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買物

「出掛けるから着替えろ。と言ってもお前の持っている服はこんなものしかないのか」


 クローゼットを覗き込み、ドレスを一瞥してまた閉める。


「そのままでいい」

「あの、どちらへ?」

「外。街で必要なものを買うから何もいらない」


 言いながら歩き出すシオンの後を帽子を掴んで慌てて追いかける。


「あのう、マチルダさんに外出すると言われたのですか」


 わたしの言葉にシオンは嫌な顔をする。


「そのマチルダさんから逃げるのに外出するんだ」


 逃げている割には堂々と歩くシオンだが、もともと人気のない屋敷なので誰にも見とがめられずに屋敷を抜け出すことが出来た。

 裏に回り、馬がつないである小屋に向かう。さすがに馬小屋では辺りをうかがうように見渡し、人気がないのを確認して手早く手綱を装着するシオン。その手慣れた様に見惚れるわたし。ひらりとまたがり、わたしに手を差し出す。


「え、あ、う、馬で行くのですか」

 

 ぼんやりとシオンを見ていたわたしは今さら驚く。


「早くしろ」


 力強く馬上に引き上げられてわたしはシオンの前に座らされる。というかドレスで馬に乗るのはとても現実的ではないというのがよく分かった。またがる際にいろいろなところが裂ける音がした。

 しかしそんなことよりもわたしはこの状況に眩暈がするくらいに酔っていた。いや、実際に馬上の高さに眩暈はしていたのだが。


「喋ると舌をかむぞ」


 耳元でシオンの声が囁く。密着しているシオンの体温を感じながらわたしはうっとり頷いた。



 屋敷を出てしばらくすると馬から降り手綱をひいてシオンはある民家に入っていく。出てきたシオンは手ぶらだった。


「馬はどうされたのですか」

「街中を馬をひきつれていけないだろう。預けてきた」


 当然のようにわたしの手を掴み、人ごみをかき分けていく。


「そう言えばアギトさんは……」


 前に街に出たときは護衛のためと言ってついてきたはずだが、今回はいいのだろうか。 


「今日はアギトも休みだ。二人揃って休みなど珍しいのだが、まあ休みでなかったら絶対あいつは付いてきたはずだからちょうどいい」


 シオンは大通りの一角にある洋品店に入っていく。


「適当なのを選べ」


 言い捨てるとシオンは自分のものをてきぱきと選んでいく。わたしはというと初めてお店に入った興奮で辺りをぼんやり眺める。売っているのはシオンやわたしが普段着ているようなものではなく街の人たちが普段着用するような簡素なものだ。隅のほうには靴や帽子などの装飾品も置いてある。天井近くにまで商品が積み上げられあまりにたくさんあるので何をどう選んでいいのか分からない。そもそもわたしはお店で買い物をしたことがないのだ。商品に触ってもいいのだろうかと悩んでいると、


「決まったのか」

 

 いつの間にかすでに着替えを済ませたシオンが立っていた。いつも着ている上品な仕立ての良い服ではなく街の少年のようないでたちのシオンを思わず凝視する。


「なんだ」

「いえ、あの、お忍びで街に出た王子様のようですね」


 つい本音が飛び出した。


「……お前が普段どんな本を読んでいるのかよく分かるセリフだな。ここは老人用の服だが」

「そ、そうなんですか」


 道理でわたしの周りの客が皆老人ばかりだと思った。そんなわたしを見て焦れたようにシオンが手を掴んで一角に連れて行き、適当なものをあてがい、押しつけられる。


「そこに着替える場所があるから着替えて来い。靴はこれだ」

「はい」


 両手いっぱいの服と靴を持ち、シオンに言われた場所でわたしも着替えを済ませる。


「お待たせしてすみません」


 ようやく着替えを済ませたわたしにシオンはフード付きのマントを被せる。


「日除けだ。さすがにお前の髪は目立つからな。今日は護衛をつけていないし街ではかぶっておけ」

「分かりました」


 パン屋でパンや飲み物を買ったあと、大通りを少し入った小さな店に入っていく。店の中は甘い香りに溢れていた。


「蜂蜜屋さんですか」


 並べられた大小のガラス瓶にはとろりとした黄金色の蜜がたっぷり詰まっている。蜂の蜜だけじゃなく花の蜜などもありその甘い匂いを嗅いでいるだけでうっとりする。端のほうでは蜂蜜の入ったお茶やクッキーなども並べられている。


「いらっしゃいませ。あら」


 奥から柔和な笑顔を浮かべた中年の女が出てきてシオンを見て一層目じりを下げる。そろそろ初老に差し掛かるくらいだろうか髪に白いものが混じり始めていて、雰囲気がやわらかいのでゆったりとした印象を与える。

 知り合いかしら?


「お元気でしたか。大きくなられましたね」

「アリアも元気だったか。商売のほうはうまくいっているのか」


 シオンの口調もいつもと違い随分優しい。アリア…どこかで聞いたような名前だ。


「おかげさまで夫婦二人十分暮らしていけます。今日は可愛い女の子を連れているんですね」


 アリアがわたしに優しく微笑みを向けたので慌てて頭を下げる。


「こんにちは、チルリットと申します」

「はい、こんにちは」

「少し休んで行っても?」

「ええ、どうぞ」


 アリアが頷き、店の奥に案内される。

 奥に行くとすぐに台所があり、そこにあるテーブルに腰掛けるとアリアが蜂蜜茶とクッキーを持ってきてくれた。

 

「今日は残念ながらうちの人は出かけていないんです。きっと会いたかったと思うわ」


 わたしを見つめるアリアの目が優しいので、わたしもついにっこり笑みを返す。


「これお店で出しているものなんだけどお口に合うかしら?」

 

 アリアに勧められて小皿に盛られたクッキーを口に入れる。蜂蜜の甘い香りがふわりと鼻先をかすめる。


「あ、すごく美味しいです」


 屋敷で出てくるお菓子はもちろんどれもこれも美味しいものだが、出されたクッキーは優しい甘さでさくさくした口当たりがとても美味しい。


「そう?ありがとう。わたしが焼いているの」

「えっ、すごいですね。わたしなんか果物一つむくのに練習が必要なくらいなので……」

「ふふふ。そうなの。お菓子作りに興味がある?簡単だから今度機会があったら教えてあげるわ」

「ほ、本当ですか?」


 いつかシオンに許可をもらって練習しに来よう。上達したらわたしが入れたお茶と一緒に食べてもらうのだ。わたしが新たな目標を胸に秘め頬を紅潮させているとシオンが静かにカップを置く。


「ではそろそろ行くか。アリア、前に頼んだ件だが」

「ええ、うちは大丈夫ですよ」


 シオンは無言で頷き、わたしを促す。

 蜜をいくつかとクッキーと購入し詰めてもらって店を出る。


「もう屋敷に戻るのですか?」

「まさか」

「マチルダさん心配されてないでしょうか」


 買物をしている間にもずいぶん時間がたっているので多分シオンがいないことはばれているだろう。わたしがいないことはともかくシオンがいなくなったとなると大騒ぎなのではないだろうか。


「今帰ろうがもう少しあとで帰ろうが一緒だ。どうせ帰ってもマチルダにまとわりつかれることになる」

「でもマチルダさんて可愛いですよね。小動物に似てて」


 わたしの言葉に少し考え込むシオン。


「まあ、そう言われてみればそうかもしれんが。お前も似てるではないか」

「えっ、な、何に似てますか?」 

 

 思いがけない言葉に口元がほころぶ。


「丁度あそこにいる」


 シオンが指さした先には痩せこけた野良犬が力なくうなだれている。

 がああああああああああん。

 犬はどう見ても可愛いとは形容しがたい外見をしている。ぱさぱさの毛並みと栄養が足りていないごつごつした身体。どこか哀愁を誘う情けない姿。


「どうしたそんなにうなだれて」


 シオンが愉快そうに笑い、肉を焼いている露店で香ばしく焼きあがった骨付き肉を一つ購入するとその野良犬の前に立つ。億劫そうに顔を上げた犬に肉をみせると、その途端、目にもとまらぬほどの素早さで肉を骨ごとあっという間に平らげた。

 ううう、ますますイヤだ。

 肉を腹に収めた犬は名残惜しそうに口元に残った油をなめながらシオンに媚を売りまとわりつく。そんな犬の首筋をなでてやり立ち上がるシオン。立ち去るときに犬は追いかけてくるかと思ったが、案外あっさりとしたものでまたすぐに元のようにその場に寝そべった。


「やはり似ている」

「ぜ、全然似てません」


 一体シオンはわたしのことをどう見ているのか。手を引っ張られながら暗い気持ちになった。



   


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