいいよ」

「そうね。ゆっくり休んで」

「おやすみなさい」


 台所の先にあるわたしの個室のドアを閉めて息をつくとどっと疲れが襲ってきた。

 ベッドと小さな棚がおかれているだけの部屋。棚にポツンとおかれた絵本を持ちわたしはベッドに倒れ込む。

 屋敷を出るときにルルが荷物にいれてくれた絵本をわたしはここに来てから一度も開いたことはなかった。でも。


 久しぶりに開いた絵本には記憶にあるままの王子さまとお姫様。物語も空で言えるほど覚えている。わたしは眠気と戦いながらゆっくりページをめくる。最後に王子さまとお姫様は口づけを交わして物語は終わるのだ。

 

 そっと自分の唇に手を触れてみる。シオンが触れた唇。シオンが触れた髪。シオンが……。

 絵本の物語は終わるけれど、わたしの物語は……?


 ゆっくりとまぶたが落ちてくる。

 抗うことはせずに幸福な感覚にゆられながらわたしは眠りについた。




 


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