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嵐の前の

 シオンの予想ではもっと遅くなるはずだったのだが、運がいいことにちょうど王都へ向かう乗合馬車に遭遇し乗せてもらえたことによってどうにか屋敷には日暮れ前に着くことが出来た。


「まだ明るいうちに帰ることができて良かったですね」

「ルル達が戻ってなければいいが」

「ルルさんなら優しいので大丈夫ですよ」


 浮かない表情のシオンに、わたしが言うとわざわざ立ち止まりまじまじと見つめられる。


「優しい?ルルが?それはお前、大きな勘違いだ。ルルは優秀で父上も全幅の信頼をおいているがそれがなぜかというと僕を怒ることが出来るからだ。理論整然と相手を追い詰めてくる」

「そうなんですか?」

「そうだ。というわけで正面からでなく裏口からこっそりはいることにするから見つからないように気をつけろ」

「分かりました」

 

 囁くようなシオンに言葉にわたしも声をひそめ、正面を通り過ぎ、ぐるりと迂回して裏門の前に立つ。が、門はぴっちりと閉じている。


「鍵がかかっているのではないですか?」

「大丈夫だ。ここのカギは壊れていてコツさえ分かっていればこちらからでも開くようになっている」


 それは防犯上問題があるのではないかとは思うが。

 言いながら取っ手を掴み、しばらくガチャガチャやっていたかと思うと解錠する音がして扉が開く。


「お帰りなさいませ」


 そしてわたしたちは裏口で待ち構えていたルルとアギトに笑顔で出迎えられた。


「……二人とももう休暇を終えたのか」

「はい。とても楽しい休暇でした。が、戻ってみたらわたくしの主が行方不明になられたと大騒ぎでしたので御館様にお知らせしなければ、と相談していたところでした。ところでお二人とも身体中に葉っぱをお付けになってそんな街の子供のようななりをしてどうなされたのですか」

「少し散歩に出ていた」


 言いながらシオンは肩に担いでいた荷物をアギトに手渡す。


「そうですか。とりあえずお二人ともお召し替えをなさってください。屋敷の者たちも心配しております」

「そういえば馬が逃げた」

「とっくに戻ってきております」


 どうせ戻るなら逃げなきゃいいものをとシオンが一人ぼやく。まるで連行されるかのようにシオンとわたしの両脇をアギトとルルが固める。

 屋敷の中は少しだけ騒がしかった。いつもはひっそりしているのに、ちらほらと人影が見える。すれ違う使用人たちが口々に「お帰りなさいませ」と声を掛けてくる。

 その中にマチルダの姿を見つけてわたしが小さく会釈をすると、満面の笑みを浮かべて頭を下げていた。


「ではわたくしはこれで。御無事でしたから良かったもののあまり心配を掛けないでください。わたくしの仕事はシオン様の護衛なのですから」


 部屋の前までくるとアギトは笑みを浮かべて持っていた荷物をルルに手渡す。


「分かっている。心配をかけた」

「チルリットさまはお部屋にお戻りください。わたくしはシオン様にお話がありますので。あとでお食事をお持ちします」

「あの、心配をおかけしてすみませんでした」


 わたしが頭を下げるとルルは少しだけ表情を緩める。


「お疲れになったでしょうからしばらくお休みになってください」

「これはお前のだ」


 シオンが荷物からわたしが摘んだ花とアリアのお店で買ったものを渡してくれる。


「あ……」

 

 少しつぶれていたがたくさんの花を見て今日のことを思い出し自然に顔がゆるむ。ルル達には悪かったが今日一日馬に逃げられたところまで含めてとても楽しかった。


「シオン様もお疲れでしたらわたくしはあとからまいりますが」

「いや、いい。僕も話がある。入ってくれ」


 ルルを促し自室に入ろうとするシオンの表情が先程までの穏やかさとは違って見えてなにやら不安を覚え思わず呼びとめる。


「シオン様」

「なんだ」

「あの、今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」

「……ゆっくり休め」

「はい」


 部屋に戻りすぐに適当な容器に水を張り花を入れておく。花瓶が一つもないのであとでルルにもらおう。


 着替えを済ませてソファに腰掛け花を眺める。部屋に花を飾ったのは初めてだが、それだけで随分部屋の感じが明るくなったように思える。嬉しくて一人で小さく笑う。

 

 楽しかった。

 今日はとてもとても楽しかった。


 確かに疲れて身体が火照ってはいたがそんなこと全く問題ではない。

 もしかしたらわたしにはこれからも楽しいことがあるのではないか。

 もっともっと楽しいことが未来に待ち受けているのかもしれない、と能天気な勘違いをしてしまうほど。



 未来なんかやはり来なければよかったのに。


 


 

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