決断
「で?お前はなんだ?父上の隠し子ではなさそうだな。僕の知る限り二人いる非嫡出子の内お前のようなものはいない。どんなかわいそうな身の上の子供なのか話してみろ」
「あ、の」
かくしご?ひちゃくしゅつし?シオンの言葉の半分以上は理解できなかったが、わたしはとりあえず自分の身の上をたどたどしく話しはじめる。たぶんわたしの話はかなり分かりにくかったのだろう。途中から苛々し出しているのが目に見えて分かり、あせったわたしはさらにつっかえつっかえ話をする。
しかしわたしの身の上話などそうそう長いものではなく、一応は最後まで話しおえることができた。
「まあ大して珍しい話でもなかったな。面白くもない」
シオンがつまらなそうに一言のもとに評したちょうどそのとき扉が叩かれ、ヴィングラーが一人難しい顔をして現れた。
「シオン、話がある」
「父上。僕の部屋にいらっしゃるなど珍しい。長旅でお疲れでしょうからひとやすみなさってからにされてはいかがですか」
「いや、大丈夫だ」
立ち上がり、ヴィングラーを部屋に招き入れて、ソファを勧めるシオン。
「シオン、頭のいいお前に言うことでもないがチルリットは物ではない。感情があって血の通う人間だ。ほしいからと言ってどうぞと渡せるものではないぞ」
「もちろん分かってます。街の裏通りで首に鎖をつけられて売り買いされている奴隷も同じ人間だってことも知っていますし尊敬する父上がこの子供を物のようにどこかからかもらってきたとは思っていませんよ。ただ僕の周りには同世代の子供がいないし、父上も母上も毎日忙しいので僕には話し相手のようなものがいません。そういう寂しい暮らしがちょっとでも楽しくなったらいいなあと思っただけなんです」
シオンの言葉にヴィングラーは痛いところをつかれたかのように顔をしかめる。
「う、まあ、お前に寂しい思いをさせているというならばそれはわたしにとっても心苦しいことだ」
「この子供は孤児だそうですね。アーカリック孤児院にでも入れるおつもりなのですか?」
「そうだ。あそこならわたしも懇意にしているところだし施設としてもしっかり運営されているからな」
「そうですか。毎年父上からの莫大な寄付金で潤っていて施設としてはかなりいいところだと僕も思いますがその実黒いうわさも絶えないところですよね。寄付金の横領や子供に対する虐待、施設内でのいじめなど、まあそんなことはどこの施設でも起こりうることですから気にしてもしょうがないですよね」
シオンは腕を組んで考えるようなそぶりを見せた後、さも名案を思いついたかのようにポンと手を打つ。
「ではこうしたらどうでしょう。彼女に自分で決めてもらうんです。自分自身のことですから」
ぼんやりと二人のやり取りを見ていたわたしは不意にシオンからヴィングラー譲りの金茶色の瞳を向けられて身体を固くする。
「ねえ?君はどうしたいんだい?」
唇をゆがめた表情を見てわたしは不意にこれがシオンの笑顔だということを理解する。
ヴィングラーが何か言ってくれるのではないかと期待を込めて見上げたが、彼もまた金茶色の瞳でわたしを見つめているだけだった。
「あ、わたし、……」
村を出るときには確かに自分で決断した。差しのべられた手を取ったのはわたしだ。あそこには何もなかったから。居場所も夢も希望も。そして今、また決断を迫られている。わたしはどうしたいんだろう。
来たばかりのこの屋敷にとどまるのか、見たこともない孤児院に行くのかどうやって決断しろというのだろうと途方に暮れる。
「心配しなくてもいいよ。この屋敷は広いし部屋は有り余っているからね。君一人くらい増えてもどうってことない。君のその珍しい髪と瞳は外の世界では迫害の原因にもなりえる、つまりいじめられるってことだけどここではそんなこと気にしなくてもいい。君がここに残ってくれるなら僕は歓迎するよ」
シオンが差し出した右手にわたしは恐る恐る手を伸ばす。触れた手は思いのほか冷たかったがわたしの手が触れるか触れないかのところまでくると優しく包み込んできた。
「わたし……ここに、いたい、です」
最初にシオンの目を見て、それからヴィングラーを見上げてわたしは言った。
「……そうか。それならばわたしもそのつもりでいよう。シオンの言う通り生活の心配は全くないし、彼の話し相手、良き友人として滞在してくれるというのならばこちらからもよろしく頼みたい」
一瞬だけ複雑な表情になってからヴィングラーはわたしの頭に手を置く。
「すまないがわたしはもう行かなければいけない。あとのことは使用人たちに頼んでおいてくれ」
「大丈夫です。ああ、でも母上がなんというでしょうかね?」
その言葉に少しだけヴィングラーは顔をひきつらせ、
「エミリアのことは心配するな。お前にそんなにさみしい思いをさせてしまっているのはわたしたちの責任だからな。わたしから言い聞かせておく」
「よろしくお願いします」
シオンの言葉に満足そうにうなずくとヴィングラーは足早に部屋を後にした。




