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カーニバル

「カーニバル?」


 毎日の夕食のメニューはいつも具だくさんのスープとパンが一つと決まっている。三人で食卓を囲んでいるときに早速その話題をだしてみる。


「ヒリトに誘われたんですけど、とっても楽しいらしいんです。行ってもいいですか」

「ああ、そういえばもうそんな時期なんだね。ヒリトくんに誘われたのか。彼はチルちゃんが好きなのかな」

「え」


 ルークスは陽に焼けた顔にどこかからかうような笑みを浮かべている。


「またあなたったら。そんなの分からないじゃないの」

「いやあ、カーニバルと言えば大体意中の人を誘うだろう?僕も若いころはカーニバルの時期になると誰を誘おうかとそわそわしたもんだよ」

「あらそんなことわたし初めて聞きましたけど?」

「そりゃあそうさ。結局僕が誘えたのは君だけだったんだからさ。まあでもヒリトくんかー。彼はどうなんだろうね。僕の目から見たら実直すぎるような気がしないでもないけど」

「ええと、ちょっと待ってください。多分ヒリトは友達のいないわたしを誘ってくれただけだと思いますけど」


 なんだか変な方向に話が進みそうになっているので慌てて割って入る。


「へー。チルちゃんて鈍感だねえ。結構分かりやすいけれどね。ヒリトくんは」

「もう、そんなことばっかり言ってたらチルリットちゃんに嫌われますよ」

「えーそれは困るなあ。チルちゃんお嫁に行く前にちゃんと僕に相談してね。相手の男を見極めてあげるよ」


 笑顔でわたしの頬を指でつつくルークス。


「わたしは誰のところにもお嫁に行きません。王子様でも来てくれれば別ですけど」

「本当?じゃあずっとここで僕たちと暮らしていこうよ」

「いいですよ」


 わたしとルークスは顔を見合せて笑い合う。

 

「またそんなこと言って。カーニバルの話でしょう?」

「ああ、そうだったね。んー。楽しいのは楽しいんだけど、その日はホントいろんな人が溢れ返っちゃうからね。まあ昼間なら平気かな?」

「せっかくだから楽しんできたらいいんじゃないかしら?」

「行くのは大通りだけにしといてね。あと日暮れまでには帰ること。でもちょっと心配だから僕もついていこうか?」

「大丈夫ですよ。わたしもそんなに日中長く外にいられないので疲れたらすぐに帰ります」

「それならいいけど。カーニバルには僕たちもなんかお店でも出す?」

「なんですか突然」

「チルちゃんのケーキとか君のクッキーとか店の前で売り出したら結構売れそうだけど」

「じゃあその日は大忙しね。あなたも日が昇る前から勿論お手伝いしていただけるんでしょう?たまごを泡立てたり生地をこねたり力仕事も結構ありますからね」


 涼しい顔をしてアリアが言うとルークスは気まずそうに「やっぱりやめとこう」と口の中だけで言った。彼は頑なに厨房に入るのを嫌がる。何故なのかは不明だが飄々としている割には妙に前時代的なことを言うのだ。

 なんだかそのやり取りがおかしくて笑うわたし。

 ここの食卓はいつも笑いが絶えない。家族じゃないのに家族のような感じ。不思議な心地よさ。冗談じゃなくて本気でわたしはずっとここにいたかった。お嫁になんかいくあてすらないのだから。

 

 



 カーニバルは3日かけてやるらしいが最終日は夕方にはお開きになると言う。やっぱり中日に行くのが一番だというヒリトに従ってお昼すぎに店の外で待ち合わせした。その日は薄曇りで夏にしては涼しい一日でわたしにとってはありがたい。


「今日何時までいれるの?」

「日暮れまで」

「え、嘘。カーニバルって言ったら夜だろ」

「そうなの?でも疲れたら日暮れ前に帰るね」

「本気かよ」


 大通りから少し離れた店のあたりまで昨日から賑やかな音楽が聞こえてきていてなんだか心が浮足立つ。こんな気持ちは街に来て初めてだ。


「大通り出た途端すごい人だから」


 言いながらヒリトがわたしに手を差し出してきた。


「?」

「手。つながないとはぐれる」

「え、いいよ。大丈夫」


 ぶんぶんと頭と手を振って思い切り拒否したわたしに少しだけ憮然としながら、


「ま、いーけどさ。ちゃんとついてこいよ」

 

 先を行くヒリトの半歩後ろをついていく。何となく気まずく感じるのはルークスにいろいろからかわれたからかもしれない。角を曲がれば大通りに出るというところまでくるとヒリトの言葉が嘘ではなかったことを思い知る。


 とにかくすごい人だ。

 どこからともなく軽快な音楽がかき鳴らされ、道に沿っていつもとは違う露店がずらりと並んでいる。食べ物を売っているお店がほとんどで、それぞれに美味しそうな匂いを辺りに漂わせている。


「チルリット、こっち」

「どこに行くの?」

「噴水広場。道化者が面白いことやってんだ」

「道化者?」

「あ!ちょうど通りを練り歩いている。行こうぜ!」


 人込みをかき分けていくと、見たこともない位派手な模様の入った妙にぶかぶかのつなぎを着て思い思いの楽器をかき鳴らしながら通りを身体を揺らしながら練り歩く5人の集団に遭遇する。さっきから聞こえてきていた音楽はこの人たちが鳴らしていたらしいが、何よりもその奇妙な顔にわたしの目はくぎ付けになる。

 全員真っ白に塗った顔に笑っている表情の化粧がほどこされている。


「この人たち何?」

「だから道化者だよ。近くに行ったらお菓子くれるから行こう」


 笑っていないのに笑って見えるその顔が不気味に思えたがヒリトがずんずん近づいていくので仕方なく後に続く。近付いてみるとなるほどその道化者たちは通りの子供たちに何か配りながら歩いている。

 ヒリトが手を差し出すと道化者がその手に何か乗せてくれる。


「ほら、チルリットも」


 言われて手を差し出すとわたしの手にも小さな紙に包まれたお菓子を乗せてくれた。道化者は背が高い。思わず見上げたわたしの顔を覗き込み、


「おやあ。お譲ちゃん変わった眼の色だねえ。噴水広場で待ってるよー」


 妙に甲高い声で道化者が言うとまた楽器をかき鳴らし腰を振りながら行ってしまう。


「食べてみろよ。これすげーウマいの」

 

 早速ヒリトは包み紙を広げて中の白いものを口に放り込む。わたしもそれに倣い、白いものを口に入れた。

 甘い。

 甘いのだけれども口に入れた途端ふわりとそれは溶けてなくなりあとには何も残らない。口の中に残るかすかな甘さがあとを引く。


「ホントだ。美味しい。初めて食べた」

「だろ?ついていこうぜ」


 見ると他にも子供たちがお菓子をねだりながらぞろぞろと道化者の後をついて行っている。軽快な音楽に合わせて楽しそうに踊りながら笑顔になっている子供たち。隣のヒリトもちょっとずれた変な踊りを踊っていたので思わず噴き出す。


「なんだよ」

「別に」


 妙に楽しくなってきてわたしもリズムをとりながら歩く。さっき不気味に思ったのがウソみたいに道化者はお菓子を配る優しいひょうきんな人に見える。

 たっぷり時間を掛けて噴水広場にたどり着くと、道化者たちを輪になって子供たちが取り囲む。

 うまい具合に隙間を見つけ前のほうで二人並んで座ることが出来た。


「何が始まるの?」

「まあ見てなって」


 何故かヒリトが得意そうに鼻をこすり、わたしは期待に胸を膨らませて道化者に視線を向けた。


 

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