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生活

 その年の夏の間にわたしは11歳になった。11歳の一年、なんだかふわふわと夢の中で生きていたような感じがして正直あまりよく覚えていない。街での生活ははじめてみれば恐れたほどひどくはなく、平穏なものだった。

 わたしには狭いながらも個室が与えられて何の縛りも制約も受けずにアリアとその夫のルークスとの生活が始まった。

 屋敷を出てから一月ほどはただぼんやりと過ごしていたが、アリアもルークスも何も言わずに淡々と接してくれた。一月が過ぎたころはっと気付いた。ここは屋敷ではなく何もしなくても綺麗な洋服が出てくるわけでもボケっとしていても料理が出来るわけではないことに。

 何も言われないのをいいことにぼんやりとしていた自分が恥ずかしくなりアリアに手伝いを申し出た。

アリアはそれを受け入れて何もできないわたしに一からいろんな家事を教えてくれた。始めてみれば家事はなかなか楽しかった。やるべきことがあるのは張り合いがあり、わたしはかなり元気になった。それでも日光をさけて早朝に洗濯物を洗いにでたときなど朝靄の中誰もいない洗濯場で一人洗濯をしていると訳もなく涙が出ることもあった。

 しかしそういったことも12歳を迎えるころにはほとんどなくなっていた。

 屋敷を出て半年くらいは店番をしていると突然店にシオンがきてくれるかもしれないなど良く夢想していたものだが一年過ぎたら自然に諦めがついた。

 もはやあの屋敷で過ごした一年足らずが夢だったのではないかと思うほど、わたしは街の暮らしに馴染んでいた。


 朝起きてアリアと一緒に朝食を作りルークスと三人で食事を済ませる。そのあとルークスは街のはずれにある畑の世話をするため家を出るのですぐにお店で売るお菓子を作り出す。最近アリアに教えてもらってわたしが作ったケーキを売り始めたところ評判も良く、お昼を待たずに売り切れることもある。そんなに数も作れないのだが自分の作ったものが売れるのはすごくうれしい。


 ルークスの仕事は養蜂というやつで蜂蜜を取るためにあちこちで蜂を飼っているらしい。蜂に働いてもらうので楽な仕事だよとルークスは言うが、言葉どおりに一年を通して忙しいわけではなくはたから見るとのんびり生活しているように見える。蜂蜜を回収する夏前が一番忙しいらしく街から離れたところにある蜂の巣を取りに何日か家を空けることもあるが、大抵は日暮れとともに家に戻ってくる。


「アリアさん、わたし今日学校へ行きますね」


 その日売る分のケーキを焼き袋に詰めて店に出してから繕いものをしているアリアに声をかける。


「あら、そうなの?お弁当いるかしら?」

「いえ、大丈夫です。ヒリトがうるさいから顔を出すだけで適当なところで帰ってきますから」

「もしかしてわたしに遠慮してあまり学校に行かないの?お店のこととか気にしないで。お客様が押し掛けてくるようなお店ではないのだから、たまにはお友達と遊んできてもいいのよ?」

「いえ、遠慮なんか全然してないです。店番をしているのとか結構好きなんです」

「それならいいんだけれど。じゃあ気をつけて。夕方までには帰ってきてね」

「分かりました」


 この家で唯一制約があるとすれば夕方以降外に出るのは厳禁なことだ。わたし自身特に夜出歩く用事もないのだがここに来て一年以上たった今でも出かけるときはいつも口を酸っぱくして言われる。


 街で暮らすようになってからわたしはいつも帽子をかぶるようになった。やはりわたしの髪はかなり目立つので一年を通して帽子で髪をすっぽり隠す。今でも人ごみを歩くのは苦手だが、なるべく端のほうをうつむき加減になり歩くことで人にぶつかることは少なくなったが、街を歩くのは別の意味でつらい。わたしを引っ張ってくれていた冷たい手を思い出してしまうから。

 中心街から少しはなれた場所に学校がある。近付くにつれて心が重くなってきた。アリアには話していないがわたしはやはりというか学校にはまったく馴染めていなかった。友達どころか言葉を交わすような知り合いすらいない。ただ一人を除いて。


「あ、来た来た!チルリット、こっち!」


 学校の前で笑顔で大きく手を振るヒリトを見て心の中でため息をつく。


「ちょっと声大きいよ」

「ようやく来たな、来なかったら店に呼びに行こうと思ってたんだ」


 そんなことをされたら嫌だからしょうがなく来たのだ。わたしは帽子を引っ張って深く被り直し、出来るだけ誰とも視線が合わないようにする。


 ヒリトとはわたしが屋敷を出てからもたまに会うことがあった。父親にでも聞いたのかわたしが屋敷を出たことを聞きつけてこうやって強引に学校に誘って来たり店に顔を出したりするので。学校は主に5歳から10歳前後の子供を対象にしていて大きな一室を大体の年齢ごとに区切って勉強する。

 勉強と言ってもあんまり学校に来ていないわたしには理解できないことも多くつまらなかった。お店でお客に渡す釣銭の計算が出来れば生活するのに不便はないので全く熱心な生徒ではない。

 残念ながら年齢的にもヒリトとは一緒の区切りなのだが強引に少し離れた席に座る。友達の多いヒリトにはあちこちから声がかかるが後ろのほうでひっそり座るわたしには皆不審そうな眼を向けるだけだ。


「チルリット、一緒に昼食べようぜ」


 案の定ほとんど理解できなかった退屈な授業をやっと終えて帰り支度をしているとヒリトがまたやってくる。


「わたしもう帰るから」

「え、午後はどうすんの?」

「出ないよ。お店の手伝いするし」

「え、なんだよ、せめて午後も出れば?」

「ヒリトってなんか勘違いしてるけど別にわたし学校に来たいわけじゃないからもう呼びに来たりするのやめてくれる?気にかけてくれるのは嬉しいけど、お店の手伝いしているほうが楽しいし」

「ふうん。まあ、俺も学校そんなに好きじゃないからな。ところで来週カーニバルがあるけど、チルリット一緒に行かない?」

「カーニバル?なにそれ?」

「大通りに夜通し露店がいっぱい出て面白い見世物とかもくるんだ。一年に一度しかないんだぜ。去年も誘ったろう?」

「そうだっけ?」


 去年と言えば街に来たばかりで全然余裕のなかった時だったからきっと話半分に聞いていたのだろう。一年に一度しかないというカーニバルというものがどんなものなのか少し見てみたい気もする。


「ルークスさんに聞いてみる」

「じゃあ、またな」

「うん」


 ヒリトのお節介なところをたまに鬱陶しくも思うが、知り合いがいないこの街では結構助けられることも多い。街ですれ違う人たちはこんなにも多いのに結局わたしはどこへ行っても狭い世界で生きていくのだなと少し自嘲気味に笑う。

 王都は広いがわたしの行動範囲はごく限られている。アリアやルークスにも狭い路地や町はずれにはあまり近付かないように言われているせいもあるが。治安が悪いとよく言われるが街で危ない目になど遭遇したことがないのでいまいちそれがよく分からない。


 ふと既視感を覚えて通りの隅で立ち止まる。うつむいていた顔を上げるとそこはいつかシオンと来た洋品店の前だった。


「…………」


 普段は意識して閉じていたどこかの蓋が開き抗いようのない感情の波がどっと押し寄せてわたしは深い穴に落ちたような気持ちになる。

 一年以上たっているのに、いまだにこんな気持ちになるのか。一体この感情はいつになったら癒えてくれるのか。

 

 涙が溢れそうになるのを必死にこらえてわたしはその場から足早に離れた。

 



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